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記録的ヒットを見せた犯罪ドラマから検証する「イギリス社会のリアル」

第3回 犯罪ドラマから検証するイギリス社会

イギリス在住ライターの名取由恵です。このコラムでは、イギリスを舞台にした、比較的新しい映画&ドラマを取り上げて、リアルタイムのイギリス文化や社会を考察していきます。今回は「犯罪ドラマから検証するイギリス社会」をテーマに、2本の作品を紹介しましょう。

PTSDに苦しむ警官が守るのは、その原因を作った張本人だった

イギリスドラマで人気があるジャンルの一つが犯罪ドラマです。ここ数年で最も成功した犯罪ドラマといえば、シーズン6でシリーズ終了した「ライン・オブ・デューティ」ですが、今回取り上げる「ボディガード」は、その「ライン・オブ・デューティ」の生みの親であるジェド・マーキュリオが企画・脚本・製作総指揮を手がけた、全6話の政治サスペンスドラマです。BBCで2018年に放送された際には、最終回のリアルタイム視聴者数が1100万人を超え、BBCドラマとしては過去10年間で最も多い視聴者数を叩き出したという大ヒット作品で、シーズン2の製作も決定しています。

本作の主人公は、ロンドン警視庁のデイヴィッド・バッド巡査部長(リチャード・マッデン)。たまたま乗り合わせた列車内での自爆テロを未然に防いだ功績を認められて、ジュリア・モンタギュー内務相(キーリー・ホーズ)の要人警護担当に抜てきされます。デイヴィッドはアフガニスタンに従軍した元軍人で、冷静沈着に任務に徹する裏で、実はPTSD(Post Traumatic Stress Disorder:心的外傷後ストレス障害)に苦しんでいます。しかも、ジュリアは彼のトラウマの原因となるイギリス軍の海外派兵を推進した中心人物であり、デイヴィッドは任務と復讐心との板挟みで悩むことに。

また、女性政治家にハンサムなボディガードと言えば、そこに恋愛関係が生じるというのが世の常で、デイヴィッドとジュリアも親密になっていきます。しかし、国民のプライバシーを一部侵害する反テロ法案を強行的に推進するジュリアは、常に暗殺の危機に直面しており・・・。

このドラマのポイントの一つは、イスラム過激主義者による自爆テロという設定。第1話ではデイヴィッドが偶然、列車内での自爆テロ現場に遭遇。一歩間違えれば、容疑者の体に巻き付けられた爆弾が爆発するという絶体絶命の状況の中で、容疑者と直接交渉するシーンが20分も続き、まさにハラハラドキドキです。

イギリスでは実際にテロ事件が何度も起きています。1970〜1990年代のIRA・IRA暫定派によるテロをはじめ、2005年のロンドン同時爆破テロや2017年のマンチェスター・アリーナでの自爆テロなどは記憶に新しく、2016年に労働党のジョー・コックス下院議員、2021年に保守党のデイヴィッド・アメス下院議員が殺害されるなど、政治家を狙うテロ攻撃も度々起きています。このような現実があるからこそ、今作もフィクションと分かっていながら、手に汗にぎる緊張感や心理的な恐怖を感じるわけです。

もう一つのポイントは、デイヴィッドのメンタルヘルスです。PTSDの影響で妻のヴィッキーと仲がこじれ、2人の子供と別居中。それでも家族のためになんとか仕事を続けているデイヴィッドは、政治的陰謀が絡む大事件の犯人に仕立て上げられたことをきっかけに、自分がギリギリの崖っぷちにいることをようやく受け入れるのです。

最終回で無事に事件を解決したデイヴィッドが、警察署内にいるカウンセラーを訪れます。

I’m David…… And I……uh…… I need some help.
「デイヴィッドといいます。ええと・・・あの・・・助けが必要なんです」

国のため、家族を守るために派兵された末に精神のバランスを崩したものの、軍や政府からのサポートも受けられず、どれだけ苦しんだかと思うと、泣き崩れる彼の姿が胸に突き刺さります。テロ攻撃も元軍人のPTSDも、イギリス人が直面している現実であり、深刻な問題です。  

【UK小話】主人公の口癖が話題に

イギリスでネット界を中心に話題になったのが、デイヴィッド・バッドの口グセ「ma’am」というセリフです。主に目上の女性に対して使われる呼びかけですが、デイヴィッドの上役はほぼ女性なので、結果として「ma’am」を連発。全編を通して91回連呼しているそう。

本当にあったロシア元スパイの毒殺未遂事件をドラマ化

イギリスの犯罪ドラマで最近トレンドとも言えるのが、実際にあった事件を映像化するというものです。21年前に起きた夫婦惨殺事件を追う、ルーク・エヴァンス主演の「ペンブルックシャー・マーダー 21年目の真実」や、デイヴィッド・テナントが凶悪連続殺人犯を演じた「デス」などが日本でも放送されています。 この「ソールズベリ 毒殺未遂事件」は、2018年にイギリス南部ソールズベリの町で起きたロシアの元スパイ殺害未遂事件を基にしています。イギリスでは2020年にBBCで放送され、初回の視聴者数は720万人で、過去6年間にBBCで放送された新作ドラマの中での最高数を記録。イギリスでは全3話でしたが、日本では全4話で配信・放送されています。

2018年、ソールズベリの町にある公園で意識不明になった男女が病院に運ばれます。その後の調べで、二人はイギリスに機密情報を渡していた元ロシアのスパイ、セルゲイ・スクリープルとその娘のユリアで、犯行には化学兵器「ノビチョク」(有毒の神経剤)が使用されたことが判明。さらに、セルゲイとユリアの家を家宅捜査したニック・ベイリー巡査部長(レイフ・スポール)が倒れて昏睡状態に。普段は平和で静かな町が大変な騒ぎとなり、州の公衆衛生局長であるトレイシー・ダシュキェヴィチ(アンヌ=マリー・ダフ)は、ノビチョクの汚染を抑えるべく懸命に闘います。一方、ソールズベリのシェルター(ホームレス向けの仮住宅)で暮らすドーンは、幼い娘のためにもアルコール依存症を克服して必死に人生を立て直そうとしますが・・・。

この事件は、犯人がロシア軍情報機関の職員とされ、外国政府による敵対行動がイギリス国内で行われたことなどから、今世紀最大の政治事件と言われ、改めてイギリスとロシアの関係の脆(もろ)さを浮き彫りにするものでした。また、今作がイギリスで放送されたのは、新型コロナ禍によるロックダウンの最中であり、神経剤ノビチョクとコロナのパンデミックが重なって、さらに衝撃的でもありました。

しかし、一方でこのドラマは、政治事件そのものよりも、事件に巻き込まれた普通の人々とその家族の姿に焦点を当てています。トレイシーは仕事に没頭するあまり、家庭で過ごす時間がなくなり、息子との関係がぎくしゃくしてしまいます。ニックは、自分が汚染を広げたのではないかという自責の念に苦しみ、早く復職しようと焦るあまり、家族の中でも浮いた存在に。また、犯人がノビチョクを入れるために使った香水スプレーの瓶を偶然に見つけたドーンと恋人チャーリーが被害に遭うという、さらなる悲劇にも襲われます。一般人の犠牲者が出て衝撃を受けるトレイシーですが、久しぶりに家族一緒に夕食を共にするトレイシーに、息子のトビーが語った言葉が涙を誘います。

Mrs. Montague was talking about you today. She says you’re a hero. She told my whole class that if it weren’t for you, lots of people might have got sick. That’s cool.
「今日学校でモンタギュー先生がママのことを話したんだ。ヒーローだって。ママじゃなかったら、もっと多くの人が倒れていただろうって、クラスの全員に言ったんだ。かっこいいよ」

ラストシーンでは、トレイシーやニック、ドーンの遺族たちなど、実在する本人が登場し近況を伝えます。実際に起きた事件の映像化ながら、単なる興味本意に終わらず、事件に関わった人たちの目線で、被害者たちにも寄り添い、丁寧に真実を伝える製作陣の姿にも好感が持てる作品です。

【UK小話】食べ物に愛称を付ける??

夕食の食卓で、ニック・ベイリー巡査部長は“I love Spag Bol.”と言って、家族を笑わせます。Spag Bolとは、「スパゲッティボロネーズ」のこと。イギリスの国民的料理と言われるほど、イギリス人に人気があります。他にも、ソーセージ&マッシュポテトはBangers and Mush、ジャガイモはspudsなど、親しみを込めた愛称で呼ばれる食べ物があります。

ドラマで見る複雑なイギリス社会

今回は、「犯罪ドラマから検証するイギリス社会」をテーマにした作品を取り上げました。『ボディガード ―守るべきもの―』も『ソールズベリ 毒殺未遂事件』も、殺人事件を扱ったありがちなドラマとは異なり、政治や国際的な問題が絡んだ犯罪を描き、イギリス社会の複雑さが理解できる作品です。ぜひチェックしてみてください。
名取 由恵
名取 由恵

イギリス在住ライター・翻訳者・イギリスドラマ愛好家。ライフワークはイギリスのエンタメや文化、イギリス人の研究。東京都出身。週刊情報誌『ぴあ』編集アシスタントを経て、1993年に渡英。日本の各メディア及び在英日本人向けの情報誌に、イギリスのエンタテインメント、ライフスタイルなどの記事を寄稿している。得意分野は、UKロック、海外ドラマ、映画、トレンド、自然療法。共著書に『CDジャーナル ムック BEAT UK 2000』(音楽出版社)。 Twitter:@yn358
Website:https://www.yoshienatori.com/

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