寄席で圧倒的人気を誇り、ラジオやテレビ、雑誌といったメディアにも引っ張りだこの講談師・6代目神田伯山さんのインタビュー。後編では、世界に出て活躍する人もぜひ知っておきたい、「日本文化としての講談の魅力」を聞いた。
後編では、世界に目を向ける「ENGLISH JOURNAL ONLINE」読者にこそ知ってほしい、日本文化としての講談の魅力や、伯山さんご自身の展望などについて語っていただいた。
音楽的な講談の魅力
伯山さんは、講談の核となる魅力の一つとして、「文語調の美しさ」を挙げる。
講談では、「源平盛衰記(げんぺいせいすいき)」などの軍談において、七五調のリズムで文語調のト書き *1 を朗々と読み上げる「修羅場(ひらば)調子」という独特の読み方が存在する。
それは全部の意味がわからなかったとしても、気持ちがいいんですね。だから、「ここは意味をわからせるために説明や会話を多用しよう」とか、「ここは言葉の美しさに浸ってもらうために文語調を残そう」とか、バランスを取っています。
英語を勉強していると、ある瞬間にぱっと聞き取れるようになると言いますよね。古典もそれに通じるところがあって、修羅場調子などは最初とんでもなく聞きづらいし難しいのですが、1年くらい聞き続けていると、 ある瞬間に「わかる」ようになります 。
私は、初めて古今亭志ん生(ここんていしんしょう)という昭和の大名人のCDを聞いたとき、何を言っているか全然わからなかったんですが、そこから1年いろいろな人の落語を聞いて、もう一度聞くと、すごく面白かった。ある程度耳が慣れて楽しくなるまでに 時間がかかる 演者や演目もあります。
ただ、そういう演目を初めて聞きに来るお客様の前でやると押し付けになってしまうので、客層に合わせて微調整します。
意味のあるものだとずっと追って聞かないといけないから、こういう時間帯には、修羅場調子のもので音楽的に楽しんでもらう方が有意義なんだなと。逆に時間がある夜は、わかりやすい世話物 *3 を読むなど、お客様の状況に合わせています。これもまさにトライ&エラーで、やってみて気付きましたね。
「講談」は、日本文化の柱
そんな伯山さんも、講談を初めて聞いたときは「難しい」と感じたと言う。講談が限られた常連のお客様のものになっているという印象を持った。何度も通ううちに講談の魅力に気付くと、次第に「講談は過小評価されている」「もっと面白くできるのに」というプロデューサー感覚が湧き上がってきた。
当時、落語を解説した書籍や落語の高座を録音したCDはあったが、講談のそれは落語に比べて100分の1以下しかなかった。こうしたインフラを整えたら、どこまで伸びるのだろう、という好奇心もあったと振り返る。
講談は歌舞伎や落語、浪曲 4 のネタの元になっていることも多いので、日本文化を知る上でも重要* だったりするんですよね。その柱が弱っていると、本質が見えてこないんじゃないか、とも思います。講談だけじゃなくて、落語、浪曲、文楽、歌舞伎、能、狂言など、どこか互いに意識し合って切磋琢磨(せっさたくま)していた時代があるので、そういう日本文化全体のことを考えても、講談が元気になることは大事なことかなと。
「講談を広めている」と実感できる瞬間が喜び
演者としていちばん醍醐味(だいごみ)を感じるのは、初めて講談を聞きに来た観客から、「講談って面白いんだ」という感想を聞いたとき。「講談の種まき」ができていることを再認識し、有意義な気持ちになると言う。
なぜ、業界を盛り上げたいのか?
伯山さんは、これまでハローキティやロックバンドのクリープハイプ、マンガ『ONE PIECE』など、垣根を超えたコラボに挑戦してきた。また、YouTubeチャンネル 「神田伯山ティービィー」 では、自身の講談動画に加え、寄席の舞台裏やほかの講談師を紹介する動画を公開するなど、精力的に講談を幅広い客層・世代に広める活動をしている。
こうした活動の原動力は、「目立つ立場の人がその業界をアピールしなければならない」という使命感だ。
だから、異常なことをやっているんです。でも、 異常なことをやらないと、たぶん業界全体が沈没しちゃう 。
「伯山が好き」というより、「講談が好き」になってもらうために、 目立つ立場の自分がやるべきだという意識 があります。
自分が客席にいたときに、 寄席にいっぱい出て他流試合をして、業界に貢献しているような講談師が欲しい と思っていたので、それを自分でプロデュースしている感覚ですね。単純にその 作業 も楽しいですし、講談が過小評価されていると 同時に 、おのおのの講談師も過小評価されていると感じるので、もっといろいろな人に聞いてほしいなと思っています。
弟子と、「師匠」としての将来
自らの高座で講談の魅力を伝えながら、講談の間口を広げる活動を続ける伯山さんだが、その役割を下の世代に 引き継ぐ ときが来るのだろうか。真打(しんうち)になれば弟子を取ることができ、実際すでに弟子入り 希望 者が何名も詰め掛けているという。しかし、「弟子を取るのは2021年10月以降」と決めている。
かつて、「誰かに入門したい」という決意が固まるまで、徹底的にさまざまなジャンル、演者の芸を聞いたり、本を読んだりして知識を蓄え、気持ちを醸成させて弟子入りを決めた自分と比較してはいけない、とわかってはいるが、ほかの講談師をろくに聞いていない弟子入り志願者に出会うと、「あまりにも甘い」と感じてしまう。
弟子について語る伯山さんの顔には、「後進を育てる」ことへの苦悩が垣間見えた。
講談師になることはただの就職ではないので、そのジャンルが好きだという気持ちで集まっている集団の中に、あんまり知らないで入ってしまうと、単純にその子自身が苦労します。
まず「講談が好き」というのがマストで、業界では稽古が嫌いな人も多いですけど、 新しい読み物を覚えてお客様に喜んでもらえたときの喜びを、自分の人生の喜びとして生きていけるか 、というところが重要ですね。私が好きというより、講談が好きという人がいっぱい入ってくれたら、業界が活性化するなと思います。
弟子を育てるのも師匠の役割で、業界を繁栄させるための仕事です。人を育てながら師匠として自分も育つのは、大変なことだと思います。
目標ははっきりしている方が、自分にとってもお客様にとってもいい
伯山さんは常に明確な目標を発信している。
例えば、伯山さんは2012年に前座から二ツ目に昇進(当時松之丞)。通常だと二ツ目になってから真打になるまで10年ほどかかるところ、2018年に大胆にも「あと2年で真打にさせろ」と発言。その言葉どおり、2020年に真打昇進を果たした。
現在も将来の展望を聞かれると、「毎日やっている講釈場をつくる」という明確なビジョンを答えている。目標を明確にしているのには、自分が講談を続ける目的を見失わないためという理由もあるが、 同時に お客様からの目線も意識している。
大きい規模だと、「自分の生きているうちに講釈場をつくる」と言うこと。お客様にとっても、ただ応援しているよりも、現実に建物ができてそこに行く喜びが感じられるでしょうし、講談界の大きなニュースにもなって、ますます業界が発展するでしょう。そういうふうに目標を立てると、お客様も応援しやすい。
講釈場をつくるのは形としての目標なんですけど、最大の目標はとにかくお客様に喜んでもらいながら講談を広めていくことなので、 ライブで1人でも多くの人に講談を届けるという、今やっている 作業 自体にとても意味があります 。今の一歩一歩は、確実に講釈場につながっています。
まずは、 日本人のほとんどが講談を知っているという状態をつくりたい 。少し前まで、講談は全然知られていなかったので、それに比べたらここ10年でよくなってきました。講談を、どんな機会でもいいから聞いていただきたい。さらに「講談って面白いね」というのが当たり前の世の中になると、ありがたいなと思います。そういうふうになりつつある気はしますが。
寄席で「あり得ない非日常」を体験してほしい
伯山さんは、これまで講談になじみがなかった人には、ぜひ寄席などの会に実際に足を運んで、「ライブならではの空気感」を体験してほしいと言う。
今まで味わったことのない感覚、つまり 1人の人間がすごく原始的に ただし ゃべっているのを大勢の人間で聞く という商売が実在して、そこに「また聞きたい」と思わせる力があることや、「こういう日本の古典芸能があったんだ」「昔から日本人が愛してきた物語というのはこんなに面白かったんだ」という再発見の喜びもあります。
幾重にもわたって喜んでいただけるようにできていますので、一度はまっていただいたら、一生ものの付き合いになる と思います。ぜひ講談を聞きに来てくれるとうれしいですね。それでつまらなかったら、それまでです(笑)。
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ec.alc.co.jp*2 :音声のみで交流するSNSサービス
*3 :武家や貴族階級を中心にした「時代物」に対する呼び方で、江戸時代の町人社会を中心として扱ったもの
*4 :江戸末期に大坂で成立した語り物。三味線を伴奏とする。「浪花節(なにわぶし)」とも
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