この連載では、洋楽歌詞の翻訳や海外アーティストの通訳を数多く行い、音楽分野で活躍してきた佐々木南実さんが、歌詞対訳の仕事を取り巻く現状やヒット曲に込められたストーリーをご紹介。歌詞対訳ならではの面白さ・難しさをひも解いていきます。第3回で扱うのは、日本語歌詞の英訳についてです。
世界的大ヒットを作る中身はなんだろう?
2007年頃に見たドリュー・バリモアとヒュー・グラントのラブコメ映画『ラブソングができるまで』(2007、原題:Music & Lyrics)に、こんなやりとりが出てきました *1 。
Alex: It doesn't have to be perfect. Just spit it out. They're just lyrics.この映画をご覧になった方も多いと思うのですが、これはヒュー・グラント演じる作曲家で歌手のAlexと、ドリュー・バリモア演じる作詞の天分を持ったSophieが、二人で新曲を書こうとしているシーンです。ヒットソングにおいて大事なのは「歌詞とメロディー果たしてどちらなのか?」について、意見をぶつけ合うシーンですが、私も歌詞対訳をしていると、同じような問いにぶつかることがありますし、「歌詞対訳って そもそも 何だっけ?」ということを考えることもあります。Sophie : "Just lyrics"?
Alex: Lyrics are important. They're just not as important as melody.
Sophie : I really don't think you get it.
Alex : Oh. You look angry. Click your pen.
Sophie : A melody is like seeing someone for the first time. The physical attraction. Sex.
Alex : I so get that.
Sophie : But then , as you get to know the person, that's the lyrics. Their story. Who they are underneath. It's the combination of the two that makes it magical.
この問いについて考えるためには、 そもそも 「商業的に流通する楽曲にはどんな要素が含まれているのか」について、きちんと理解しておかなくてはなりません。メロディー、歌詞、演奏、歌声はもちろんのこと、編曲やジャケットのデザイン、アーティストのイメージ、プロモーションなど、一つの楽曲にはたくさんの要素が詰まっています。その中にはもちろん、歌詞対訳も含まれており、要素としてはプロモーションツールの一つと考えるのがしっくりくるような気がします。
政府が2010年から 推進 してきた「クールジャパン戦略」は、ここ数年でさらに本格的な戦略へと進化しているそうです。ここ何年かは、私のところにも日本語の楽曲を英訳する仕事が舞い込んでくるようになっています。このような案件の場合には、私のチームには日本人以上に日本の歌謡曲シーンを理解している英語ネイティブの仲間がおりますので、その方々の手を借りることになります。
日本語の歌詞を英訳するということは、海外にもマーケティングの手を広げていくということになります。私が 具体的に お手伝いさせていただいた作品には、「ももいろクローバーZ」、「BABY METAL」、声優ユニット「イヤホンズ」などのものがあります。イヤホンズは オフィシャルサイト で説明されているように、声優さんがアニメ作品のテーマソングを歌うという形で結成されたユニットです。彼女たちの歌は以下のように英語に翻訳されています。
散らせるもんなら散らしてみなさい 人情最近では、アニメの世界とライブの世界を両睨(にら)みで 展開する 、いわゆる2.5次元マーケティング戦略の一端を担う案件も増えてきており、私はいつも「世界に羽ばたけっ! バカ売れしろっ! 」と念を込めて納品させていただいております。J-POPの世界 展開 を心から応援しているのです。Try to mess with our compassion if you think you can
遺伝子のなかに脈々 時代劇バトル
Our samurai spirit pulsates in our DNA
遠くのほうから遥々 でかけてくれたんだね
Oh you’ve traveled so far just to see us
きっちり向かいあいたい
Really wanna meet you face to face
ようこそ 私と握手をしよう
Welcome, shake my hand
イヤホンズ「一件落着ゴ用心」(TVアニメ「AKIBA’S TRIP-THE ANIMATION -」OP主題歌)より
展開 にかける想い">J-POPの世界 展開 にかける想い
この想いの背景には、日本歌謡が世界にデビューしようと頑張っていた時代を見てきた経験があります。1970年頃、アメリカの国民的人気番組 “The Glen Campbell Music Show ” に、日本のトップアイドルであったフォーリーブスが出演しました。当時、アメリカに住む日本人の子どもだった私は、何の前触れもなくTVで流れたフォーリーブスの歌に、一瞬でくぎ付けになりました。
「葉」という漢字が4つ配置されたセットで、4人は歌い、踊りました。かっこよかった!歌が終わると すぐに 画面が切り替わって、番組のスターであるグレン・キャンベルがお別れの挨拶を述べるコーナーになりました。彼は “ Thank you to our guests ●●● and ●●●” とゲストの名前を呼びあげていきますが、なかなかフォーリーブスは紹介されません。そしてとうとうグレンは、 “...and ...uh... to other members of our little family here” と言っただけで、番組を終わらせてしまいました。子ども心に、これは本当に残念に感じました。まるで「日本人の名前なんか覚えてられないよ」と言われたかのような気分でした。ややこしい外国人の名前ならともかく、The Four Leavesというアメリカ人でも発音しやすい名前なのに・・・当時の悔しい気持ちを今も覚えています。
ですから現代になって、アイドルのももクロがロックバンドのKISSを従えて歌う姿などを見ると、本当に素敵な時代がやってきたのだなと思うわけで、これからもJ-POPにはもっともっと世界の音楽市場を席巻してもらいたいです。がんばれニッポン!
歌詞対訳という仕事は、右から左へ、元の言語からターゲットとなる言語へと歌詞を単純に移し替える 作業 では決してありません。アーティストの世界観を、海外のリスナーの文化や文脈に寄り添う形で移植していく、そんな仕事だと思います。日本から発信されるコンテンツが、世界中に受け入れてもらえる時代になった今だからこそ、次のイヤホンズの歌詞のように、さらに翻訳者としての腕を磨いていかなければ!と思います。
「よくやった、勇気ある大和撫子たち お前たちの使命はまだまだ続く。」“ Well done, brave Japanese beauties, but your mission continues...”
イヤホンズ「一件落着ゴ用心」(TVアニメ「AKIBA’S TRIP-THE ANIMATION -」OP主題歌)より
佐々木南実(ささきなみ) 都留文科大学 国際教育学科専任講師、開智国際大学 非常勤講師、(株)ミーム・コミュニケーションズ代表。通訳・DJの田中まこのアシスタントとして音楽翻訳・通訳の世界へ。歌詞の翻訳やアーティストの通訳など洋楽の現場を数多く経験。近年は研究対象を国際教育に広げ、国際バカロレア機構(IBO)Japanese Translation Lead、OECD/TALIS短期専門研究員を経て現職。