世界的な文学賞といえば「ノーベル文学賞」が有名ですが、英語圏ではイギリスの「ブッカー賞」もよく知られています。これまでのブッカー賞の受賞作と最終 候補 作の中から、編集部員が読んでおすすめしたいと思った小説を紹介します。
ブッカー賞とは?
ブッカー賞(The Booker Prize)は、1969年に創設されたイギリスの文学賞で、長編小説に授与されます。
ノーベル文学賞が「作家」に与えられるのに対し、ブッカー賞は芥川賞や直木賞と同じように「作品」に与えられます。そのため、同一作家の異なる作品が受賞する場合もあり、これまでにJ・M・クッツェー、ヒラリー・マンテル、マーガレット・アトウッドなどが2回受賞しています。
ブッカー賞の公式サイトでは、下記のように説明されています。
The leading literary award in the English speaking world, which has brought recognition , reward and readership to outstanding fiction for over 50 years. Awarded annually to the best novel of the year written in English and published in the UK or Ireland.英語圏の有数な文学賞で、50年以上にわたり、優れた小説を評価し、表彰し、その読者を増やしてきた。年に1回、英語で書かれ、イギリスかアイルランドで出版された、その年の最も優れた小説に授与される。
候補 作のおすすめ小説">ブッカー賞受賞・最終 候補 作のおすすめ小説
残念ながらブッカー賞の受賞作と最終 候補 作を全て読んでいるわけではないのですが、英語の洋書を選ぶときに、本の表紙に「ブッカー賞受賞」や「ブッカー賞最終 候補 作」などと掲載されている場合は参考にしています。
これまで読んだ中で、おすすめの作品を紹介します!
『Midnight's Children(真夜中の子供たち)』サルマン・ラシュディ
1981年受賞作。
任せる 魅惑の感覚">英語の渦に身を 任せる 魅惑の感覚
サルマン・ラシュディ(Salman Rushdie)はインド出身のイギリスの作家で、「サー(Sir、ナイト)」の称号を与えられています。
同作家の代表作の一つ、『Midnight's Children(真夜中の子供たち)』は、確か学生のときにポストコロニアリズムの文学の授業で課題として読みました。インドのイギリスによる植民地化と独立がテーマになっています。
結構分厚い本で、 ウィキペディア にある粗筋を読むと混乱するかもしれません。
しかし、マジックリアリズム(魔術的リアリズム)とも評されるラシュディの小説の文章は、流れるようにぐいぐいと読ませる文体が特徴です。英文を全て理解できなくても、言葉の豊かな渦の中に体ごと巻き込まれていくような読み心地がクセになります。
また、ユーモアが随所で炸裂しているのも、ラシュディ作品の魅力です。
▼サルマン・ラシュディの読みやすい子ども向けおすすめ小説はこちら↓
gotcha.alc.co.jpwith Intent(あなたの自伝、お書きします)』ミュリエル・スパーク">『Loitering with Intent(あなたの自伝、お書きします)』ミュリエル・スパーク
1981年最終 候補 作。
- 作者: Muriel Spark
- 出版社/メーカー: Virago Press Ltd
- 発売日: 2007/01/27
- メディア: ペーパーバック
現実と虚構の境が曖昧になる
ミュリエル・スパーク(Muriel Spark)は、イギリス・スコットランドの作家です。スパークのことは、ポストモダニズムの文学の授業で知りました(「ポスト」ばっかり・笑)。
作品はどれも、理路整然と感じられる簡潔な文体から、「え?え?」と焦ってしまうようなことが平然と立ち上がってきて、どこまでが現実でどこからがフィクションなのかが分からなくなっていきます。あくまでも理知的な文章でありながら、ちょっとゾッとする狂気が静かに迫ってくるところに引き付けられます。
『Loitering with Intent(あなたの自伝、お書きします)』は薄い本で、小説家が主人公。主人公が書いている内容と、生きている現実が交錯していくさまが見事です。
映画化されているスパークの代表作『 The Prime of Miss Jean Brodie (ミス・ブロウディの青春)』も読みやすく、おすすめです。
スパークは1918年に生まれ、2006年に亡くなっていますが、インターネットやヴァーチャルの世界が現実を侵食し、何が「ファクト」で何が「フェイク」なのかが分からなくなりがちな現代に、ますます読みたい作家です。
『Life & Times of Michael K(マイケル・K)』J・M・クッツェー
1983年受賞作。
- 作者: J. M. Coetzee
- 出版社/メーカー: Vintage Books
- 発売日: 2005/03/28
- メディア: ペーパーバック
「よそ者」の複雑な感情を簡素な英語であぶり出す
J・M・クッツェー(J. M. Coetzee)は、南アフリカ出身でイギリスにも住み、オーストラリアに移住したノーベル文学賞作家です。
英文は簡潔で、研ぎ澄まされています。人種、立場、年齢、言語といった側面で生じる疎外感、優越感と劣等感などを浮かび上がらせる作家です。ヒリヒリと痛くて、読んでいてつらく感じる場面もあるのですが、それでも妙に客観性を保っているところが稀有(けう)で、好きです。
『Life & Times of Michael K(マイケル・K)』は、内戦下の南アフリカが舞台。混乱の中で次々と起こる暴力に対抗していく物語です。
79歳のクッツェーは現在も精力的に新作を発表しています。2011年の『 Scenes from Provincial Life (サマータイム、青年時代、少年時代──辺境からの三つの〈自伝〉)』(後述)や、2013~19年に発表された『 The Childhood of Jesus (イエスの幼子時代)』『 The Schooldays of Jesus 』『 The Death of Jesus 』の3部作(私は最終巻は未読ですが)もかなりおすすめです。
『An Artist of the Floating World(浮世の画家)』カズオ・イシグロ
1986年最終 候補 作。
- 作者: Kazuo Ishiguro
- 出版社/メーカー: Faber & Faber
- 発売日: 2001/04/09
- メディア: ペーパーバック
海外の目を通した、懐かしさと違和感が同居する日本
カズオ・イシグロ(Kazuo Ishiguro)は、「サー(Sir、ナイト)」の称号を与えられている日系イギリス作家で、2017年にノーベル文学賞を受賞しています。日本でもおなじみですね。
『An Artist of the Floating World(浮世の画家)』は、1986年の長編小説で、第2次世界大戦後の日本を舞台にしています。2019年3月に日本で渡辺謙さん主演でテレビドラマ化されたので、ご覧になった方もいるかもしれません。
戦争に翻弄(ほんろう)された実在の画家として、戦前にフランスに渡って、戦争で帰国し、戦後はフランスに帰化したレオナール・フジタ(藤田嗣治)を連想しましたが、小説に登場する画家との境遇はそれとは異なります。
イシグロの作品は、暗いものが多いと思います(長編小説は『The Unconsoled(充たされざる者)』以外は全て読んでいますが、この小説がまた一段と冒頭から暗い雰囲気で、数十ページ読んだところで止まっています・・・)。それでも、新作が発表されると すぐに 読みたくなる魅力をたたえています。その理由には、磨き抜かれた英語の文体や、どの小説にも共通する雰囲気がありながら毎回新たなテーマに挑戦していることがあるのでしょう。
カズオ・イシグロの短編集についてはこちら↓
gotcha.alc.co.jp『The Remains of the Day(日の名残り)』カズオ・イシグロ
1989年受賞作。
理想化された「イングランドらしさ」と、過去に対するもどかしさ
『The Remains of the Day(日の名残り)』は、1993年にアンソニー・ホプキンス、エマ・トンプソン主演で映画化された、イシグロの最もよく知られた代表作。
イギリスの模範的な執事が旅に出て、古き良きイギリス貴族のかつての主人や、執事だった父、職場でひそかに思いを寄せていた女性のことを回想します。情景がありありと浮かぶ精緻な描写なのに、主人公の執事の内面はなかなかうかがい知れません。
主人公の一人称で、直接「こう思った」という語りではなく、過去や周囲の状況を描写するその視点から、主人公の性格や感情を表出させていく手法に感嘆します。
Disgrace (恥辱)』 J・M・クッツェー">『 Disgrace (恥辱)』 J・M・クッツェー
1999年受賞作。
現代日本にも通じるセクハラ・パワハラ問題の闇
クッツェーの受賞2作目。52歳の男性の大学教授が女子学生から告発を受けて大学を辞任し、娘が住む農園に行くも、心休まることはなく・・・、という話で、今の時代にまた読むといい かもしれない 小説です。
決して心地いい内容ではなく、それぞれの登場人物の立場で考えようとすると混乱します。また、特に女性読者は、女性の描き方に対して違和感を覚えることもあるかもしれません。しかし、白人と黒人という人種や、アカデミズムの権威、都会と地方、ジェンダーなど、さまざまな問題の根源に切り込んでいく物語は、やはり読んでおく価値があると思います。
『Life of Pi(パイの物語)』ヤン・マーテル
2002年受賞作。
読みやすいが実は深遠な冒険小説
2013年にアン・リー監督が映画化(邦題『ライフ・オブ・パイ』)した冒険小説。ヤン・マーテル(Yann Martel)はカナダの作家です。
インドからカナダへ向かう船が沈没し、かろうじて助かったインドの少年パイがトラなどの動物たちと生き残るために漂流する物語。子ども向けのサバイバル小説にも見えますが、実は深さがある本です。
読みやすくて一気に読めますが、ブッカー賞を受賞したのも納得のフィクション。ぜひお試しを。
『Never Let Me Go(わたしを離さないで)』カズオ・イシグロ
2005年最終 候補 作。
現実的な質感を持ったSFドラマ
2010年にイギリスでキャリー・マリガン、アンドリュー・ガーフィールド、キーラ・ナイトレイ主演により映画化、日本でも2014年に蜷川幸雄演出、多部未華子主演で舞台化、2016年には綾瀬はるか、三浦春馬、水川あさみ主演でテレビドラマ化されています。
現在の情景から過去の回想へ飛び、平穏そうなイギリスの寄宿学校のような場所での思い出が語られますが、不穏な要素が散りばめられていて、学校の実態が少しずつ明かされていきます。
「クローン人間」をまるで現実に生きている存在かのように表現していて、フィクションというものの威力を感じます。感傷的な場面も、わざとそう書いているのかとも思えますし、多様な解釈が可能な小説かもしれません。
『The White Tiger(グローバリズム出づる処の殺人者より)』アラヴィンド・アディガ
2008年受賞作。
グローバリズムや格差の恐ろしさをユーモアも交えて描く
アラヴィンド・アディガ(Aravind Adiga)はインド出身、アメリカとイギリスの大学で学んだ作家でジャーナリストです。
デビュー作の『The White Tiger(グローバリズム出づる処の殺人者より)』は、グローバリズムや階級制度を皮肉った、笑いつつ怖くなる小説です。中国の温家宝首相に宛てたインドの起業家「ホワイト・タイガー」からの書簡で始まります。書店でこの本を手に取り、その手紙の1文目“ Neither you nor I speak English, but there are some things that can be said only in English.”を見た瞬間、読みたいと思いました。
この小説からは、インド社会の問題やそれと関わる世界の問題が見えてきます。そして、その問題は形が変わっていたとしても現在も続いているのでしょう。
Summertime (サマータイム)』J・M・クッツェー">『 Summertime (サマータイム)』J・M・クッツェー
2009年最終 候補 作。
自己を突き放す自伝的フィクション
『 Summertime (サマータイム)』はのちに、他の2作品と合わせた『Scenes from Provincial Life(サマータイム、青年時代、少年時代──辺境からの三つの〈自伝〉)』という3部作として出版されました。
自伝的小説とされていますが、自己を戯画化したような、徹底した「外からの目」による語りには、驚嘆を通り越して寒気すらします。しかし、ユーモアも感じられるのがまた偉大なところです。
クッツェーという作家の死後、その伝記作家がクッツェーの生涯を追うために、彼と関わった女性たちにインタビューをするという体裁になっています。彼女たちの彼への評価は、お世辞にもいいとはとても言えません。
こんな設定の小説をこんなに高い完成度で書くなんて、クッツェーはやはりすごいと再認識した作品でした。
『Room(部屋)』エマ・ドナヒュー
2010年最終 候補 作。
希望 ">5歳児の語りで明かされる悲惨な事件と 希望
エマ・ドナヒュー(Emma Donoghue)は、アイルランド生まれでカナダ在住の作家です。『Room(部屋)』は2015年に映画化(邦題『ルーム』)されました。
冒頭はこうです。
Today I'm five. I was four last night going to sleep in Wardrobe, but when I wake up in Bed in the dark I'm changed to five, abracadabra. Before that I was three, then two, then one, then zero. “Was I minus numbers?”そう、この本の語り手は5歳の子どもです。5歳ですから、言い回しが通常とは違っているところもあります。しかも、彼らは「普通」の5歳児と母親ではなく、ある空間で生きさせられています。状況は過酷ですが、親子の情愛は深く、できるだけ楽しく過ごそうと努力しています。“Hmm?” Ma does a big stretch.
書店で冒頭を立ち読みして すぐに 、この本を買うと決めました。“Wardrobe”と“Bed”が大文字始まりになっているのは誤植ではなく、理由があることも、続きを読むと分かってきます。
語り手の言葉遣いの「特異性」を生かした英語の小説には、『 Flowers for Algernon (アルジャーノンに花束を)』ダニエル・キイス著や、『 Forrest Gump (フォレスト・ガンプ)』ウィンストン・グルーム著、もっと最近だと『 The Curious Incident of the Dog in the Night-time (夜中に犬に起こった奇妙な事件)』マーク・ハッドン著などがあります。『Room』も、冒頭だけでなく最後まで語り手の文体が生きた小説になっているといいと願いながら読み進めましたが、期待は裏切られませんでした。
ぜひ翻訳してみたいと思いましたが、もちろん、程なくして日本語版が刊行されました(笑)。あの英語の文体がどういう日本語になっているのか、一度読んでみたいと思っています。
『Lowland(低地)』ジュンパ・ラヒリ
2013年最終 候補 作。
- 作者: Jhumpa Lahiri
- 出版社/メーカー: Vintage
- 発売日: 2014/04/14
- メディア: ペーパーバック
インドとアメリカが舞台の、アイデンティティーの模索や家族の葛藤の物語
ジュンパ・ラヒリ(Jhumpa Lahiri)はインド系アメリカ作家で、第1言語の英語で作品を発表してきましたが、最近はイタリアに住み、大人になってから習得したイタリア語でエッセイや小説を書いたりしています。
デビュー作は短編集で、『Lowland(低地)』は3作目の長編小説です。故郷のインドで弟が射殺されたという知らせを受けたアメリカ留学中の兄が帰国し、失意の両親と弟の身重の妻と向き合います。その後、舞台はアメリカに移り、すれ違う思いが描かれていきます。
ラヒリの作品には、アイデンティティーや異国での孤独、家族の葛藤などのテーマが色濃く表れています。一番好きなのはデビュー作の短編集なのですが、長編でこれらのテーマを 展開 していく過程もその都度追ってきました。今度はイタリア語で執筆し始めたので、興味の尽きない作家です。
ジュンパ・ラヒリのデビュー作『Interpreter of Maladies(停電の夜に)』についてはこちら↓
gotcha.alc.co.jp2018年受賞作『 Milkman 』Anna Burns著は、北アイルランドが舞台で、18歳の女性が「ミルクマン」と呼ばれている年上の既婚男性に悩まされる話らしいです。書店で見て面白そうだったので、近いうちに読みたいと思います。
2019年は、例外的に2作品が選ばれました。マーガレット・アトウッドの『 The Testaments 』と、ベルナルディン・エヴァリストの『 Girl, Woman, Other 』です(アトウッドは2度目の受賞)。この2冊も面白そうなので、チェックしようと思います。
よろしければ、ブッカー賞のこれまでとこれからの受賞作や最終 候補 作を、洋書選びの参考にしてみてください!
文:Irene
最近は洋書をあまり読めていないので、来年はもっと英語小説を読みたいです。
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