プロでも怖い?通訳会社の採用試験の話【通訳の現場から】

イラスト:Alessandro Bioletti

プロ通訳者の関根マイクさんが現場で出くわした、さまざまな「事件」を基に、通訳という仕事や通訳者の頭の中について語ります。もちろん、英語学習に役立つ通訳の技もご紹介。通訳ブースの中のあれやらこれやら、てんやわんや、ここまで言っちゃいます!

通訳会社のテスト

国内で活動する通訳者の大半は、通訳会社を通して仕事を獲得します。新人時代は技術がまだ洗練されておらず、コネもないので、たとえ顧客と直接 取引 をする機会があったとしても、どこかで失敗する確率が高いと思います。その点、通訳会社は通訳者の知識や経験、適性に合う案件を紹介しますし、資料集めや請求などの事務 手続き も行ってくれるので、通訳者が仕事だけに集中できる環境を 整備 してくれると言えるでしょう。

ただ、信頼できるベテラン通訳者の紹介でもない限り、多くの通訳会社は登録の際にテストを 実施 し、通訳者をふるいにかけます。基本的に通訳会社は通訳者の育成には興味がなく(興味がある通訳会社はスクール事業を持っている)、即戦力しか求めていません。そして通訳者の技能は実際のパフォーマンスを見ればだいたいわかります。

私は沖縄で長年活動していて、2013 年に東京に移住したのですが、引っ越しが済んで すぐに 都内の複数の通訳会社に登録の申し込みをしました。面接だけで採用を決める太っ腹な通訳会社もありましたが、多くの会社では何らかのテストがありました。同時通訳のテストを 実施 している会社はほぼありません。典型的なのは逐次通訳テストで、10~15分ずつ、用意された音声(または動画)ファイルを聞きながら日英、英日それぞれに訳していくという形式です。

なにぶんPC音声なので、生声と比べてクセがあります。本来であれば日本人と外国人にそれぞれ原稿を読み上げてもらうのが理想的なのですが、そんな贅沢は言えません。ただ、通訳会社が 実施する テストに特徴的な、もっと厄介な状況が存在します。それは① 事前に 対象分野(金融、政治経済、農業など)を伝えられない、② 事前に 資料が提供されない、の2点です。当然、実際の現場でも起こり得ますが、テストの難易度が高いということは感覚的におわかりいただけるでしょうか。

通訳者は文脈情報をもとに話の先を推測したり、情報パーツをつなぎ合わせて再構築したりするので、「 事前に どれだけ知っているか」が訳の質を大きく左右します。それでも事前情報なしでテストを 実施する のは、通訳者の地力と柔軟性を評価したいからなのかもしれません。現場でバリバリ活動しているプロでも、「通訳会社のテストが一番嫌だ」と言う人がいます。丸腰で戦場に飛び込むようなものですね。

声量が課題?

私自身、それなりの数のテストを受けてきました。某社のテストでは大きな会議室に通され、そこにはなぜか担当評価者(年配の方)と若いコーディネーター5名の合計6名に迎えられ、「圧倒的な数的不利やな……」と感じたのを覚えています。登録前から問題児だと目を付けられていたのかもしれません!

もう一つ、この会社のテストで記憶していることがあります。私と実際に話したことがある方はわかると思いますが、私は大きな声で話す、というか単純にうるさい人間です。通訳の現場でもほかの通訳者の1.5倍くらいのボリュームですし、大きな会議室でも地声が部屋の隅々まで届く程度にはうるさい。この会社のテストでもいつもどおりに胸を張って大きな声で訳し、パフォーマンス的にも納得いく内容だったのですが、後日合否の連絡が来た際には驚くことを言われました。

「合格ですが、声が小さいのが問題です」

最近はもう些細なことでは驚くこともない私ですが、さすがにこれには腰が抜けそうになりました。「声が小さい」と言われたのはおそらく小学校低学年以来です(意外に昔はシャイだった)。思わず「声が小さいって、私のことでしょうか・・・?」と聞き返してしまいました。正確性や訳出速度・テンポ、振る舞いについては特にコメントがなかったので、声量に関する意見だけが目立ってしまい、個人的にはなんとも後味が悪い結果になってしまいました。その後は普通に仕事をいただいているので、一定の評価はされているようですが。

別の会社ではメモ取りの技術について 指摘 されました。 そもそも 事前情報がまったくないと、効率的なメモを取るのは難しい。限られた時間の中で発言の重要部分を 抽出 した上で、書く時間を節約するために記号を使ったり、短縮して書き留めたりするのですが、取り扱う題材がわからないと「この単語はこの記号を使おう」と 事前に 準備することもできませんし、「何が重要か」を解釈するのに余計 時間がかかる のでワンステップ遅れます。

この結果、通訳テストでのメモの質はどうしても低くなってしまいます。それを知ってか知らずか、某評価者には「ちょっとメモの技術が低いですね。もう少し頑張りましょう」と言われて若干カチンときたのを覚えています。こんな些細なことで感情を揺さぶられる大人げない私です。

もう聞き返せない

通訳者仲間のエピソードも紹介しましょう。今では第一線で活躍するAさんが人生で初めて通訳会社のテストを受けたとき、あまりの緊張から「すみません、もう一度聞いていいですか」と何度もお願いしたそうです。

逐次通訳の現場で発言を繰り返してもらったり、わかりにくい部分を説明してもらったりするのは禁止ではありませんが、やり過ぎると話者との信頼関係が崩れてしまうので、本当に必要な場面でしかお願いしません。何度もお願いすると、たとえそこまで正確に訳せていたとしても、話者が通訳者の能力を疑い始めてしまいます。こうなると誰も得はしません。

Aさんは何度か繰り返しをお願いした後、これ以上お願いしたら絶対に落ちると感じたそうです。しかし、流れが悪いときはすべてがうまくいかないもの。次に流れた音声もうまく聞き取れず、途方にくれました。数秒の間を置いてAさんの口から出た言葉は……

「パス!」

通訳会社側もさぞ驚いたでしょう。プロとして仕事をする以上、現場で訳をパスすることは当然許されませんし、それは通訳テストでも同様です。カウントで追い込まれたバッターが「やーめた」と試合放棄することはないですし、劇場に登場した直後に「今日はネタやりません」と帰ってしまう芸人もいません。それでも現実は面白いというか、なんとAさんはこのテストに合格したそうです(笑)。

面接中のフリートークで、Aさんの誠実で温かい人柄が評価されたのかもしれません。基本的には通訳業界は実力主義、目の前のパフォーマンスがすべてなのですが、不思議なこともあるものです。

関根マイクさんの本

同時通訳者のここだけの話
文:関根マイク( せきね・まいく)

フリーランス会議通訳者・翻訳者。関根アンドアソシエーツ代表。カナダの大学在学中から翻訳・通訳を始め、帰国後はフリーランス一本で今に至る。政府間交渉からアンチエイジングまで幅広くカバー。著書に『同時通訳者のここだけの話』『通訳というおしごと』(アルク)。ブログ「翻訳と通訳のあいだ」( https://blogger.mikesekine.com/

※本記事は『ENGLISH JOURNAL』2019年10月号に掲載された記事を再編集したもので す。

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