失敗談コレクション【通訳の現場から】

プロ通訳者の関根マイクさんが現場で出くわした、さまざまな「事件」を基に、通訳という仕事や通訳者の頭の中について語ります。もちろん、英語学習に役立つ通訳の技もご紹介。通訳ブースの中のあれやらこれやら、てんやわんや、ここまで言っちゃいます!

先日、通訳仲間で集まって久しぶりに食事をしながら、駆け出しの頃の失敗について語り合いました。さすがに20 年選手が集まるといろいろと出てきます。私もすっかり忘れてしまっていた失敗談を奇跡的に(?)掘り起こし、深夜まで大笑いしながら盛り上がりました。

普通であれば自分の失敗をこのような媒体で公開することは避けるのでしょうが、私はもう時効というか、ある種の武勇伝だと思っているので読者の皆さんとシェアします。あの失敗があったからこそ今の自分があると思いますし、今は通訳者として自信があるからできることでもありますが!

駆け出しの頃

まずは法廷通訳者としての失敗です。私が那覇地方裁判所に登録してから初めての案件は比較的シンプルな窃盗案件でした。薬局で市販の薬を万引きしたとのこと。検察官と弁護人は犯罪の事実については争ってはおらず、あとは弁護人が情状酌量をアピールするだけでした。

情状酌量とは、裁判官などが諸事情を考慮して刑罰を軽くすることで、例えば検察官が懲役2 年を求刑している場合、弁護人は、背景にはこのような事情があるので執行猶予にした方が適切ではないですか?と裁判所にお願いをするのです。

シンプルな案件とはいえど、初の法廷通訳ですから、傍聴席には被告人男性(外国人)の日本人妻しかいないのにガチガチに緊張してしまい、開廷前は軽い吐き気がしたほどです。それでも冷や汗をかきながらなんとか通訳して結審し、少し日をおいて判決が下されることになりました。

当然ですが判決は初めてです。当日は傍聴席の日本人妻が開廷前からすすり泣いていたのですが、これが静かな法廷の廊下に痛いほど重く響き渡り、「人生の重みとはこういうものか。僕もしっかり仕事をしなければ……」とふんどしを締め直したものです。

通常、軽度の事件、それも初犯で自白がある事件の判決は15 分程度で終わります。裁判官が執行猶予付きの判決を読み上げて、いざ私の通訳が入るということになって、緊張が最高点に達したのかもしれません。自分でも当時のことはよく覚えていませんが、「執行猶予」の部分を probation(保護観察)と訳したのは明確に記憶しています。全然意味が違いますね。

本来であればsuspension(of execution of sentence)と訳すべきでしたし、事前準備でもそれは把握していたのですが、なぜか本番では誤訳してしまいました。考え過ぎて真っ白になってしまったのでしょうか。閉廷後、担当の横田信之裁判官に呼び出されて注意されました。あまりの凡ミスに、裁判官もどうしたものかと困ったことでしょう。私が彼の立場だったらクビにしていたかもしれません。

幸い私は首の皮一枚でつながって仕事を続けることになり、横田裁判官にはこの後もさまざまな事件でお世話になりました。何年後かに当時の厚生労働省局長、村木厚子さんが逮捕された障害者郵便制度悪用事件(通称「凛の会事件」)で無罪判決を言い渡したのが横田裁判官と知って驚いたとともに、さすが横田さんと改めて思いました。日本の司法制度の枠組みの中で無罪判決を出すのはとても勇気を要することです。

失敗は「誤訳」だけじゃない

次はUNESCO 要人の通訳をした際の失敗です。通訳者として稼働を始めてまだ2 年目だったかと思います。私は要人A 氏付きの通訳者として、本会議での挨拶と、その後の囲み取材を訳すのが仕事でした。本会議の挨拶は5 ~ 10 分程度の長さで、事前に原稿をもらっていた私は全部翻訳して仕事に臨みました。

しかし、いくら素晴らしい訳文を用意していてもきちんと読み上げなければ意味がありません。本番ではA 氏が一文を読み上げるたびにそれに対応する訳文を読み上げるだけで済んだのに、あろうことか私は訳文の一部を完全に読み忘れてしまいました。

考え過ぎていたのか、緊張していたのか、 原因は今となってはわかりません。読み忘れに気付いたのはすでに数分経過した後だったので、もう戻ることはできません。心臓が飛び出しそうになるくらいバクバクするのに耐えながら、最後まで読み終えました。特に指摘はされませんでしたが、どう考えてもあの一文がなければ次の文章とつながらないので、聴衆の多くは「ん?」と思っていたはずです。

ただ、この失敗談はこれで終わりません。講演後に会場の外に出ると、各メディアの記者がIC レコーダーを手に持ってA 氏を囲みました。そこでA 氏が喋り始めたのですが、講演とは打って変わって猛スピードのマシンガントーク炸さく裂れつです。当時の私はメモ取り技術も未熟でしたし、話者の言葉に必要以上にこだわらずに要点を捉えてわかりやすく訳す技術もまだ発展途上でした。

要するに、スピードについていけずに焦って変な訳をしたのです。帰宅後に夜のニュースでその取材の様子が報道されていたのですが、私が訳したと記憶している内容と、画面に映るテロップ(発言の要約)が相当異なっていたことにビックリしました。自分の存在を全否定されているような感情を覚え、体の芯から凍りついたというか。当時はメンタルが弱かったというのもありますが、「血の気が引いていく」ことを実感しました。

パートナーへの配慮を欠いた結果の失敗もあります。同時通訳は時間(15 ~ 20 分)で交代して仕事をするのが普通なのですが、大きな国際会議で複数の発表がある場合、時間交代ではなく、講演単位で担当を分けて臨むこともあります。20 分程度であれば、講演単位で分けた方が事前準備が効率的になるのです。

特に問題なく進み、会議も残すところ最後のセッション。私は自分の担当分を終え、狭いブースの中で軽くストレッチをしながら閉会を待っていました。しかし、15 分の予定だった最後のセッションの講演者は、気付けばもう25 分近く話しています。しかも資料を見る限り、まだあと15分はありそうです。一日の終わりということもあり、パートナーの通訳者さんは明らかに疲労困こん憊ぱいしていて、それが訳にも影響し始めていました。本来であれば担当ではないけれど、フレッシュな私が志願して交代してあげるべきだったのでしょう。

でも、もう終了モードに入っていた私には、パートナーをいたわり、交代を申し出る勇気がありませんでした。難しい同時通訳をした方であればわかると思いますが、苦しいときは本当に苦しいのです。あれは今でも自分勝手だったなと後悔しています。

関根マイクさんの本

フリーランス会議通訳者・翻訳者。関根アンドアソシエーツ代表。カナダの大学在学中から翻訳・通訳を始め、帰国後はフリーランス一本で今に至る。政府間交渉からアンチエイジングまで幅広くカバー。著書に『同時通訳者のここだけの話』『通訳というおしごと』(アルク)。ブログ「翻訳と通訳のあいだ」( https://blogger.mikesekine.com/

※本記事は『ENGLISH JOURNAL』2018年1月号に掲載された記事を再編集したもので す。

イラスト:Alessandro Bioletti

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