世界100カ国以上の現地在住日本人ライターやカメラマンの集団「海外書き人クラブ」がリレー形式で担当する連載「世界のニホンゴ調査団」。第20回はマレーシアから「koi」についてレポートします。
「鯉」が英語でも、koi とよばれる理由
錦鯉の看板
あれは何だろう?マレーシアの首都クアラルンプールの街中を歩いていたら、こんな看板を目にしました。かわいらしいというよりは、かなり直球のディスプレイに興味を引かれて調べてみると、マレーシアには錦鯉のファンがいて、錦鯉を売るお店もあることが分かりました。
鯉は英語で carp ですが、 koi とも呼ばれています 。
Oxford English Dictionary (『オクスフォード英語辞典』)では 次のように説明されていて、18世紀の用例も出ています。
A local name in Japan for the common carp, Cyprinus carpio.赤や黒の斑紋が美しい錦鯉は、真鯉の突然変異種を飼育改良したもの。今から200年ほど前に新潟県で食用の真鯉を養殖していたところ変異種が生まれ、その中から優秀な色と模様を持つ鯉を選び出し、改良を繰り返すことで今の錦鯉が生み出されました。鯉の日本での呼び名、シプリヌス・カーピオ [学名]
引用元: 全日本錦鯉振興会新潟地区
主に鑑賞用に品種改良された錦鯉を koi と呼ぶのは、日本産だったからなのですね。koi だけでは分かりにくいからか、マレーシアでは koi fish ということが多いようです。
地元英語新聞記事
写真の下には次のような説明があります。
Koi fish scrambling for feed that is given using milk bottles at Langkawi Wildlife Park in Langkawi, Kedah.― Bernama引用元:“Not coy about being bottle-fed”, The Star, 17 June 2019.哺乳瓶で餌をもらおうと、争うように集まっている錦鯉。ケダー州ランカウイ島のランカウイ野生動物公園で―国営ベルナマ通信
見出しの “Not coy about being bottle-fed.” の “coy” には躊躇しないという意味があります。「 鯉 koi は 、哺乳瓶から餌をもらうことを coy 躊躇しない 」と、koi と coy の言葉をかけているところが面白いですね。
縁起物として魚を尊ぶ中国文化と、マレーシア華人
マレーシアは、人口の過半数を占めるマレー系と、中国系、インド系、先住民族から成る多民族社会。このうち、熱心な鯉好きが多いのは華人(中国系マレーシア人)のようです。
というのも、中国は鯉の原産地と考えられていて、紀元前12世紀には養殖していた記録があるそう。マレーシアで生まれ育った華人も、鯉を食用にしたり、縁起物として大切にする中国の文化を継承しているのです。
地元の英語新聞 New Straits Times は中国の自然観として風水を紹介し、庭の池で飼うのにふさわしい魚として、アロワナや鯉、金魚を挙げています。
In Chinese culture, the symbol of fish has two attributed qualities, the first being the aspect of abundance because of the ability of fish to quickly reproduce in large quantities. The second is the Chinese word for fish which is “yu”, which is also pronounced the same way as abundance .中国文化で魚が象徴するものには、2つの側面があります。1つは豊穣で、これは魚が短期間のうちに大量に繁殖できることによるものです。もう1つは、中国語の魚の発音「ユー」が「富裕」を表す単語と同じだという点にあります。
This is probably why most Chinese have a pond filled with fishes in their garden, an aquarium in the house or in their porch, or paintings or sculptures in the form of fish.引用元: Choosing the right fish, New Straits Times, 2 August, 2018.こういうわけで、大概の華人が庭に池を設けて多くの魚を泳がせていたり、家の中や玄関に水槽を置いたり、魚の絵や彫刻を持っているのでしょう。
「今年の流行語」の1つに「錦鯉」が入った
また、2018年、上海の語学雑誌で取り上げた「今年の流行語」の1つに「錦鯉」が入ったというニュースがありました。
引用元: 中国の「今年の流行語」トップ10、「錦鯉」や「仏系」がランクインする意味は?―中国メディア
マレーシアの華人は、母語として広東語や福建語、客家語、海南語などを話します。しかし、発音が違うために地域語同士では通じないこともあり、民族学校では中国語(北京語)で教育を受けています。
そのような事情があるため、中国から移民してきた祖先をもつ華人の中には、マレーシアのメディアの他に中国や台湾の報道にも日常的に接しているバイリンガル、トリリンガルが少なくありません。
2000年代に起きた韓流ブームのように、中国語メディアを経由して中国の流行がマレーシア華人に波及することもあるので、マレーシアでの錦鯉人気は、これからさらに上昇するのかもしれません。
錦鯉を飼うのはどんな人?
日本の錦鯉を扱う店
マレーシアではどのような人が錦鯉を飼うのか、販売店で話を聞かせてもらいました。
こちらのお店は創業20年。日本で養殖した錦鯉を輸入しています。「うちのお客さんの7割は華人ですよ。インド系やマレー系の方もいらっしゃいますけどね」。確かに、店舗の裏にある水槽を見にいろいろなお客さんが来ていました。
錦鯉のいる水槽
I go to Japan twice a year. I usually visit Niigata and Ojiya to buy koi fish. Years ago, I went there twice a month for business to find different sized koi.店の人によると、東南アジアの錦鯉市場はタイやインドネシアが大きいそう。経済力があるシンガポールは、意外にもそれほどではないようです。「シンガポールはほら、住宅事情が悪いからね」。日本には、年に2回出かけます。錦鯉の買い付けには、新潟市や小千谷市に行くことが多いですね。時期によって鯉の大きさは違うので、ひと月に2回行ったこともありますよ。
確かに一戸建ては億 単位 という国で、国民のほとんどが住んでいるのは高層住宅ですから、庭の池で鯉を飼うわけにはいきませんね。
それに比べるとマレーシアは持ち家率が高く、池で鯉を飼うのには向いた環境です。比較的裕福なお客が多いせいか、「使わなくなったプールで飼っている人も結構いますよ」。
錦鯉の値段は、大きさや模様によって違います。1メートルくらいの大きさの鯉は、日本ではなんと100万円クラス!
このお店では、10年ほど前は5~6万リンギ(約130~160万円)ほどの鯉もよく売れたそうですが、最近の売れ筋はもっと小さい5千リンギ(約13万円)くらいの鯉とのこと。
好まれる模様は、縁起のよい紅白、三色(赤・白・黒が入ったもの)、金色の順で、やはり風水の 影響 があるといいます。
「泳ぐ宝石」「生きた芸術品」とも呼ばれる、美しい日本の錦鯉。外国にも着実にファンを増やしているようです。
取材・写真:海外書き人クラブ・森純