「定番」or「豪華版」?イギリスじゅうが待ちわびる初夏のピクニック

「多文化都市」と呼ばれるイギリスの首都ロンドン。この街で10年以上暮らすライターの宮田華子さんが、日々の雑感や発見をリアルに語ります。

いざ、憧れの「ピクニック」へ

「今週末、flatmate(同居人)たちと公園でピクニックするの。ハナコも来ない?」――ロンドンに来て初めてピクニックの誘いを受けたとき、「キターー!」と躍る気持ちになったのをよく覚えている。

映画『いつか晴れた日に』(1995)、『Emma エマ』(1996)などに登場する、すてき過ぎるピクニックシーンを日本で散々見た後に来英した。ハンパー(バスケット)に詰められたおいしそうなサンドイッチや各種ケーキ、そして背景に映るガーデンや公園も美しく、「なんてすてきなの!」とうっとり眺めたものだった。とはいえ、コスチュームドラマ *1 で描かれる世界は現代&現実のピクニックとは違うはず。「イギリスのリアルなピクニックってどんなものだろう?」と興味津々だったのだ。

「ぜひ行きたい!」と言うと、友人は「できたら1品、何か好きなものを持って来てね」とのこと。しかし「イギリスのリアルなピクニック」未経験である“ガイジン”の私は、何を持参すべきかわからなかった。話題づくりも兼ねて日本食を持って行くのがよいのか、無難にケーキやサンドイッチの方がよいのか?――「場違いだったら引っ込めればいいや」ぐらいの気持ちで手まり寿司をバッグに忍ばせつつも、「間違いなさそう」なワインを持って参加した。

おいしいパンとチーズがあれば「スーパー直送品」だけでも十分すてきなピクニックになる。

定番の「気取らない」ピクニック

行ってみてビックリ。おのおのが公園に来る前にスーパーに立ち寄って買った、ジャンクフードにスナックに酒だらけのピクニックだったのだ。ポテトチップスやナッツなどの乾き物はもちろんのこと、サンドイッチやサラダ、そしてカットフルーツでさえスーパー直送。「私はいったい何を意気込んでいたのだろう・・・」と心の中で苦笑しつつ、でも肩の力が一気に抜けた。そこから美しい緑に囲まれて楽しい午後を過ごしたのだが、程なくして皆の準備と手際がとてもよいことに気が付いた。

寒くなったときに使うブランケット、紙ナプキン類も特に示し合わせたわけでもなさそうなのに持ち寄っている。ワインとジュースと果物をその場で混ぜてカクテルを作ることもあり、「慣れてらっしゃる」感があったのだ。子どもの頃から何度となく行ってきたピクニック。自然と身に付けたスキルなのだと感心した。

寒い季節が長いだけに、イギリス人は初夏の訪れを待ちわびている。この時期の天気のよい週末、公園はピクニック族でいっぱいだ。野外で飲み食いすればなんでもピクニックなので特にルールはないのだが、「ピクニック」という言葉そのものにイギリス人は甘美な響きを感じている。夏と太陽をほうふつとさせる言葉であり、日差しと戯れることこそが何よりのぜいたくだからだ。

驚きの「超豪華版」ピクニック

友人たちと気ままに集まって過ごす「気取らないピクニック」に慣れていき、それが定番なのだとしばらくの間は信じていた。しかしあるとき、ピクニックはそれだけにとどまらないディープな世界だと気付くことになる。

きっかけ は、近所の教会のボランティア友達であるベティおばさまが「庭のブルーベル *2 が今とってもきれいなの。わが家の庭でピクニックしない?」と仲間数名と共に声を掛けてくれたこと。上品で優しいベティからのお誘い。皆二つ返事で「ハイハイ、行きます!」と答えると、彼女は「よかった。『くれぐれも』手ぶらで来てね。約束よ」とニッコリ。

すでに気軽なピクニックに慣れっこになっていた私は、近所のスーパーで買った安いソーダ水をぶら下げて出掛けていったのだが・・・庭に案内されてビックリ。映画の世界かそれ以上のハイセンスなピクニックのしつらいに整えられていたのだ。エレガントな刺しゅう入りリネンとアンティークの食器類がスコットランド・タータン *3 の敷物の上に積まれており、横に置かれたハンパーの中には今朝焼いたばかりだというスコーンやケーキ、手作りのサンドイッチ、果物などがぎっしり。

それだけでも大感激だったのだが、なんとこのピクニックはコース形式だったのだ。美しい前菜がたっぷり盛られた大皿が置かれ、ガーデンテーブルには保温するためにタオルでグルグル巻きにされた鍋と大きな保温水筒が置かれていた。鍋の中は牛肉のワイン煮込み、つまり主菜。水筒の中はデザート用のコーヒーと紅茶。前菜からデザートまでしっかり用意された超豪華版。

ソーダ水持参でのこのこやって来た自分が恥ずかしいが、仲間たちはベティのもてなしに慣れているようで「手土産いらないってベティが言ってたでしょ?」と笑っていた。このレベルのピクニックはそうそうないが、長年イギリスに暮らしていると時折「豪華版」や「おしゃれ版」ピクニックに遭遇する。

ハンパーはアンティークマーケットの人気商品で、形もさまざま。ピクニック以外でも収納などで使える。

この原稿を書いている3月現在、やっとロックダウンの緩和が始まったところだ。現在の予定では、3月末から野外であれば6人まで集まってよいことになっている。この緩和計画が発表されたとき、「もうすぐピクニックができるんだ!」と誰もが思ったはずだ。日差しが苦手な私でさえ、ハンパーをつかんで公園に繰り出す自分を想像できる。ピクニックができるとは、人と会うことができるということ。それだけに今年のピクニックは格別の意味がある。太陽だけでなく友との再会を喜ぶその日が、今から楽しみでならない。

イギリスのロンドンってどんなところ?

イギリスの首都ロンドンはイギリス南東部に位置し、さまざまな人種・文化・宗教的背景の人たちが住んでいる「多文化都市」。ビッグベン、大英博物館など観光スポットも満載。

写真:宮田華子

※本記事は『ENGLISH JOURNAL』2021年6月号に掲載した記事を再編集したものです。

*1 :costume drama は、現代劇とは違った「歴史もの、時代劇」。

*2 :青い釣り鐘形の花の姿から「bluebell(青い鐘)」と呼ばれ、 4、5月ごろに咲く。

*3 :スコットランド文化に根付いている、さまざまな色を使った格子柄の織物。日本では「タータンチェック」と呼ばれる。

宮田華子(みやた はなこ) ライター/エッセイスト。2002年に渡英。社会&文化をテーマに執筆し、ロンドン&東京で運営するウェブマガジン「matka(マトカ)」でも、一筋縄ではいかないイギリス生活についてつづっている。

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