「イギリス人≠English」と呼んで赤っ恥?マナーとして気を付けたいイギリス人の呼び方【LONDON STORIES】

「多文化都市」と呼ばれるイギリスの首都ロンドン。この街で20年以上暮らすライターの宮田華子さんが、日々の雑感や発見をリアルに語る連載「LONDON STORIES」。今回は、イギリス内の複雑な国民意識とその背景を読み解きます。

「English」はイングランドという1地域に住む人

ロンドンに来た当初の失敗談を挙げると切りがない。幾つもの恥ずかしい記憶が脳裏をかすめ「穴があったら入りたい」と思うけれど、今でもよく思い出す出来事がある。あれはロンドンに来て1カ月くらいの頃。知り合ったばかりの日本人Aさんの家に遊びに行ったときのことだ。

彼女はホームステイをしていたので、ホストファミリー夫妻に紹介された。私がつたない英語を切り貼りして「まだ知り合いも少なく、学校以外でイギリス人(English)と話す機会はほぼないんです」と言うと、夫妻は「上手に話せていますよ」と笑みを浮かべてお世辞を言ってくれた。

あいさつを終えてAさんの部屋に行き、パタンとドアを閉めたところで彼女が渋~い顔をしてこう言った。「あなた、さっき『イギリス人』って意味でEnglishって言ったでしょ。お願いだから、次に夫妻に会うときはそう言わないで」。

何を言われているのか分からずきょとんとしたが、そのとき「イギリス人=English」ではないことを理解した。夫妻はスコットランド、エディンバラ出身であり、Scottish(スコットランド人)であることを誇りにしていた。

「イギリス人って言うときは『British』って言わないと、イングランド人(English)以外に失礼になっちゃうのよ」。そうだった。イギリスはイングランド、スコットランド、ウェールズ、北アイルランドの4地域で構成された国だ。「English」は「イングランド」という一地域に住む人&出身者だけを指す言葉。自分の無知ぶりに赤面した出来事だった。

サッカーやラグビーの大会時には、こうして窓に旗を掲げている家が多い。写真はスコットランドの旗。

イギリス人のアイデンティティーの複雑さ

その後、Aさんの教えである「イギリス人=British」を胸に刻んで過ごしたが、話はこれで終わらなかった。数年後、スコットランド最大の都市グラスゴー出身のBさんと友達になった。彼の場合は「British」または「Scottish」と言えばよいだろうと思っていたのだが、あるとき、「新しい友達ができると話すことがある」と前置きした上で、こう言ったのである。

「僕は子供の頃に北アイルランドで暮らしていたことがあり、国籍もイギリスとアイルランドの両方を持っている。だからアイデンティティーとしてはBritishでもScottishでもなくIrish(アイルランド人)なんだ。Britishはイギリス人の総称だけど、『ブリテン島出身者』とも取れるからしっくりこないんだよね」。この会話をきっかけに、「イギリス人」の呼び方問題は私が考えていた以上にセンシティブなものだと気が付いた。

サッカーやラグビーを見ているとき、「なぜイギリスは4チーム参加しているの?」と思った人は多いだろう。イギリスの正式名称は「グレートブリテン及び北アイルランド連合王国」。国際標準化機構は「イギリス」を一国としているが、イギリス国内では4地域を「Country(国)」と位置付けている。公的な書類に住所を書き込むとき「四つの“国” のどこに居住しているか?」を問われることも多い。つまりイングランド、スコットランド、ウェールズ、北アイルランドはおのおのがれっきとした一国であり、その集合体がイギリスなのである。

1つの国であり、4つの国でもあるイギリス

出会う人全て の帰属意識がどこにあるのかすぐには分からないが、配慮して会話するのはイギリス的礼儀の一つである。私個人の経験では、イングランド出身者が「English」であることを強く主張する人は少ないが、ほかの3国はおのおのの国に対する愛が深く、しっかり国境があることを実感する。スポーツの「イングランド対スコットランド戦」は最も白熱するマッチだが、これは二つの国が何世紀にもわたる血みどろの戦いを繰り広げた名残だ。

ウェールズは英語以外にも「Welsh(ウェールズ語)」を公用語とし、独自文化への愛情が深い。北アイルランド人は自分を「Irish」か「Northern Irish」、はたまた「British」と認識しているかは個人によって異なる。これはイギリスとアイルランドのたどった歴史が関係しており、それをどう捉えているかの意思表示でもあるので、安易に触れてはいけない部分でもある。

BBCウェブサイトのキャプチャー画面より。Alba(ゲール語)、Cymru(ウェールズ語)の記事もある。

「ユニークであること」を大切にするイギリス人は、通常はこうした地域への愛着を「よきもの」としている。しかし近年の「スコットランド独立問題」は、イギリス政府を悩ます問題だ。2014年に行われた「スコットランド独立の是非を問う住民投票」を覚えている人も多いだろう。

18世紀初頭に統合されてもなお、スコットランドには独立支持派が多い。7年前は僅差で反対票が上回ったが、住民投票再実施の可能性が現在浮上している。去る5月にスコットランド議会選が行われ、住民投票推進派のスコットランド国民党(SNP)が圧勝。大幅に議席を伸ばした。再住民投票の機運の高まりは、遠くロンドンに住んでいる私にも伝わってくる。

一つの国であるものの、四つの国でもあるイギリス。足並みがそろわないところがイギリスらしくもあり、「ガイジン」として眺めるぶんには興味深い。独立問題も含め国内政治が動く中、人との会話において暗黙のマナーは存在し、その背景にあるのはこの国がたどってきた歴史である。一国が一夜にして成らないのはどこも同じだが、ましてや4国あるのでなおさら複雑。その辺の事情を理解してスマートに対応できるようになるには、もっと知識が必要だ。日々是勉強。気長に楽しんでやっていきたい。

宮田華子
文:宮田華子(みやた はなこ)

ライター/エッセイスト、iU情報経営イノベーション専門職大学・客員教授。2002年に渡英。社会&文化をテーマに執筆し、ロンドン&東京で運営するウェブマガジン「matka(マトカ)」でも、一筋縄ではいかないイギリス生活についてつづっている。

写真:Charlie Seaman(上)、宮田華子(下)

※本記事は『ENGLISH JOURNAL』2021年9月号に掲載したものです。

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