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翻訳者にとって唯一のミッションとは?マイケル・ジャクソンの歌詞対訳をしながら考えたこと

翻訳者にとって唯一のミッションとは?マイケル・ジャクソンの歌詞対訳をしながら考えたこと

この連載では、洋楽歌詞の翻訳や海外アーティストの通訳を数多く行い、音楽分野で活躍してきた佐々木南実さんが、歌詞対訳の仕事を取り巻く現状やヒット曲に込められたストーリーをご紹介。歌詞対訳ならではの面白さ・難しさをひも解いていきます。第2回で扱うのは、キング・オブ・ポップ、マイケル・ジャクソンです。

マイケルが扉を開けてくれた21世紀-Awareness, AwakeningそしてHope

Michael Jacksonが町の音楽教室の先生だったら、どんなだっただろう?

Justin Timberlakeによるマイケルへのトリビュート、「Love Never Felt So Good」のミュージックビデオを見ると、そんなことを妄想してしまいます。おとなしくて気のいい先生、だけど歌もダンスも超絶うまい!年に一度の発表会では先生も自らパフォーマンスを披露し、町の人たちはみんなそれを楽しみにしている。さすが先生!だけど先生は照れ屋だからね、あまり大袈裟に褒めないようにしないと――みたいな、ね。

そんなすてきなパラレルワールドを想像して、ちょっと切ない気持ちになってしまいます。それくらい、愛と友情でいっぱいの、ダイバーシティあふれるマイケル大好き人間たちのコミュニティがジャスティンのビデオには表現されています。

それは、”Everybody wants a piece of Michael Jackson…”と、パパラッチとの闘いを歌った「Breaking News」(アルバム「Michael」に収録)といった楽曲とはまるで真逆の世界。残念ながら後者の世界観のほうがマイケルの現実の日々には近かったんでしょうが。

いずれにせよ、私たちはみんな、それぞれの人生のどこかでマイケルと出会い、マイケルとの結節点ではジャスティンが見せてくれたようなコミュニティの一員として盛り上がっているわけです。

翻訳者の唯一のミッション

2009年6月に彼が亡くなって、その直後からのマイケル関連素材の売り出しはまさに怒涛のごとし。大小さまざまな翻訳案件でお仕事させていただきましたが、2010年にリリースされたアルバム「Michael」、そして2014年の「Xscape」の歌詞対訳は特に印象に残っています。

なにしろプロジェクトの大きさが半端ではないので、関わっている人々の人数や、経済的・文化的インパクトの大きさが、震源地から最も遠いところにいるであろう私にもビンビン伝わってきます。音源や歌詞はトップシークレットなので、レコード会社の会議室に呼ばれて翻訳作業をしました。解説文を執筆する湯川れい子氏、西寺郷太氏のもとにはディレクターがCDプレイヤー持参で音源を運び、仕事が終わったら持ち帰るということを行なったそうで、こんな厳戒態勢は経験したことがなく、そもそもそんなプロジェクトの末端に自分が身を置いていることが、私にとっては夢のようです。

とはいえ、翻訳者の唯一のミッションは、ひとつひとつの歌詞を淡々と訳していくこと――当たり前ですが、これはどのアーティストの楽曲でも同じスタンスです。その一連の楽曲の中に「Love Never Felt So Good」もありました。

Baby
Every time I love you
In and out my life
In and out baby

ベイビー
君を愛するたびに
僕の生命の真ん中で、外側で
真ん中で、外側で、ベイビー

マイケルの地球上でのLifeが終わってしまった今だからこそ、マイケルの生命をcelebrateしたいと、ここはそんな気持ちを込めて翻訳したような記憶があります。

この曲の歴史についてググってみると、マイケルがPaul Ankaと共にこの曲を書いたのが1983年。マイケルが「Thriller」の大ヒットで忙しくなりすぎたため、いったんお蔵入りとなり、1984年にJohnny Mathisのアルバムに収録されたと。ふむふむ。ジョニー・マティスバージョンであれば、In and out my lifeのところは「君は僕の目の前に現れたり、姿を消したり」とやっていたでしょうね、たぶん。

時代背景によって、歌詞対訳にもさまざまな意味合いが宿ります。

マイケルが今も私たちに投げかけるメッセージ

あれから12年の時が過ぎ、マイケルが聞いたらびっくりするような変化が世界にはいろいろ起きています。ハーバード大学教育大学院の研究機関であるProject Zeroでは、2019年からJustice x Design(ジャスティス バイ デザインと読みます)という研究が始まっており、その目的は

Investigating pedagogical tools and practices for supporting learners to become sensitive to designed injustices and re/imagine their participation in co-liberation
Justice x Design ホームページより)

とあります。

この枠組みを使ってマイケルの人生を振り返る授業を、いつか学生たちと一緒にやってみたいです。映画「This is it」のオフィシャルトレーラーには、”This is why I write these kinds of songs. It gives some sense of awareness, awakening and hope to people.” というマイケルの言葉が出てきます。マイケルのawareness, awakening and hopeのメッセージは、私たちにどれくらい届いているんでしょうか。

第3回は2021年8月25日(水)公開予定です。

佐々木南実

佐々木南実(ささきなみ)都留文科大学 国際教育学科専任講師、開智国際大学 非常勤講師、(株)ミーム・コミュニケーションズ代表。通訳・DJの田中まこのアシスタントとして音楽翻訳・通訳の世界へ。歌詞の翻訳やアーティストの通訳など洋楽の現場を数多く経験。近年は研究対象を国際教育に広げ、国際バカロレア機構(IBO)Japanese Translation Lead、OECD/TALIS短期専門研究員を経て現職。