ENGLISH JOURNAL ONLINE

「辞書を引かずに意味を類推しながら多読」が合わなかった文芸翻訳家の英語の読み方

文芸翻訳家の越前敏弥さん

『ENGLISH JOURNAL』50周年を記念して、『ENGLISH JOURNAL』「ENGLISH JOURNAL ONLINE」の執筆陣に、「英語学習のこれまでとこれから」というテーマで寄稿していただきました。文芸翻訳家の越前敏弥さんが、よく唱えられるのとは異なる自身の英語学習法や、AI翻訳が進化した後の語学の未来などについて伝えます。

語学と翻訳の記事を多数執筆

『ENGLISH JOURNAL』が50周年を迎えたんですね。おめでとうございます。

これまで、紙媒体とネットの両方で、語学や翻訳に関するいろいろな内容の記事を書かせてもらいましたが、最近の「ENGLISH JOURNAL ONLINE」は読み応えのある記事が多く、本気で語学学習に取り組みたい人にとっては、このサイトだけを見ていてもかなり力が付くのではないかと思います。

今後もますます充実した記事が掲載されることを願っています。

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文法中心の授業にも喜びがあった

50年前というと、私は小学校の中学年。当時の学校ではまったく英語を教わりませんでしたが、週に1度ぐらい通っていた近所のちょっとした英会話教室で、簡単な物語の朗読を聞いてそのまま覚えたり、英語の歌に合わせて踊ったり、楽しい時間を過ごしました。それが英語との出合いです。大して難しいことはしませんでしたが、英語に慣れる、あるいは抵抗をなくすという意味では、とてもよい経験でした。

その後、中学に入ってからは、1年生の初めから、(おそらく今の多くの学校とは違って)主語、動詞、人称、活用といった用語を当たり前のように使って授業が進んでいきました。自分の場合は、正直なところ、それが難しいとも面倒だともまったく感じなくて、新しいルールを次々知っていく喜びの方がはるかに大きかった覚えがあります。小学校のときに少し慣れていたのもよかったのでしょう。

中高生というのは、記憶力だけについて言えば、たぶん小学生よりやや劣りますが、筋道立てて考える力や、情報を頭の中で整理する力が急速に身に付く年頃です。この年代では、単に多くの英文を浴びるように読んだり聞いたりするよりも、言語を成り立たせる基本ルールを一つ一つ理解した上で進む方が効率的に学べるはずです。私自身もそんなふうに英語を身に付けてきました。

「英語を英語のまま理解」できるようになる方法は?

言語の習得においては、よく「習うより慣れよ」と言われますが、人によって、それが当てはまる度合いはかなり異なります。

例えば、中級以上で推奨される英語学習法として、「ある程度難しい英文を、少しぐらいわからなくても辞書を引かずに読んで、類推の力を付けると、やがて英語を英語のまま理解できるようになっていく」というものがあります。

とても素晴らしい、理想の学習法だと思いますが、これには向いている人と向いていない人がいます

私自身は間違いなく後者で、中高・大学時代ぐらいまで、何度もこれを実行してみましたが、そのたびに挫折し、やがて自分には無理だと悟りました。自分の性格では、何かを曖昧にしたまま先へ進むのがどうにも気持ち悪いのです。

そこで、ある程度の類推をして読み進みながらも、無理せずにどんどん辞書を引くことにした結果、かなり難しいものも読めるようになりました。翻訳の仕事をしている今も、基本姿勢は変わりません。

これはほんの一例で、外国語の勉強法は無数に存在するので、自分に合ったものを見つけるまで、いろいろ試すのがいちばんです。

4技能にこだわり過ぎず、「無理せず、手抜きせず」

昨今よく言われるようになった4技能(読む、書く、聞く、話す)については、すべて均等に上達しなくてもいいと思っています。母語においてすら得手不得手があり、また、仕事で必要とされる能力も立場によっていろいろなのですから、まずは得意なところをどんどん伸ばせばいい。

私自身は、もともと日本語についても、聞いたりしゃべったりよりも読んだり書いたりの方がずっと好きですし、仕事で使う英語も読み書きが中心なので、そちらの方がはるかに得意です。

これから言語を学ぼうという人たちは、何もかも完璧を目指す必要はないので、「無理せず、だからと言って、手抜きせず」を目標にして、長く楽しく続けていくといいでしょう。

AIが小説を翻訳できるようになっても、語学は必要

50年後の世界がどうなっているかは想像もつきません。

取りあえず5年後を考えるとすると、文芸翻訳者である自分にとっての最大の関心事は「5年後の出版界はどうなっているか」と「5年後に機械翻訳(AI翻訳)はどこまで進化しているか」の2つです。

電子書籍も含めた出版の在り方については、ここで論じるにはあまりに大きな問題なので言及しませんが、機械翻訳の進化の可能性については、今これを読んでいる人にとっても大きな関心事でしょう。

機械翻訳の技術的なことはまったくわかりません。ただ、優れた翻訳は書き手と読み手の心理の奥底まで踏みこんで初めて成り立つものなので、AIが人間と同じレベルで小説の翻訳をできるようになるためには、AIが自ら優れた小説を書けるものとなっている必要があるはずです。

もしAIがいずれその域に達するようなら、それは人類にとって悪いことではないし、自分自身でも喜んで下訳に使いたいと思っていますが、その後、人間が(特に自分が)AIにすっかり追い越されるまでには大した時間がかからないでしょう。

そういう日が自分の存命中に訪れるのかどうかはわかりませんし、そんなふうにして生まれた文学作品が面白いものなのかどうかも想像がつきません。さて、どうなることか。

仮に機械翻訳が大きな進歩を遂げ、例えば携帯端末を使っての外国人とのやりとりが急速に普及したとしても、それは表面的なツールにすぎないので、使いこなす人間の側が外国語を習得する必要がなくなるわけではありません。外国語を学ぶことは、人類が長い歴史の中で築き上げてきた文化という大きな枠組みを体得する一環ですから、より本質的なコミュニケーション能力(単にペラペラしゃべることではなく、互いの習慣の共通点や相違点を深く理解して関わり合う技術と教養)を高めることが必ず求められます

言語や文化にまつわるさまざまな知識を継続的・多角的に身に付けることがいっそう必要になりますから、『ENGLISH JOURNAL』や「ENGLISH JOURNAL ONLINE」には、今後もぜひ良質で多様な外国語・異文化の学びの機会を提供してもらいたいと思います。

越前敏弥さんの記事と本

文芸翻訳教室

文芸翻訳教室

  • 作者:越前 敏弥
  • 発売日: 2018/04/19
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
 

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越前敏弥

越前敏弥(えちぜん としや)文芸翻訳家。1961年生まれ。訳書『オリジン』『ダ・ヴィンチ・コード』『おやすみの歌が消えて』『大統領失踪』『世界文学大図鑑』『解錠師』『Yの悲劇』など。著書『翻訳百景』『文芸翻訳教室』『この英語、訳せない!』『日本人なら必ず誤訳する英文・決定版』など。
Twitter:@t_echizen