月刊誌『ENGLISH JOURNAL』の人気連載「EJ's Playlist」の執筆者である音楽ジャーナリストの高橋芳朗さんと渡辺志保さんが、洋楽の魅力や洋楽を聴くことの意義について大いに語り合う本対談。後編の今回は音楽遍歴やジャーナリズムへ進む きっかけ 、「英語」をどう音楽に結び付けてきたかなど、お二人のパーソナルヒストリーについても掘り下げてお聞きしました。
▼前編はこちら↓
高橋芳朗 × 渡辺志保 対談「洋楽を聞けば、文化や社会が見えてくる」【前編】 ~2010年代の音楽シーンとアメリカ~
2019年度EJ’s Playlistで取り上げた楽曲(シングル&アルバム)
2019年
4月号 『H.E.R.』 by H.E.R.
5月号 『thank u, next』 by Ariana Grande
6月号 「Please Me」 by Cardi B & Bruno Mars
7月号 『WHEN WE ALL FALL ASLEEP, WHERE DO WE GO?』 by Billie Eilish
8月号 『 HOMECOMING : THE LIVE ALBUM』 by Beyonce
9月号 「You Need To Calm Down」 by Taylor Swift
10月号 「Old Town Road」 by Lil Nas X
11月号 「God Control 」 by Madonna
12月号 「Be Honest (feat. Burna Boy)」 by Jorja Smith
2020年
1月号 『Cuz I Love You (Super Deluxe)』 by Lizzo
2月号 『Jesus Is King』 by Kanye West
3月号 『 Romance 』 by Camila Cabello
※偶数月=渡辺さん選曲、奇数月=高橋さん選曲
▼取り上げた楽曲をまとめたプレイリストはこちら
EJ’s Playlistが推す!2010年代を代表するアーティスト
編集部:お二人は、2010年代を代表するアーティストとして誰か推したいアーティストはいますか?
高橋:真っ 先に 思い浮かぶのはビヨンセでしょうか。2016年のNFLスーパーボウルのハーフタイムショーも圧巻でしたが、やはり2018年のコーチェラ・フェスティバルのパフォーマンスを収めたドキュメンタリー映画『 HOMECOMING 』 *1 は、この10年を総括するような作品だったと思います。
渡辺:ドレイク *2 も推したいですね。ドレイクの曲はマッチョなヒップホップではなくて、メロディアスでなよっとしているんです。でもそれを「あり」にしたというところが功績だなと思います。そして、ストリーミングサービスで億 単位 の再生回数を叩き出している。
高橋:確かにそれはドレイクの大きな功績の一つですよね。彼のデビューヒット「Best I Ever Had」は「君はすっぴんのままで十分すてきだよ」と歌う従来のマッチョなラッパー像から意図的に距離を置いたラブソングでしたから。
渡辺:ケンドリック・ラマーもマッチョなラッパー像から逸脱した存在です。彼は西海岸のコンプトン出身で、ゲットーでタフな生活を強いられてきました。そうするとラップの内容は「強さ自慢」「悪さ自慢」に終始しがちですが、彼は逆手に取って「こんなイカれた町に生まれ育ったけど俺は優等生」「俺は盗みもしないし酒も好きじゃない」という内容をラップにしている。ヒップホップの構図をガラッと変えた きっかけ の一つは彼の存在かなと思います。
高橋:ここ10年でヒップホップ業界内の意識もそれを取り巻く状況も劇的に変わりましたよね。なんといっても、あれだけ氾濫していたホモフォビア 3 やミソジニー 4 が完全にアウトになった。ジェイ・Zだったりカニエ・ウェスト *5 だったり、当たり前のように社交界やファッション業界に出入りしているアーティストからすればもう女性蔑視や同性愛嫌悪なんて論外でしょうからね。現在ヒップホップ/R&Bはロックを抜いてアメリカで最も売れている音楽ジャンルになりましたが、その背景にはこうした意識改革も微妙に 影響 しているのかもしれません。
2010年代を象徴するアーティストとして挙げられたビヨンセのアルバム『LEMONADE』(左)、『BEYONCE』(右)
洋楽への扉が開いた瞬間とは?
編集部:お話を聞けば聞くほど、音楽には社会やカルチャーの縮図のような側面が感じられます。英語学習中の方にも洋楽を通してぜひ社会や文化に触れていただきたいと思っていますが、お二人が洋楽を聞かれるようになった きっかけ は何でしょう?音楽遍歴などをお伺いしたいです。
高橋::僕は小学生のころにTBSテレビで放映していた「ザ・モンキーズ・ショー」 6 を通じて洋楽に興味を持ちました。当時はデヴィッド・ボウイ 7 やデュラン・デュラン *8 といった海外の大物アーティストがテレビCMに出演することも珍しくなかったし、今に比べて洋楽はごく身近な存在でした。日本の歌謡曲やポップスに対して何か特別なものを聴いているという意識もほとんどなかったように記憶しています。
渡辺:自分の音楽的嗜好(しこう)が定まっていったのはいつごろでしたか?「ラップ好きかも」、みたいな。
高橋:なんでも聴くのでいまだに定まっていないようなところもあるんですけど、そんな中でもヒップホップとの出会いは大きかったですね。1980年代からビースティ・ボーイズ 9 や RUN -D.M.C. 10 は聴いていましたが、ヒップホップの歴史やアイデアをちゃんと意識して聴くようになったのは20歳前後でしょうか。
編集部:高橋さんといえばヒップホップのイメージが強いですよね。
高橋:2011年にTBSラジオの『高橋芳朗 HAPPY SAD』で初めてラジオのレギュラーを持ったんですけど、いろいろなジャンルの曲をかけていたので意外に思われる方も多かったようです。1990年代前半にタワーレコードで働いていた時期、ほとんどのジャンルのバイヤーを経験したことが生かされていますね。
編集部:渡辺さんはいかがですか?
渡辺:小学校の低学年の時に、アメリカに住むおじがディズニーのビデオを送ってきてくれたんです。『アラジン』の特典映像で、「A Whole New World」を歌うピーボ・ブライソン 11 とレジーナ・ベル 12 を見て、肌の色が違うとこんなにも出す声や雰囲気が違うんだと衝撃を受けました。ちょうどその頃に『天使にラブソングを』という映画も流行っていて、こういう人たちの歌う音楽ってかっこいいなと幼心に思ったんです。それで叔父に「英語で黒人の人が歌う曲が好き」という話をしたら「たぶんそれはR&Bだと思う」と教えてくれて、ジャネット・ジャクソン 13 の『janet.』とボーイズ・II・メン 14 の『II』という2枚のアルバムを送ってくれました。
編集部:「janet.」は路線が変わった時ですよね?
渡辺:はい、「That's The Way Love Goes」が流行った頃です。90年代半ばから後半は、宇多田ヒカルさんやMISIAさんがデビューしたこともあって、日本のポップスシーンにもR&Bとかヒップホップの要素が流れ込んできた時代でもあったんですよ。そういった時流もあったので、どんどんブラックミュージックやヒップホップにはまっていきましたね。
高橋:そうやって日本のポップスを通じて洋楽に興味を持ってもらえるような機会が増えるといいですよね。最近では星野源さんがEP『Same Thing』でトム・ミッシュ 15 やスーパーオーガニズム 16 とコラボして話題になりましたが、こうした試みが何かしらの扉になっていけばいいなと思っています。
二人が音楽ジャーナリストになるまで
編集部:そんな きっかけ から現在はお二人とも音楽ジャーナリズムの世界にいらっしゃいますが、高橋さんがこの道に進まれた きっかけ は何だったのでしょう?高橋:洋楽を聴くようになったことで何か音楽関係の仕事に就きたいという夢ができたんですけど、歌も楽器もできない自分にとって身近だったのはやっぱり音楽雑誌だったんですよね。1980年代は音楽評論家がパーソナリティを務めるラジオ番組も多かったし、今よりもその存在感や 影響 力が大きかったこともあって、自ずと音楽ジャーナリズムに興味が向いていきました。
高橋:その前にタワーレコードで発行しているフリーペーパー「 bounce 」の編集部で数年働いています。ヒップホップ雑誌の「FRONT(のちの BLAST )」の編集部に移ったのはそのあとですね。
編集部:音楽ジャーナリストの仕事って、英語は使うものですか?
高橋:そうですね、英語の記事や歌詞のチェックは日常的にやっています。
編集部:取材するとなると、歌詞もしっかり読み込む必要がありますね。
高橋:昔はその点苦労も多かったですが、Genius *18 みたいなリリック解析サイトの登場によってだいぶ状況が変わりましたね。今日リリースされた曲でも数時間後にはGeniusに歌詞が上がっていますから。しかも、下手すれば解説まで付いているという。
渡辺:例えばケンドリック・ラマーのアルバムが出たら、その30分後ぐらいには世界中のリリック起こし職人たちがGeniusに歌詞を起こしていて、みんながちょっとずつ注釈を付けていくんですね。「これはケンドリックが住んでいる町の何丁目何番地にあるコンビニの名前」とか、固有名詞の細かいところまで注釈を付けて楽しむサイトなんです。私もよくチェックしています。
昔だったら国内盤を買って歌詞の対訳を見なきゃ、という動きがありましたが、国内盤もどんどん減ってきています。 リスナーは自分たちで情報を取りに行く英語力を身に付けて、情報の大海原から自分に有益な情報をディグる *19 。そのスキルは今まで以上に求められているの かもしれない ですね。
編集部:渡辺さんはいかがでしょうか?ジャーナリストになった きっかけ とは。
渡辺:私も同じく楽器も弾けない、歌も歌えない、ラップなんてもってのほかみたいな感じでした。私は父親がスポーツジャーナリストだったので、私も好きな音楽について文章を書く仕事を目指すことにしました。それで雑誌の出版社やレコード会社の人の目に留まればいいなと思って ブログ を始めたんです。
高橋:なんていう名前のブログでしたっけ?
渡辺:「HIPHOPうんちくん」です。
(一同笑)
渡辺:そこで自分で勝手に歌詞の対訳をしたり、ヒップホップ関連のニュースをウェブから勝手に翻訳して、ブログにアップしていたら、少しずつお話を頂くようになったんですよね。
編集部:すごいですね!
渡辺:加えて、10年ぐらい前だと今よりも盛んに渋谷や六本木のクラブに業界の方やアーティストの方がよく集まっていたので、夜な夜な顔を出したりもしました。そこで広がった人脈も今につながっています。ネット上とリアルな社交場を並行して地固めしていましたね。
高橋: ヒップホップやダンスミュージックではクラブが重要な社交場の役割を担っている ところがありますよね。
渡辺:リアルなコミュニティがあるのは強いですよね。英会話のスキルも、六本木のクラブで伸びました(笑)。
編集部:ストリートで英語力を培っていったんですね(笑)。
渡辺:もともと母親が英会話教室の講師だったので、幼い頃から英会話には慣れ親しんでいたのですが、そこに洋楽のカルチャーが入ってきたんですよね。歌詞を読んでいると、教科書には載っていない単語や略称が出てきたり、学校で習う英語とアフリカンアメリカンの方々の発音がまったく違ったり、それでどんどん好奇心を刺激されました。ヒップホップ界で英語に堪能な方は「教科書の英語は意味がない」という方もいらっしゃいますが、 私は逆に教科書の英語が自分の基礎にあって、だからこそヒップホップ的な英語も楽しめています 。
きっかけ としての「洋楽」">生きた英語文化を知る きっかけ としての「洋楽」
高橋:カルチャーを知ることによって、英語を話せることの喜びは何倍にも膨れ上がると思うんですよね。英語が話せるのにビリー・アイリッシュやマーベル・シネマティック・ユニバース *20 を知らないのはあまりにもったいない。
渡辺:私も中3の時にホームステイに行ったんですが、ホストファミリーの女の子がブリトニー・スピアーズ 21 やバックストリート・ボーイズ 22 が大好きで、それが会話の糸口になって親交が深まりました。「知る・知らない」は英会話人生に結構 影響する かもしれませんね。SpotifyやAppleMusicのようなサブスクリプションサービスは日本でも広まってきていますが、タップすれば今アメリカで何が流行っているか、今世界で何が流行っているかというのが簡単にわかる環境にありますよね。音楽 に関して も、Netflixでもテイラー・スウィフトやビヨンセなど、ミュージシャンのドキュメンタリー作品も非常に豊富なので、そういったところからも興味を持ってほしいですね。
編集部:サブスクのおかげで、音楽でも映像でも、よりダイレクトに海外の文化に触れられるというか、距離が縮まりましたよね。利用しないのはもったいない気がしています。
渡辺: 洋楽は、生きた英語や生きたスラング、生きた言い回しがそのまま投影されるツールでもあります 。固有名詞がたくさん出てくるのも面白いですよね。私自身、彼らは今こういうファッションをしているのかとか、こういうお店でご飯を食べているんだとか、そういったものを歌詞から知ったという体験もあるので。そういう小ネタを掘り下げるのも楽しいですし、いろいろな触れ方、楽しみ方があると思います。
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構成・文:吉澤瑠美/進行:水島 潮(ENGLISH JOURNAL編集長)/写真:山本高裕(ENGLISH JOURNAL編集部)
*2 :カナダのラッパー、俳優。2001年、俳優からキャリアをスタート。2010年に発表したデビューアルバム「Thank Me Later」は全米ビルボード200にて初登場1位を記録した。ヒップホップ界のマッチョイズムを打破するような、歌とラップをミックスしたスタイルが特徴。
*3 :Homophobia。同性愛嫌悪
*4 :misogyny。女性蔑視
*5 :アメリカのヒップホップMC、音楽プロデューサー、ファッションデザイナー。ブランド「YEEZY」を立ち上げ、adidasとコラボレーションしてスニーカーやストリートファッションを 展開 している
*6 :アメリカのポップ・ロックバンド「ザ・モンキーズ」が主演するコメディーテレビドラマ。アメリカNBC系列で放送され、日本でも1967-69年にかけてTBS系列で放送された。
*7 :イングランドのシンガーソングライター、音楽プロデューサー、俳優。グラムロックの先駆者として世界的人気を誇り、1996年にはロックの殿堂入りを果たした。親日家としても知られ、1980年代以降は日本のテレビCMにもたびたび出演した。2016年、肝がんのため死去。
*8 :イギリスのロックバンド。1980年代前半、端正なルックスを武器にミュージックビデオに力を入れ、MTVブームの火付け役となった。ビジュアルと音楽を融合させた「ニューロマンティック」というムーブメントの代表格的存在。
*9 :アメリカのヒップホップグループ。パンクバンドを母体とし、ロックやメタルとラップを融合させた。1986年のデビュー・アルバム『ライセンス・トゥ・イル』はビルボード1位を獲得。人種や音楽ジャンルの垣根を超えた活動は後進に多大な 影響 を与えた。
*10 :アメリカのヒップホップグループ。80年代ヒップホップ黎明期から活動し、歴史に名を残す最重要グループの一つ。エアロスミスとコラボレーションした1986年の「ウォーク・ディス・ウェイ」はロックとヒップホップの壁を破った一曲として有名。2009年に「ロックの殿堂」入り。
*11 :アメリカのソウル歌手。ディズニーアニメ『美女と野獣』の主題歌、「Beauty And The Beast」(セリーヌ・ディオンとのデュエット)で1992年のグラミー賞を獲得。1993年にも同じくディズニーアニメの『アラジン』の主題歌「A Whole New World」(レジーナ・ベルとのデュエット)をリリースしている。
*12 :アメリカのソウル歌手。ピーボ・ブライソンとのデュエット「A Whole New World」が全米 No .1ヒットを獲得。アカデミー賞最優秀主題歌賞やグラミー賞ソング・オブ・ザ・イヤーを受賞。
*13 :アメリカのシンガーソングライター、女優。 1980年代、名プロデューサーチーム、ジャム・アンド・ルイスと組み、『 Control 』『Rhythm Nation 1814』で一世を風靡(ふうび)。その後も多数のヒット曲、アルバムを発表。兄の一人はマイケル・ジャクソン。
*14 :アメリカのヴォーカル・グループ。バラードを得意とし、1990年代に「End Of The Road」が大ヒット。
*15 :イギリスのミュージシャン、プロデューサー。SoundCloudなどインターネットを 有効 活用して楽曲をリリース。人気に火が付く。2018年にデビューアルバム『Geography』をリリース。
*16 :イギリス・ロンドンを 拠点 とするポップバンド。日本、オーストラリア、ニュージーランドなど、多国籍メンバーで構成される。2018年アルバム『Superorganism』をリリース。
*17 :シンコー・ミュージック・エンタテインメントから発行されていたヒップホップ専門音楽雑誌。2007年に休刊。前身は「FRONT」。
*18 :ヒップホップを中心に、英語の歌詞を掲載し注釈や解説を集めるサイト。 https://genius.com/
*19 :主にラッパー、DJの間で主に使われるスラング。英語の「dig(掘る)」から来ており、レコードを掘り探す行為を指す。転じて、レコードに限らず好きな音楽、好きなものを掘り下げて探す行為を指して使われるようになった。
*20 :アメリカのコミック出版社、マーベル・コミックのキャラクターたちを同一世界線上に置いた、映画作品群。略称は「MCU」。
*21 :アメリカのポップシンガー。90年代後半から2000年代前半のアメリカにおけるポップアイコン的な存在。
*22 :アメリカの5人組・男性アイドルグループ。1999年のアルバム『Millennium』が大ヒット。このアルバムからのシングル「I Want It That Way」は彼らの代表曲。
『ENGLISH JOURNAL BOOK 2』発売。テーマは「テクノロジー」
現在、ChatGPTをはじめとする生成AIが驚異的な成長を見せていますが、EJは、PCの黎明期からITの隆盛期まで、その進化を伝えてきました。EJに掲載されたパイオニアたちの言葉を通して、テクノロジーの歴史と現在、そして、未来に目を向けましょう。
日本人インタビューにはメディアアーティストの落合陽一さんが登場し、デジタルの時代に生きる英語学習者にメッセージを届けます。伝説の作家カート・ヴォネガットのスピーチ(柴田元幸訳)、ノーベル生理学・医学賞受賞のカタリン・カリコ、そして、『GRIT グリット やり抜く力』のアンジェラ・ダックワースとインタビューも充実。どうぞお聴き逃しなく!
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