古典と英語の共通点って?今こそ知りたい講談の魅力【神田伯山さんインタビュー】後編

寄席で圧倒的人気を誇り、ラジオやテレビ、雑誌といったメディアにも引っ張りだこの講談師・6代目神田伯山さんのインタビュー。後編では、世界に出て活躍する人もぜひ知っておきたい、「日本文化としての講談の魅力」を聞いた。

6代目神田伯山  講談師。1983年生まれ、東京都出身。2007年3代目神田松鯉(しょうり)に入門、「松之丞(まつのじょう)」となる。2012年、二ツ目に昇進。2020年、講談界の大名跡「神田伯山」を襲名し、真打昇進。ラジオ「問わず語りの神田伯山」ほか、メディアでも活躍中。公式HP: https://www.kandahakuzan.jp/
前編では、通訳ガイドなどの英語を使った仕事をする人を始め、人前で話す機会のあるすべての人が参考にしたい、「トランスレーション」の妙技と、人を引き付ける話し方のこつを聞いた。 ej.alc.co.jp

後編では、世界に目を向ける「ENGLISH JOURNAL ONLINE」読者にこそ知ってほしい、日本文化としての講談の魅力や、伯山さんご自身の展望などについて語っていただいた。

音楽的な講談の魅力

伯山さんは、講談の核となる魅力の一つとして、「文語調の美しさ」を挙げる。

講談では、「源平盛衰記(げんぺいせいすいき)」などの軍談において、七五調のリズムで文語調のト書き *1 を朗々と読み上げる「修羅場(ひらば)調子」という独特の読み方が存在する。

非常に美しい昔の日本語を、独特のリズムで聞く楽しさというのがあって。講談師がつらつらとそらんじる、 音楽的な要素があります 。非常に恍惚として、言葉のシャワーを浴びるというような。

それは全部の意味がわからなかったとしても、気持ちがいいんですね。だから、「ここは意味をわからせるために説明や会話を多用しよう」とか、「ここは言葉の美しさに浸ってもらうために文語調を残そう」とか、バランスを取っています。

例えば、上杉謙信と武田信玄の一騎打ちの場面なら、「いろいろ難しい言葉が出てくるけれど、要するに一騎打ちの場面で、この部分は上杉謙信の出で立ちを描いている」と補足を入れることで、すべての言葉の意味がわからなかったとしても、文語調の美しい「音」を十分楽しめる。
歌舞伎を観に行ったときのイヤホンガイドのようなことをする訳です。元々、講釈は解釈する要素があるわけで。

英語を勉強していると、ある瞬間にぱっと聞き取れるようになると言いますよね。古典もそれに通じるところがあって、修羅場調子などは最初とんでもなく聞きづらいし難しいのですが、1年くらい聞き続けていると、 ある瞬間に「わかる」ようになります

私は、初めて古今亭志ん生(ここんていしんしょう)という昭和の大名人のCDを聞いたとき、何を言っているか全然わからなかったんですが、そこから1年いろいろな人の落語を聞いて、もう一度聞くと、すごく面白かった。ある程度耳が慣れて楽しくなるまでに 時間がかかる 演者や演目もあります。

ただ、そういう演目を初めて聞きに来るお客様の前でやると押し付けになってしまうので、客層に合わせて微調整します。

文語調の美しさに加えて、話の切れ目などで釈台を打つ張扇(はりおうぎ)も講談独特のリズムを生み出す。場面の転換で柔らかくポン、ポンとたたいたり、切羽詰まった決闘の場面でパパン!と強くたたいたり。
張扇は打楽器ですよね。あれの鳴り一つでもお客様の引き付け方が違う。リズム・メロディー・ハーモニーの中で言葉が粒立って、それが気持ちよく聞けるか聞けないかで、面白さが決まってくる。
さらに、Clubhouse *2 で稽古の音声配信を始めたところ、講談の音楽性について 改めて 発見があったと言う。平日お昼の配信で、 予想 外に修羅場調子の堅い演目が喜ばれる。
音楽みたいに聞かれている というか。途中で説明を入れるので、聞いている人を置いていってはいないんですけど。意外に堅い調子で読んでいるものも通じるんだなと、面白く思いました。

意味のあるものだとずっと追って聞かないといけないから、こういう時間帯には、修羅場調子のもので音楽的に楽しんでもらう方が有意義なんだなと。逆に時間がある夜は、わかりやすい世話物 *3 を読むなど、お客様の状況に合わせています。これもまさにトライ&エラーで、やってみて気付きましたね。

「講談」は、日本文化の柱

そんな伯山さんも、講談を初めて聞いたときは「難しい」と感じたと言う。講談が限られた常連のお客様のものになっているという印象を持った。何度も通ううちに講談の魅力に気付くと、次第に「講談は過小評価されている」「もっと面白くできるのに」というプロデューサー感覚が湧き上がってきた。

当時、落語を解説した書籍や落語の高座を録音したCDはあったが、講談のそれは落語に比べて100分の1以下しかなかった。こうしたインフラを整えたら、どこまで伸びるのだろう、という好奇心もあったと振り返る。

講談は本当に面白いので、一部の常連のお客様だけが喜ぶものにしておくのではなくて、ちゃんと広めたいと思いました 。常連のお客様はもちろん大事ですが、講談に興味がある内側の人だけではなく、外側の人にも古くから日本人が愛してきた物語をつなげていくというのは、文化的に大事なことですから。娯楽の一つとして、映画とかスポーツ観戦とかと同じように、芸能というものを楽しんでもらいたいと。

講談は歌舞伎や落語、浪曲 4 のネタの元になっていることも多いので、日本文化を知る上でも重要* だったりするんですよね。その柱が弱っていると、本質が見えてこないんじゃないか、とも思います。講談だけじゃなくて、落語、浪曲、文楽、歌舞伎、能、狂言など、どこか互いに意識し合って切磋琢磨(せっさたくま)していた時代があるので、そういう日本文化全体のことを考えても、講談が元気になることは大事なことかなと。

「講談を広めている」と実感できる瞬間が喜び

演者としていちばん醍醐味(だいごみ)を感じるのは、初めて講談を聞きに来た観客から、「講談って面白いんだ」という感想を聞いたとき。「講談の種まき」ができていることを再認識し、有意義な気持ちになると言う。

まず講談を面白いと思っていただいて、また聞きに行きたいと言ってくださる、その喜びに勝るものはないですよね 。大きくいっぱい笑っていただいたり、逆にシーンと静まり返って固唾(かたず)をのんで私の言葉を待ってくださったり。そんなふうに、自分の言葉で、お客様と一緒に会場の一体感をつくり上げることができたという瞬間が、最高にうれしいです。
売れっ子になった現在も、往復で10時間近くかけて地方へ高座をかけに行く。大きな都市で高座をする喜びもあるが、一方で、地方にこそ講談になじみがない人が多い。そうした観客から「生で聞くとこんなに面白いんだ!」と言われると、大きなやりがいを感じる。 同時に 、今自分がこうして口演をすることで、後に続く後輩が後々同じ土地で講談をするときの土壌づくりにもつながる かもしれない 、とも考えている。

なぜ、業界を盛り上げたいのか?

伯山さんは、これまでハローキティやロックバンドのクリープハイプ、マンガ『ONE PIECE』など、垣根を超えたコラボに挑戦してきた。また、YouTubeチャンネル 「神田伯山ティービィー」 では、自身の講談動画に加え、寄席の舞台裏やほかの講談師を紹介する動画を公開するなど、精力的に講談を幅広い客層・世代に広める活動をしている。

こうした活動の原動力は、「目立つ立場の人がその業界をアピールしなければならない」という使命感だ。

本質的なことを言うと、どの職業でもいいんですけど、例えば実力勝負の将棋界で目立っている棋士がほかの棋士を本気で紹介したりしないですよね。棋士が特殊なら、パン屋さんでもなんでもいいんですけど。

だから、異常なことをやっているんです。でも、 異常なことをやらないと、たぶん業界全体が沈没しちゃう

「伯山が好き」というより、「講談が好き」になってもらうために、 目立つ立場の自分がやるべきだという意識 があります。

自分が客席にいたときに、 寄席にいっぱい出て他流試合をして、業界に貢献しているような講談師が欲しい と思っていたので、それを自分でプロデュースしている感覚ですね。単純にその 作業 も楽しいですし、講談が過小評価されていると 同時に 、おのおのの講談師も過小評価されていると感じるので、もっといろいろな人に聞いてほしいなと思っています。

弟子と、「師匠」としての将来

自らの高座で講談の魅力を伝えながら、講談の間口を広げる活動を続ける伯山さんだが、その役割を下の世代に 引き継ぐ ときが来るのだろうか。真打(しんうち)になれば弟子を取ることができ、実際すでに弟子入り 希望 者が何名も詰め掛けているという。しかし、「弟子を取るのは2021年10月以降」と決めている。

かつて、「誰かに入門したい」という決意が固まるまで、徹底的にさまざまなジャンル、演者の芸を聞いたり、本を読んだりして知識を蓄え、気持ちを醸成させて弟子入りを決めた自分と比較してはいけない、とわかってはいるが、ほかの講談師をろくに聞いていない弟子入り志願者に出会うと、「あまりにも甘い」と感じてしまう。

弟子について語る伯山さんの顔には、「後進を育てる」ことへの苦悩が垣間見えた。

彼らに講談がもっとすごいものだということを、自分の発信力でちゃんと伝えられていないんじゃないかという疑念を感じることもあります。彼らの薄っぺらさは、自分の薄っぺらさの反映じゃないかと。基本的に、すぐ戦力になる人を求めてはいないですが、 最低限の敬意を持って芸能の世界に入らなければ、すぐつぶれてしまう

講談師になることはただの就職ではないので、そのジャンルが好きだという気持ちで集まっている集団の中に、あんまり知らないで入ってしまうと、単純にその子自身が苦労します。

まず「講談が好き」というのがマストで、業界では稽古が嫌いな人も多いですけど、 新しい読み物を覚えてお客様に喜んでもらえたときの喜びを、自分の人生の喜びとして生きていけるか 、というところが重要ですね。私が好きというより、講談が好きという人がいっぱい入ってくれたら、業界が活性化するなと思います。

弟子を育てるのも師匠の役割で、業界を繁栄させるための仕事です。人を育てながら師匠として自分も育つのは、大変なことだと思います。

目標ははっきりしている方が、自分にとってもお客様にとってもいい

伯山さんは常に明確な目標を発信している。

例えば、伯山さんは2012年に前座から二ツ目に昇進(当時松之丞)。通常だと二ツ目になってから真打になるまで10年ほどかかるところ、2018年に大胆にも「あと2年で真打にさせろ」と発言。その言葉どおり、2020年に真打昇進を果たした。

現在も将来の展望を聞かれると、「毎日やっている講釈場をつくる」という明確なビジョンを答えている。目標を明確にしているのには、自分が講談を続ける目的を見失わないためという理由もあるが、 同時に お客様からの目線も意識している。

お客様に応援していただくにあたって、目標をはっきりさせるというのは大事 だと思うんですね。例えば、小さい規模だと、「今、こういうネタを覚えているところです」とTwitterに書いて、「早く聞きたいな」と思ってもらう。

大きい規模だと、「自分の生きているうちに講釈場をつくる」と言うこと。お客様にとっても、ただ応援しているよりも、現実に建物ができてそこに行く喜びが感じられるでしょうし、講談界の大きなニュースにもなって、ますます業界が発展するでしょう。そういうふうに目標を立てると、お客様も応援しやすい。

講釈場をつくるのは形としての目標なんですけど、最大の目標はとにかくお客様に喜んでもらいながら講談を広めていくことなので、 ライブで1人でも多くの人に講談を届けるという、今やっている 作業 自体にとても意味があります 。今の一歩一歩は、確実に講釈場につながっています。

まずは、 日本人のほとんどが講談を知っているという状態をつくりたい 。少し前まで、講談は全然知られていなかったので、それに比べたらここ10年でよくなってきました。講談を、どんな機会でもいいから聞いていただきたい。さらに「講談って面白いね」というのが当たり前の世の中になると、ありがたいなと思います。そういうふうになりつつある気はしますが。

寄席で「あり得ない非日常」を体験してほしい

伯山さんは、これまで講談になじみがなかった人には、ぜひ寄席などの会に実際に足を運んで、「ライブならではの空気感」を体験してほしいと言う。

全然知らないお客様と共に笑ったりとか、固唾をのんで聞いたりするっていう会場の一体感は、生の高座じゃないと味わえない。 うまくいくと、あり得ない非日常感を味わうことができます 。お客様っていうのは、ただの受け手じゃなくて、場をつくっている存在の1人であるということもわかると思います。

今まで味わったことのない感覚、つまり 1人の人間がすごく原始的に ただし ゃべっているのを大勢の人間で聞く という商売が実在して、そこに「また聞きたい」と思わせる力があることや、「こういう日本の古典芸能があったんだ」「昔から日本人が愛してきた物語というのはこんなに面白かったんだ」という再発見の喜びもあります。

一生かけて楽しめるのも、古典芸能の魅力の一つだ。伯山さんの芸が 今後 どのように変遷していくのか、同じ時代を生きる者だけが生で目撃することができる。
病気とか事故がない限り引退はしないと思いますので、私と同世代の方は私が死ぬまで私の講談を聞けますし、今の私と20年後、30年後の私は違いますから、長い目で楽しんでいただけると思います。お客様も、同じものを今聞くのと30年後に聞くのとでは感想が違うでしょう。自分でも 今後 どうなるか楽しみで、どこか俯瞰(ふかん)で見ています。

幾重にもわたって喜んでいただけるようにできていますので、一度はまっていただいたら、一生ものの付き合いになる と思います。ぜひ講談を聞きに来てくれるとうれしいですね。それでつまらなかったら、それまでです(笑)。

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*1 :せりふ以外の、状況を描写する文章のこと

*2 :音声のみで交流するSNSサービス

*3 :武家や貴族階級を中心にした「時代物」に対する呼び方で、江戸時代の町人社会を中心として扱ったもの

*4 :江戸末期に大坂で成立した語り物。三味線を伴奏とする。「浪花節(なにわぶし)」とも

Kana ENGLISH JOURNAL ONLINEエディター。茶道、禅、落語、講談などの日本文化、アート、音楽に接している時間が幸せ。

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【スピーチ&インタビュー】カート・ヴォネガット(作家/柴田元幸訳)、ケヴィン・ケリー(『WIRED』創刊編集長、未来学者)、レイ・カーツワイル(発明家、思想家、未来学者)、ジミー・ウェールズ(ウィキペディア創設者)、アンジェラ・ダックワース(心理学者、大学教授)、【エッセイ】佐藤良明

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