シンガポールでビジネスをするとき、日本との仕事の進め方や商習慣の違いに戸惑うことがあります。職務分担、商談・交渉、契約など、シンガポールでビジネスをする際の注意点をQ&A形式で紹介します。
目次
※本記事の内容は『シンガポールとビジネスをするための鉄則55』(2016年12月、アルク刊)をもとにしています。
Q.シンガポール人と円滑に仕事をするためのヒントを教えて!
A.自分の役割に忠実で、与えられた範囲外の業務はやりません。イライラせず、メリットに目を向け対処を工夫しましょう。(※)
編集部注:シンガポールでは現在、雇用時に示すKey Employment Terms(KETs)に、職位や主な職務・責任を明記することが求められています。一方、担当範囲外の業務への対応や引き継ぎのあり方などは、企業や職種によって異なります。本文は2016年当時の著者による一般的な観察としてご覧ください(2026年9月現在)。
シンガポールの企業では、欧米の企業と同様、個々の社員の役割が明確に決まっています。日本では、お客様に尽くすことが優先されてきたため、自分の役割や専門分野以外の仕事であっても、お客様に求められればこなします。しかしシンガポールでは、上司やお客様から依頼されても、雇用時に取り交わしたジョブディスクリプション(職務説明書)に定められた範囲外の仕事は、一般的にやりません。担当の部署や社員に仕事を回します。
対応をたらいまわしにされることもありますし、担当者が長期休暇だったりすると、対応が数週間も滞ってしまうことがあります。日本だと、代理の人が対応してくれたりしますが、シンガポールではそういった対応は行わないことが多いです。
相手の役割やポジションを把握して対応する
このため、シンガポールで仕事をする場合は、相手の社内での役割やポジションなどを、しっかり把握しておく必要があります。相手の本来の役割の範囲外の仕事だと、たらい回しにされたり、決定権がある人に案件が回るのに時間がかかったりします。また、伝言ゲームになるので、情報が誤って伝わりトラブルの原因になります。
転職が多いことも、考慮に入れておくとよいでしょう。商談をしていた相手が、突然退職することもあるので、密にコミュニケーションを取るよう心掛けます。その担当者が退職すると、また1から商談をやり直すということも起こりえます。
仕事への取り組み方は、日本と異なる
自分の担当範囲外の仕事はしないというのは、日本的な仕事のやり方とは異なるので、最初は違和感があるかもしれません。しかしこれは、担当する範囲の仕事に対しては、高い向上心を持って、責任をもって取り組むことの裏返しでもあります。日本との違いに目を向けてイライラするのではなく、単に仕事への取り組み方が違うのだと理解して、対処を工夫するとよいでしょう。
また、シンガポール人は、自分の生活や家族を大事にしています。会社や仕事のために自分の生活や家族を犠牲にすることはありません。子育てや、家族の生活環境のために転職する人も、珍しくありません。最近では日本でも、ワークライフバランスの考え方が広がってきましたが、こういった家族を大切にするシンガポール人の考え方からは、日本人も学ぶところがあるかもしれません。

Q.シンガポール企業とビジネスの交渉をしたり、契約を結んだりする際、注意すべきことは?
A.何事も曖昧なままにせず、丁寧に確認し、やり取りはすべて契約書などの文書に残しましょう。
シンガポール人はビジネスに対して非常にドライで、自分にとってメリットになるかどうかをスピーディに判断することが習慣になっています。初対面であっても、相手の学歴やキャリアを確認し、お互いがビジネスパートナーとしてふさわしいかどうか、英語で意思疎通がスムーズに行えるかどうか、などを確認して商談を行います。
初対面の人に、お金などの条件面をストレートに質問することを避ける日本と異なり、ビジネスを進めるにあたっては何でも直球で聞いてきます。このため日本人は、最初は戸惑い、不快に思う人も多いようです。しかし、決してお金に汚いというわけではありません。ビジネスをするうえで、お金に関する条件は非常に大切なことで、曖昧にする習慣がないだけなのです。お金に関する個人的なことで、答えたくない話題に対しては「日本人はそういうことを話題にしない」と丁重に伝えて回答を避けるとよいでしょう。
やりとりはすべて契約書に
シンガポール人は、南国の人間にありがちなおおらかな面を持つ一方で、大事なことは全て文書化して契約を交わす欧米式の契約方法を採用しています。お互いにビジネス上のルールを確認する意味でも契約は大変重要で、信用できると感じている相手であっても契約書を交わすのが普通です。日本では契約書まで結ばないようなことでも、シンガポールではやりとりをすべて書面に残します。
たとえば、シンガポール人のYESとNOは、欧米よりも日本に似ています。“Yes, but...” (はい。しかし…)のような、条件付きのYESは、NOであることがあります。こうした曖昧な表現は、後で文面などで確認するほうがよいでしょう。
シンガポールの法律でも、日本と同じく、口頭の約束でも契約とみなされます。(※)しかし、口頭でのやりとりは「言った」、「言わない」のトラブルになりやすいですし、特に英語でのやりとりだと、解釈の違いによる誤解が生じる可能性もあります。言語や商習慣が違うことを考慮し、曖昧な部分を残さないよう、契約書に明記することでトラブルを回避できます。メールでお互いの意思を確認した後であっても、必ず署名入りの契約書を作成し、両者で持っておくようにしましょう。
編集部注:シンガポールでは口頭の合意でも契約が成立する場合がありますが、保証契約や不動産の売買など、書面が必要となる契約もあります。また、現在は電子契約・電子署名を利用するための法的な枠組みも整備されています。重要な合意事項は書面や電子文書で明確に残しておくのが安全です(2026年9月現在)。
契約の際には、基本的な内容以外にも、ビジネスがうまくいかなかった場合についても盛り込むことを忘れないようにしましょう。例えば、合同で事業を始める場合は、利益の分配率を契約書に盛り込むのは当然ですが、事業が失敗したときの互いの責任の範囲なども、明確に記載しておく必要があります。事業にはある程度の失敗はつきものです。その時の対応を考えずに事業を進めると、裁判を起こすような事態に発展しかねません。忘れずに契約に盛り込みましょう。
著者プロフィール
ビズラボシンガポール所長、日本アシストシンガポール代表取締役。1971年生まれ、東京都出身。早稲田大学大学院アジア太平洋研究科国際関係学修士課程修了。シンガポール政府国際企業庁、在京シンガポール共和国大使館商務部を経て、2011年日本アシストシンガポール設立。会員制情報サービス「ビズラボシンガポール」、レンタルオフィス「クロスコープシンガポール」などを運営、日本企業のシンガポール進出や新規事業立ち上げを支援する。「シンガポール和僑会」会長。ホームページ:日本アシストシンガポール
