ハローキティやポケモンなど、今や世界中にファンを持つ「カワイイ文化」。その魅力は英語の「cute」や「beautiful」には収まらない奥行きにあります。この連載では、社会学をご専門とする遠藤薫さんと「カワイイ文化」の真髄に迫ります。
世界に広まる「かわいい」
いつの頃からか、年代性別を問わず、「かわいい!」は日本で最もポピュラーな感嘆詞になりました。「かわいい」という言葉に当てはまるのは、赤ちゃんや動物、縫いぐるみ、アニメやゲームのキャラクター、原宿系ファッションなど、実にさまざまです。試みに、Instagramでハッシュタグ「#カワイイ」を検索すると、2338万件の投稿がヒットし、図1のような投稿が人気投票上位として表示されます。普通に「かわいい」と感じられるものから、むしろギョッとするものまで幅があります。
図1 Instagram検索「#カワイイ」(2021年6月14日)そんな「かわいい」という概念は、今や、「#kawaii」として世界に広がりつつあります。同じように、Instagramでハッシュタグ「#kawaii」を検索すると、5163万件の投稿がヒットし、図2のような投稿が人気投票上位として表示されました。「#かわいい」と「#kawaii」は同じようでもあるし、どこか違っているようでもありますね。
図2 Instagram検索「#kawaii」(2021年6月14日)この連載では、日本だけでなく世界も魅了しつつある「かわいい」という感性について、さまざまな角度から考えていきましょう。まずは日本最大規模の国語辞典『日本国語大辞典 第二版』(小学館)で、その定義を調べると以下のような記述が出てきます。
・1 あわれで、人の同情をさそうようなさまである。かわいそうだ。ふびんだ。いたわしい。「かわいい」には、このようにかなり振り幅の大きいさまざまな意味があります。日常的に使われる言葉ですが、実は深い陰影を秘めた日本語だったりするのですね。・2 心がひかれて、放っておけない、大切にしたいという気持である。深く愛し、大事にしたいさまである。いとしい。
・3 愛すべきさまである。かわいらしい。
・4 (物や形が)好ましく小さい。また、小さくて美しい。
・5 とるに足りない。あわれむべきさまである。やや侮蔑を含んでいう。
「かわいい」を英訳すると?
では今度は、「かわいい」を英語に翻訳しようとする場合、どんな言葉を使ったらよいのでしょう? すぐに 思い付くのは「cute」でしょう。そこで「cute」を『オックスフォード現代英英辞典(Oxford Advanced Learner's Dictionary)』で調べてみると、今度は以下のような記述が出てきます。
・1 pretty and attractive(きれいで魅力的)先ほど確認した日本語の「かわいい」のニュアンスとは、なんだかちょっと違いますね。例えば、「かわいい」の代名詞的存在である「ハローキティ」の魅力が、「セクシー」だったり「小利口で打算的」とは考えられないですよね。むしろ、その対極にあるのが「かわいい」とさえ言えるかもしれません。・2(informal, especially North American English)sexually attractive(セクシーで魅力的)
・3(informal, especially North American English)clever, sometimes in an annoying way because a person is trying to get an advantage for himself or herself(小利口で、あざとい)
一方、ネットを検索してみると、「kitty(子猫)」や「Hello Kitty(ハローキティ)」に「adorable」という形容詞が付いている例が結構あります。「adorable」も『オックスフォード現代英英辞典』で調べてみましょう。
very attractive and easy to feel love forつまり、「とても魅力的で、愛さずにはいられない」という意味のようです。これは、「かわいい」に近い気がします。子猫やハローキティの形容詞として使われてまさにぴったりですね。しかし、辞書の語源の項にまで目を向けてみると、「17世紀頃、『崇拝に値する』というフランス語から英語になった」と書かれています。こう考えると、「adorable」は「かわいい」よりちょっと重々しいニュアンスがあるかもしれませんね。
「かわいい」と「kawaii」
「かわいい」にぴったり当てはまる英語がないことに、英語圏の人はもやもやしたのかもしれません。近年では日本語の「かわいい」をそのままローマ字表記した、「kawaii」という言葉が海外でも使われるようになりました。
図3は、Google Books Ngram Viewer によって、1940~2019年までの、英語で出版された書籍の中に「kawaii」という単語が出現する頻度の 推移 を示したものです。これによれば、「kawaii」は1980年代から徐々に増え始め、2000年以降急増 傾向 となり、2010年代半ば以降は爆発的に増えています。
1980年の出現頻度は0.0000000516%でしたが、2019年は0.0000060533%と、約40年間のうちで出現頻度は100倍以上となっています。
図3 Google Books Ngram Viewer による「kawaii」の出現頻度 推移
『オックスフォード英語辞典(Oxford English Dictionary)』にも、2011年から「kawaii」が掲載されるようになりました。その意味を、『オックスフォード英語辞典』は「Cute, esp. in a manner considered characteristic of Japanese popular culture; darling; ostentatiously adorable(キュート。特に日本のポピュラー文化に特徴的なキュートさ。魅力的。いとおしい。これ見よがしの愛らしさ)」と説明しています。うーん。やはり「kawaii」と「かわいい」も、微妙にギャップがあるような気がします。
このギャップを図式化してみると、図4のようになるでしょうか。 つまり、「かわいい」が、無邪気で非打算的、天真爛漫(てんしんらんまん)な振る舞いをする「放っておけない」(守ってあげたい)存在であるのに対して、「cute」は自分の得になるように合理的に振る舞う頭のよさをもっているところが大きな違いであり、「adorable」は「あがめたくなる」ような優れた存在であるとの意識が潜んでいる。「kawaii」は、こうした「cute」や「adorable」の特性を「かわいい」に近づけたと言えるでしょう。ただそれでもなお、ギャップが残っているようです。
図4 「魅力」の平面
「kawaii」はなぜ世界的流行になったのか?
なぜ、あくまでギャップは残るのでしょう? そもそも なぜ「かわいい」「kawaii」が世界的流行になったのでしょうか? 図5を見てください。Google Trendsという、ある単語がGoogleでどれだけ検索されているかをグラフで見ることができるツールを使って、2004年から現在(2021年6月)まで、「cool」「beautiful」「cute」「kawaii」「adorable」の5つの語が世界で検索された数の 推移 を示したものです。
見ておわかりのとおり、2010年代半ば頃までは、「cool(かっこいい)」、次いで「beautiful(美しい)」が圧倒的に上位を保っています。「cute(キュート)」は低いですね。
元来英語圏では、「cool」や「beautiful」に対して「cute」には正統的な価値が与えられてきませんでした。
しかし、2010年代半ば頃から「cute」の検索数は急上昇し、2020年代にはむしろ、「cute」の方が「cool」や「beautiful」を追い越しつつあるようです。つまり、「cute」に対する注目度や関心が高くなったというわけですね。それとともに「kawaii」が英語圏で一般化し、Google検索数でも上昇しつつあるのです。
このような価値観の変化が、「かわいい」「kawaii」の世界的流行として現象していると考えられないでしょうか。
図5 「cool」「beautiful」「cute」「kawaii」「adorable」のGoogle検索数 推移
ハイブランドとハローキティのコラボは「かわいい」か?
一方で最近目立つのが、欧米のハイブランドが「かわいい」とコラボしようとする潮流です。例えば、エルメス、グッチ、シャネルなど、錚々(そうそう)たる世界のトップブランドが、ハローキティとのコラボ商品を大々的に発表しています。
グッチは「ドラえもん」とのコラボも行っています。またバレンシアガが2020年に発表した「ヴィル トップ ハンドル(Ville Top Handle )」バッグ *1 (27万5000円)は、バッグ全体がハローキティの顔としてデザインされており、特徴的な赤のリボンがあしらわれているほか、ひげ部分もシューレースで表現されています。
これまで「かわいい」ものといえば、女子中高生などがお小遣いから買って楽しむもの、というイメージではありませんでしたか?それが今や、リッチで洗練されたハイソな女性たちが、ハローキティをフィーチャーした高価なハイブランド商品を身にまとう。なんだか不思議な感じです。
でも、前の項で 指摘 したことを考えれば、それほど不思議ではないでしょう。ハイブランドは、これまで、「cool」や「beautiful」という正統的な価値観を体現してきました。しかし、最近の潮流では、それら伝統的な価値観に「cute」や「kawaii」という価値観が追い付き、追い越そうとしています。ハイブランドは、その時代、その社会の価値観を 反映する ものです。だとすれば近年のハイブランドは、従来のハイソ的価値観を超える新しい「ハイソ-カワイイ」の美学を追究しようとしているのかもしれません。
「ぐでたま」の「かわいさ」を英語で表現すると?
このような「かわいい」の冒険は、「ハイソ-カワイイ」現象だけに留まりません。1990年代からは、一般的な「かわいい」とはちょっと違うキャラクターが多く登場しています。例えば、 「こびとづかん」 や 「ぐでたま」 などです。
「こびとづかん」は、イラストレーターのなばたとしたかさんがデザインしたキャラクターで、「かわいい」とは対極にあるような、おじいさんが着ぐるみを着たような、昆虫でも植物でもない不思議な生きものだとされています。一見、気持ち悪いけれど、じっと眺めているとなんだかかわいく感じられてくる、「キモカワ」キャラクターです。
同じように「キモカワ」といわれるのが、サンリオが開発した「ぐでたま」です。「ぐでたま」は「ぐでぐでしたやる気のない卵」で、寝そべりながらぐでぐでを正当化する「迷言」をつぶやいています。ぷりっとしたお尻「プリケツ」が特徴で、それがなんともキモカワイイ。
ぐでたまは、サンリオキャラクターの中でも上位の人気を誇り、海外での人気もかなり高いようです。ぐでたまは、「キモカワ」(気持ち悪いけどかわいい=キモい&カワイイ)なので、英語の文献を読むと、「 Both cute and aross at the same time 」といった感じで説明されています。「gross(気持ち悪い)-cute」とか「creepy(気味が悪い)-cute」などの訳語も使われているようですね。
もっとも、日本語の「キモカワ」という言葉は、1990年代にインターネットで大流行した「Dancing Baby」という動画を形容する言葉として使われはじめているので、その感性は英語圏でも通じやすいかもしれませんね。
このように見ていくと、「かわいい」という感性は、cuteやadorableなど類似の英単語でうまく訳しきれないニュアンスを持つだけでなく、時には「cool」や「beautiful」、またある時には「gross」や「creepy」のような正反対にも思える言葉にも接近する、非常に奥行きのある概念だということがわかりますね。
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遠藤薫(えんどうかおる) 学習院大学教授。専門は社会学で、社会の変化、メディア、文化などを中心に研究。著書に、『ソーシャルメディアと公共性』(東京大学出版会)、『ロボットが家にやってきたら・・・――人間とAIの未来』(岩波書店)、『カワイイ文化とテクノロジーの隠れた関係』(東京電機大学出版局)など。
遠藤薫研究室ウェブサイト