頻出の言い回しを覚えて「英語の感覚」を磨く1冊。それがアルクから8月に刊行された『大学入試 飛躍のフレーズ IDIOMATIC 300』(以下『IDIOMATIC』)です。昨年発売の『大学入試 無敵の難単語 PINNACLE 420』(以下『PINNACLE』)に続く、大学入試対策書の第2弾。発売後すぐに重版が決まるなど、大きな反響を呼んでいます。2冊の著者である山崎竜成先生と、担当編集の中西に書籍の誕生秘話や受験生へのメッセージなどを聞きました。
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英語のフレーズ本を一番書いてみたかった
――難単語集の『PINNACLE』続編となる、頻出フレーズ集『IDIOMATIC』が発売となりました。『PINNACLE』から1年未満での刊行ですが、この2冊を出すことはどういう経緯で決まっていったのでしょうか。
山崎:実は元々、僕が最も書きたかったのが英語のフレーズ本だった、というのがまずあって。中西さんから初めてご連絡をいただいたときにも、その話をしていましたね。
中西:私が山崎先生を知ったのは、先生のご著書『知られざる英語の「素顔」 入試問題が教えてくれた言語事実47』がきっかけでした。英語の文法や構文にスポットを当てた内容で非常に面白くて、ぜひアルクで英文法の書籍を書いていただきたいと思ってお声がけしたところ・・・断られてしまったんです。
山崎:「僕はそんなの書きたくない」みたいな感じで、偉そうにね(笑)。わがままなので、基本的に僕は自分がやりたいことしかやりません。だけど中西さんはそこで終わらず、「何なら書きたいですか?」って粘ってくださって。まあ、粘ってくれることを期待して断ったんですけどね(笑)。
中西:そうしたら先生から、「こういうのと、こういうのとこういうのと・・・」ってバーッとたくさんいただいたので、その中の2つを社内の企画会議に提出しました。それが難単語集(後の『PINNACLE』)とフレーズ本(後の『IDIOMATIC』)だった、というわけです。
山崎:でも、単語集が受け入れられたというのは、僕にとってにわかには信じがたかった。だって、アルクさんはすでにものすごくたくさん単語集を出版されてるじゃないですか。「さすがに単語集は無理だろうな」と思っていたら、返ってきた返事が「まずは先に単語集を出したい」。正直、「どんだけ単語集出すんだよ」って思いました(笑)。
中西:でも、「難単語」というのが最初から前面に出ていましたよね。その尖り具合が面白いですし、アルクのみんなもそこに飛び付いたんじゃないかと思うんです。アルクは難しくて特徴ある本を好む者が多いので。それで、刊行の順番としては先に『PINNACLE』、次に『IDIOMATIC』という形になりました。
前書きを読むだけでも受験生のためになる本を
――『IDIOMATIC』は、『PINNACLE』と同じく本冊と別冊問題集合わせて400ページ超えのボリュームで、しかも『PINNACLE』より書籍のサイズが大きくなっています。スケジュールや原稿内容の調整で大変だったことなど、今だから言える制作の“裏話”をお聞かせください。
山崎:期間としては、2023年の11月から書き始めて、今年の3月で書き終わりました。そこからは、中西さんとやり取りしながらいろいろ修正して仕上げていった感じです。僕が授業で頻繁に話していること・教えていることを、ドンと1カ所に集めた内容になっています。中西さんには「ちょっと字数が多すぎる」と言われてましたけども。
中西:問題1つに対して、4500字とか5000字も解説を書かれるからですよ(笑)。「いったい何ページになると思ってるんですか」って言ってましたね。
山崎:『IDIOMATIC』は僕が書いた原稿の3分の2になっています。
中西:そんなに?そこまで手入れした覚えは・・・。
山崎:じゃあ5分の4くらいで(笑)。
中西:途中でいったん先生を止めたんですよね。山崎先生は、定期的に「ここまで書きました」と少しずつ原稿を送ってくださるスタイルだったんですが、毎回「だんだん長くなっているな・・・?」と気付いて。それで後半に突入してから、平均字数を調べたんですよ。すると、問題1つあたりの解説の文字数が、前半の1.5~2倍近くになっていることが分かりました。「山崎先生、このまま書き進めるとまずいことになります」と、少し字数を抑えることを意識して書いてくださるようお願いした記憶があります。
山崎:そう、ひたすら字数を減らすように言われ続けました。ちなみに「はじめに」(前書き)も原稿からページ数がぐっと減っています。
中西:いただいた原稿が17ページ分もあったので、なんとか最終的に10ページに収めました。
山崎:長いのは自分でも分かっていて、「でも中西さんが削ってくれるだろう」と考えてたら、「思いのほか削られたな!?」って。でも、やっぱりすごいのが、削られた後、つまり今の状態の前書きを読んだときに、「自分の言いたいことがちゃんと残ってる」と。プロの仕事ですよね。
――著者と編集者の知られざる攻防が・・・。前書きですが、『PINNACLE』と『IDIOMATIC』のどちらも、語りかけるような物語のような、思わず読み込んでしまう内容になっていますよね。
山崎:ありがとうございます。この『IDIOMATIC』も『PINNACLE』にしても、言うなれば「ちゃんと説明をしないと分かってもらえないタイプの本」なんです。何のためにやるのか、という点で。
中西:誤解を恐れずに言うと、『PINNACLE』は「批判はあるだろう」という前提で刊行しました。受験生がこんなに難しい単語を勉強する必要があるのか、という。そういった声は絶対に出てくると思った上で作っていましたよね。
山崎:そう。絶対に「そんなの必要ない」と言う人はいる。だからこそ、あえて前書きを長く書きました。「必要だ、分かれ!」と(笑)。それから、僕の中に一つ、ポリシーがあります。それが「前書きを読むだけでも勉強になる本を書く」というもの。たとえ書店でそれだけ読んで棚に戻したとしても、その人にとって何か、学びや得るものがあるようにしたかったんですよね。それもあって、前書きには実際の入試問題をたくさん使いながら解説しています。
「見ただけで分かる」が絶対に強い
――入試という言葉が出てきたのでここでお聞きしたいのですが、近年、特に難関大は入試の難易度がどんどん上がっているという情報を耳にします。高校在学中、それも早いうちに英検1級を取れるようなレベルでないと太刀打ちできない、という意見も・・・。
山崎:そのあたりは、一言でまとめるのは難しいですね・・・。「英検1級を取れるレベル」というのが具体的にどういうレベルか不透明なので、あまり明確なことは言えませんが、「語彙レベルに関しては英検1級レベルの語が頭に入っていればかなりアドバンテージになる」ということは言えると思います。単語に関して言うと、求められるレベルは本当に上がっていますから。そのためか、英検1級対策用の単語集を使って勉強する受験生もいます。
他にも、TOEFL対策の非常に難しい市販の単語集があって、それをやっている人も意外と多いみたいです。でも、資格試験用の単語集を使うくらいなら、もっと大学受験に特化したものがあるべきだと思って。
中西:今まで英検1級用の単語集を受験勉強で代用していた人たちに、『PINNACLE』を使って役立ててもらいたい、と思って作った部分もあります。
山崎:昔の入試では、難しい単語は書き換えられていたり、注釈が付いていたりしました。今でもそういう部分はありますが、最近は原文のまま出題されることも増えています。さらにその難単語に関わる箇所が設問になることさえある。明らかに、単語がたくさん頭に入っていればいるほど有利になる入試になっていると言って間違いないと思います。
――それは、受験生にとってはかなり苦しい現状ですね。EJでは、『PINNACLE』の内容を使った単語クイズの連載をしていましたが、とにかく毎回「難しい」「解けない」という声が寄せられていました。
山崎:受験生や関係者の人たちはご存じだと思うんですが、今年度(2024年度)、早稲田大学商学部の英語の入試問題が「あまりに単語が難しすぎる」ことで話題になりました。その問題に出てきた英単語が、『PINNACLE』収録の単語とたくさん被っていたんですよ。僕としては「やったったぞ!」とガッツポーズしたい気持ちもありましたが、受験生のことを考えると、そんなにも入試問題が難しいなんてかわいそうですよね。僕の周囲も口をそろえて「あれは難しすぎた」と言っていました。
そういう難しすぎるものに対して、「みんなできないからそこで差はつかない、気にしなくていい」という考え方をする人は少なくありません。だけど逆に、「そこが分かればアドバンテージになるだろう」というのが僕の考えであり、『PINNACLE』のスタンスでもあるんです。
中西:山崎先生は『PINNACLE』の前書きで、「英語で周りと差をつけたければ『極限まで覚える』方が強い」とおっしゃっていましたね。
山崎:そう。僕個人の英語の学習観は何度も紆余曲折を経ていますが、一つだけ一貫していて、それは、「頭はなるべく使わない方がいい」ということです。「考えなくても分かる」「見ただけで分かる」、そして「感じ取れる」状態であることは語学において大切だし、その方が絶対に試験でも強いです。内容理解など、英語以外の部分で頭を使うべきであって、英語そのものの理解や運用ではなるべく考えるという負荷を減らしてあげることが大切だと思います。
――単語が分からない場合、文脈(から)判断するという方法もありますが、これについてはどう思われますか?
山崎:それもある程度は大切でしょう。ただ、以前から受験界での「文脈判断」という言葉には違和感を抱いていて・・・。あらゆることを分かった上で、「じゃあここではどうなるだろうか」と考えるのが本来の「文脈判断」だと僕は考えています。だけど現実には、「知識がないとき、何も知らないときの助っ人キャラ」のような感じで「文脈判断」を捉えている人があまりに多い。もちろん、それも一つの方法ではあるものの、「知らない・分からないことの言い訳」として使いすぎではないかな、と感じるんです。それに、何より、「どう考えても文脈判断なんてできない」問題、つまり「知らないと解けない問題」も数多く出題されているという事実から我々は目を背けるべきではありません。
実際に生徒たちと話していても、「この問題はできません」という言葉の背景には、必ずと言っていいほど「単に知らないから」という原因がある。それならば、知らないときの対処法を身に付けることも否定はしないけれど、「まずは知らないことを減らした方がいいんじゃない?」と思います。『PINNACLE』と『IDIOMATIC』の2冊とも、この「知らないことを減らしていこう」のスタンスで書いています。
『IDIOMATIC』の問題にチャレンジ!
―― 一方でこの2冊には「使い方」という点で違いがありますね。『PINNACLE』は「しっかり学習したい」場合と「効率よく学習したい」場合の、2通りの進め方を提案。具体的には、本冊で単語を先に学習してから別冊問題集の穴埋め問題を解くか、まず問題集を解いてから不正解だった単語を本冊で復習するかの違いでした。対する『IDIOMATIC』は、別冊の問題集に取り組んでから本冊の解説を読むことで多くのフレーズが身に付く、という学習方法のみになっています。
山崎:はい。『IDIOMATIC』は、絶対に別冊の問題集から取り組んでください。なぜなら、「見て知っている」のと、「自分で言える・書ける・解ける」というのは別次元だから。
『IDIOMATIC』収録のフレーズを見て、読者の方たちは恐らく「いや、もう知ってますけど?分かってますけど?」と何度も感じると思います。中学1年生で習うような単語を使っているものも多い。だけど、それが空所補充問題や並べ替え問題になると、途端に答えられなくなるのが現状なんです。
本書に実際に掲載している英文を例に問題を出すので、カッコに入る単語は何か答えてみてください。
(1)
Jane: Do you have any plans ( ) Sunday? If you’re free, how about going to see a movie for a change?
Becky: Oh, can I take a rain check? I have to go see a doctor.(2)
A case study ( ① ) 20 women aged 20 to 30 with a ( ② ) of anorexia nervosa demonstrated how doctors often didn’t notice the symptoms of other related diseases in those patients.(20歳から30歳の拒食症の既往歴がある20名の女性を対象とした症例研究は、医師がこれらの患者の他の関連疾患の症状に気付かないことが多いことを示した)
「英語の感覚」が身に付くと見え方が変わる
山崎:(1) は、JaneがBeckyに「日曜日の予定」が何かあるかを尋ねています。正解は「for」。「a plan for Sunday」を見るだけなら「意味はもう知ってるよ。『日曜日の予定』でしょ」となるでしょう。でも、穴埋め問題になると「~の予定」を表す際の前置詞が答えられなくなる学生はすごく多いんです。
(2) の正解は①が「of」、②が「history」です。これも、「a case study of ~」という形で見れば「~を対象とした症例研究」という意味だと分かるかもしれないけれど、いざ問題として直面すると「『対象とした』を意味する単語って何だっけ!?」となってしまい、答えられないわけです。「with a history of ~(~に罹かったことがある、~をしたことがある)」も、難しい単語は一切ないにもかかわらず書けない、出てこない人が圧倒的に多い。
だから、「そのままだとヤバいぞ」と。単語の羅列を見て意味の予測がつかない熟語やフレーズだけ勉強すればいい、それ以外は大事じゃないと考えている人が少なくないんですが、そこに大きな問題があります。結果として、英語が読めない、書けない、解けない受験生がたくさんいるわけですから。
フレーズを身に付けるというのは、英語において非常に大切で、そしてオールラウンドに力を発揮することに繋がるんですよ。英文を読む・聴くときにも、英作文をするときにも、並べ替え問題でも。
――それは確かに大きなアドバンテージになりますね。『IDIOMATIC』のカバーや前書きには、フレーズを身に付けて(覚えて)「英語の感覚を磨く」という趣旨の言及がありました。この「感覚」について教えてください。一見すると、コツコツやる受験勉強と感覚・フィーリングは対極にあるというか、相容れないようにも思えますが・・・。
山崎:確かに受験の世界では、「感覚」とか「フィーリング」というものが、ものすごくダメな存在として扱われているんですが、僕はそれがすごく嫌で。感覚こそもっと重要視した方がいいと思っています。もちろん、適当に答えを選べということではありません。「英語の感覚」を生み出すには、大量に英語に触れるという経験値が必要ですが、どうしても僕たちには、そして時間のない受験生には、大量のインプットを浴びることは難しいのもまた事実。そこで、その不足を補ってくれるのが、頻出の言い回しをたくさん知っていることです。
中西:山崎先生がおっしゃっていた、「考えなくても分かる」「見ただけで分かる」「感じ取れる」状態というのがつまり、「英語の感覚」が身に付いているということになります。『IDIOMATIC』のカバーにも、「頻出の言い回しを覚えて英語の感覚を磨く」と打ち出しています。
空所補充問題については見開きの右ページにヒントとして選択肢を用意してありますが、このヒントなしでも、「こういう表現が来たら、このカッコには絶対にこの単語が入るな」と分かる「感覚」です。一方で、山崎先生はものすごく知識が豊富でありながら、ご自身の「感覚」を過信せず、とにかく最後まで熱心に弊社のネイティブ校正者のMargaretとPeterに質問されていましたね。
山崎:そこはやっぱり、間違いや勘違いがあるといけませんしね。僕自身でもかなりコーパスや辞書等を使って調べはしましたが。そうした母語話者の方たちとの対話を通じて、僕自身がかなり勉強になっていて、非常に感謝しています。そんなわけで、様々に工夫を凝らした問題文になっているので、ぜひ楽しんでもらえればうれしいです。
――どんな問題文なのか、ぜひ『IDIOMATIC』を手に取ってご確認いただきたいですね。それでは最後に、受験生や英語を学習している方々に向けてメッセージをお願いできますか。
山崎:“良くないもの”とされがちな「フィーリング」や「英語の感覚」ですが、実際に身に付くと、英語の見え方、英語に対する感じ方がかなり変わってくると思います。ぜひ、『IDIOMATIC』に掲載している表現や解説を読み込んでいただいて、今より1段階、2段階のレベルアップに繋げてもらえたら嬉しいです。
――本日はありがとうございました!