文法、語彙、発音などの影に隠れて、英語の「リズム」を習得する大切さは、多くの英語学習者の盲点となりがちです。英語という言語にとって「リズム」がいかに大切かについて、俳優そして英語教育者として活躍されている岩崎 MARK 雄大さんと一緒に考えていきましょう。
日常生活のなかでは、言葉のリズムについて 改めて 意識する機会は 少ない かもしれません。しかし、例えば次のようなシチュエーションではどうでしょう?スマホを片手に、アメリカ人の男性が正面から近づいてきて、カタコトの日本語で尋ねます。
「スミマセン、エキハドコデスカ?」
さて、この男性の声は、あなたの脳内でどのように再生されましたか?もし声を出せる環境でしたら、小さく声に出してみてください。
す ミー ま セン 、え キー は ドー こ デー す カー ?
このような感じでしょうか。このイメージは、あくまで昭和に作り上げられた外国人のステレオタイプですが、実はこのリズムこそが「英語のリズム」なのです。
英語は「リズム」が大事なワケ
ある言葉がリスニングで聞き取れず、その一言を聞き逃した隙にどんどん 先に 進んでしまったという経験はありませんか?また、消える音や、つながってしまう音、いわゆるリダクション 1 やリンキング 2 などで、匙(さじ)を投げたくなったことはありませんか?
こういう経験は一口に「リスニングは難しい」と括られてしまいがちですが、実はこれらは、英語のリズムの問題に起因している場合が多いです。
ネイティブは、全ての音を平等に聞いているわけではありません。発話者の英語のリズムを聞き取って、そこから大事な言葉を拾っています。英語のリズムでは、強弱の弱の部分は、あいまいにまとめられます。のちほど説明しますが、日本語のように一音一音だと思って構えていると、裏拍で「フェイント」をくらって抜き去られてしまうのです。逆にリズムで文章を聞き取ることができるようになると、弱のリズムでまとめられる言葉を聞き流しても、文章の意味が聞き取れるようになります。
また、スピーキングにおいても、リズムはコミュニケーションの要です。極端に言ってしまうと、リズムさえ合っていれば、発音がカタカナ英語でもほぼ伝わります。ですが、リズムがズレていると、文法が正しくても高い確率で聞き返されてしまいます。
単語におけるアクセントの位置は、学校で学びます。ところが、文章における強弱のリズムは、意外に重要視されていません。
英語力を磨くとき、「r」をどれだけ上手く巻くことができるかなど、細かい発音にこだわるのも楽しいです。ですが、伝わるか伝わらないか、聞き取れるか聞き取れないかを分けるのは、実はリズムなのだということを、意識しておくに越したことはありません。
日本語にはない英語のリズム感覚とは?
古来より、人は歴史や物語を口承で語り継いできました。そして、書物が普及したのちも、それぞれの言語に生まれた音楽性やリズムは、芸能を中心に現代へと受け継がれてきています。
つまり、日本語には日本語のリズム、英語には英語のリズムがあるのです。日本語は、基本的に一文字一音節。表打ちのリズムをベースとしています *3 。
タタタタタ・・・(8)、タタタタタタタタ(8)?すみません、 えきはどこですか?
そして音の高低を使って言葉の意味を使い分けたり、強調したりしています。
○///○ /○○/○○○/すみません、 えきはどこですか?
※○=低、/=高
それに対して、英語のリズムは、裏打ちのスイングのリズムを中心とした強弱のリズムです。馬の駆け足のリズム(パカッパカッ)や、心臓の鼓動のリズム(ドクンドクン)と言われたりしています。太字で伸ばした「強」の音節が文章の柱となり、勢いは強く、音の長さも長くなります。
・タ ター タ、 ター タタ ター タ?Ex cuse me, where is the sta tion?
※・=休符、つまり裏拍スタート
これだけでも両者の違いがよくわかると思います。とてもシンプルなのですが、日本語と英語ではこのように根本的なリズムが違います。ここでもう一度、冒頭のカタコト日本語を見てみましょう。
・タ ター タ ター 、タ ター タ ター タ ター タ ター ?(ん)す ミー ま セン 、え キー は ドー こ デー す カー ?
裏拍スタート、スイングのリズム。強弱。このカタコトの日本語のリズム感を身につけることができれば、英語のリズムを手に入れられるというわけです。
英語の強勢(アクセント)に注目しよう!
さて、ここまでリズムが大切だと繰り返し伝えてきましたが、ここでは何をリズムと呼んでいるのでしょうか。
英語のプロソディ(韻律)を考えるときに、一般的には三つの要素があります。
stress(強弱・強勢・アクセント)
intonation(音程の高低)
英語をネイティブ と同様に 話せるようになることを目指す場合にクリアするべき課題は、分解していくととても細かくあります。日本語よりも多様な母音の音の使い分け、慣れない子音の音の出し方、リンキングやリダクションなど、全てを追い求めてしまうと、それ自体が目的となってしまうことも少なくありません。
必要と感じた場合には、私も参考として説明することもありますが、これらはあくまで 仕組み の話です。実用的に英語を使う場合、これらの要素を全て頭で考えてしゃべっている人などいません。体で覚えているのです。人体の筋肉と骨格の 仕組み の本を読んで理解するのと、実際に速く走ることは全く別のことです。
ネイティブの子供は英語を身につけるとき、まだ音や音色を正確に発音できないうちから、まず英語の強弱を真似します。音としてはまだアーアーやチャッチャ。それでも親は、その強弱を聞き取って子供の言葉が判別できるようになったりします。そして、それから時間をかけて、少しずつ一つひとつの発音がはっきりしていくのです。
まずリズムより始めよ。リズムというのは、それだけ素朴で、体と衝動との結びつきが深いものなのです。それでは、実際の英語で、この強弱のリズムがどのように用いられているか見てみましょう。
Hi, my name is Yudai. Nice to meet you.
典型的な初対面の挨拶です。このリズムを見てみましょう。強のリズムを「 ター 」、弱のリズムを「タ」とします。
ター 、タ ター タ ター タ。 ター タ ター タ。
この二つのリズムで基本的に組み立てられるのがわかりますでしょうか。この ター タの長さに収まるように、この英文を読んでみてください。
ハーィ 、マィ ネー ミズ ユー ダイ。 ナイス トゥ ミー チュ。
こんな塩梅でしょうか。 普段意識している英語と比べて、どのような共通点、そしてどのような違いがあるでしょうか。続いていくつか、みなさんがどこかで聞いたことあるような短いフレーズを見てみましょう。
ター タ ター !Let it go !
ター タ ター タ!
Check it out , yo!
レ リ ゴー 、 チェ キ ラッ チョ、というのもよく見ると、この強弱のリズムです。 次は、もう少しだけ長い文章を見てみます。
ター タタ ター 。 ター タタ ター タ。I have a pen . I have an ap ple.
ター タ ターター タタ!
La dies and gen tlemen!
こうしてみると、全てがこの強( ター )と弱(タ)のリズムで出来上がっているのが見えてくるのではないでしょうか。
この ター とタのリズムを体で覚えていくと、「英語のリズム」というものが身に付いてきます。今回はこの連載を通して、私の専門でもある演劇やミュージカルを題材に、この「英語のリズム」を一緒に楽しく見つけていきたいと思っています。ここまで英語の基礎を身に付けてきたけど、スピーキングとリスニングで伸び悩んでいる方。今から英語を始めてみたいけど、どこから始めたらいいか悩んでいる方。ただただ英語で遊んでみたい方。ここで紹介するのは、英語のボール遊びのようなものです。一緒に少しずつ、英語のリズムで遊んでみましょう!
*1 :リダクション ( reduction )とは、音の「脱落」を意味しています。スペリングとしては存在しているはずの音が発音されなくなる現象のこと。
*2 :リンキング(linking) とは、音と音が「つながること」を意味しています。一つ目の語の最後の音と次の単語の最初の音が繋がり、音が変化する現象のこと。
*3 :音楽で、拍を前半と後半に分けたうちの、前半の部分を「表」、後半の部分を「裏」と呼ぶ。例えば、四分の四拍子の曲で「1と2と3と4と」とリズムを取った場合、数字の部分が「表」にあたり、「と」の部分が「裏」にあたる。また表迫に強勢が置かれるリズムのことを「表打ち」、裏拍に強勢が置かれるリズムのことを「裏打ち」と呼ぶ。この表と裏の関係は、言語に置き換えても同様のことが言える。例えば、「トマト(tomato)」の強勢を英語と日本語で比較してみると、日本語では表打ちで「トマ(強拍)・ト(弱拍)」というリズムになるのに対し、英語では裏打ちで「タ(弱拍)メィトゥ(強拍)」というリズムになる。
岩崎MARK雄大(イワサキ マーク ユウダイ) 東京大学文学部(英米文学)卒業。NY出身。在学中より俳優として活動するほか、演劇や英語を利用した教育や国際的な社会活動にも意欲的に取り組み、通訳やイングリッシュコーチとしても活躍中。令和2年度神奈川県児童福祉審議会推薦図書『さくらまつ』(銀の鈴社)英訳。NODA・MAP『フェイクスピア』に出演。
https://kakushinhan.org/
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