「美術が好き!」「英語が好き!」という方にとって、展覧会関連の翻訳などを手掛けるアート翻訳者はとても魅力的な仕事の一つではないでしょうか。連載「『アート翻訳者』になる!」(全6回)では、アート翻訳をはじめさまざまな専門翻訳を行うトライベクトル株式会社のご担当者に、アート翻訳者になるための方法、アート翻訳の重要性や現状、将来などを教えていただきます。最終回では、アート翻訳者として活躍するための英語力の高め方を紹介します。
アート翻訳者として活躍するための英語力の高め方
皆さん、こんにちは。
第5回では、質の高い翻訳を提供し続けるためのポイントを説明しました。
さて、この連載もいよいよ最終回となりました。
これまでの記事をご覧いただき、アート翻訳者として強みを持つためには「優れた日英翻訳力+アートの知識+効果的調査力」が必要ということがイメージできたでしょうか?
連載の最後に、 アート翻訳者として活躍するための英語力の高め方 について触れましょう。2つの点を取り上げます。
優れた英語に触れよう
読書を通して単語や用語の適用例を学ぶ
1つ目は、 「優れた英語に触れる努力を続けること」 です。
これもトライアル審査の現場に立ち会うとよくわかりますが、 優れた翻訳者の能力の裏には豊富な読書量があります 。
残念ながら、昨今流行りの「これだけでTOEIC 満点!」とか「英検1級攻略法!」といったハウツー本ばかり読むだけでは、翻訳はできません。
優れた翻訳を生み出すには、 特定の用語や表現がどのような場面で使われているかについて、たくさんの例を知っている必要があります 。ある用語について、文法上の規則は言えても、「当てはめ方」を知らなければ役に立ちません。
豊富な読書経験を通してそうした単語や用法の適用例が数限りなくあることを弁え、その数々の例を学んでいくと、実際に翻訳するときに、その豊富な適用例の中から 最も適切な表現を選ぶことができます 。それは、より正確な翻訳へとつながっていきます。
そのため、 優れた英語を読む時間を確保しましょう 。
翻訳力を高めるためには何を読めばいい?
第2回で述べた通り 、国際的な展覧会の図録、とくに海外のキュレーター直筆の論文や解説書はよい教材です。
また、書物だけでなく、海外の一流美術館の公式Webサイトの記事も、優れた英語に触れると同時にアートの知識を増やすよい手段になります。
一例を挙げますと、英国のテート美術館(2000年の改組後は「テイト(Tate)」と呼ばれています)のWebサイトがおすすめです。
豊富なコレクションについて、さまざまな切り口の記事が揃っています。
単に収蔵品を年代別に画像と文で説明しているのではなく、それぞれの記事が独立したストーリーを持っているので、ついつい引き込まれる魅力があり、頭にすんなりと入ってきます。
また、用語や用例を学べるのはもちろん、作者、作品名などの表記の仕方もお手本にできます。どんな語や句をイタリック表記にするのか、どのような場合に改行してカンマで区切るかなどを実際に読みながら学ぶことができます。
現代イギリス英語の最高の見本といえるドキュメントの数々は、きわめて流ちょうかつ簡潔な英語で書かれており、外国人として英語を使う翻訳者にとっても、絶好の勉強材料です。
ネイティブのチェックとフィードバックを受けよう
2つ目は、 「自分の書いたものをネイティブに校正してもらい、経験値を増やすこと」 です。冠詞の有無等、ネイティブの語感でないと判断のつきにくい場面は多々あります。また、正確に翻訳したつもりでも、英語圏人には今ひとつわかりにくい印象を与えてしまう、ということもあります。
自分の書いた英訳に対し、ネイティブ校訂者が直に訳文を修正した、変更履歴の入ったファイルをじっくり読むのは大変いい勉強です。 ネイティブの感じる「英語らしさ」を生で知ることができる からです。
もし翻訳会社と契約していて、一次訳を納品しているのであれば、ネイティブチェック後のファイルを見せてもらうよう頼んでみてください。また、英文校正だけを請け負う会社もありますので、試してみることをおすすめします。
日頃からこの2点を意識して勉強していくことがアート翻訳者への道なのです。
ポストコロナ時代、アート翻訳業界はどうなる?
さて、最後に「アート翻訳の未来」について考えたいと思います。
コロナ禍が1年以上も続き、当然ながらこの業界も大きな影響を受けています。緊急事態宣言が出ると、臨時休館する美術館や博物館が多数ありますし、それが長引くことで最悪は閉館、というケースも稀にあります。
大規模な展覧会も休止や延期になったり、時には縮小を余儀なくされたりすることもあります。各国でイベントが自粛となれば、数々のアートフェアも休止になります。
これに伴って展覧会や美術館、博物館のための翻訳、アート作品売買に関係する翻訳(ギャラリー向けやアートフェア関連)も減少します。この 影響は、コロナが収束して、社会全体が平静を取り戻すまで長く続くかもしれません。
これからどうなるかは、現時点ではわかりません。
しかし、はっきりと言えることもあります。それは、 もはやアートは一部の愛好家のためのものでなく、広く経済と関わっているものだ ということです。
多くの国々の人々が、単に食べるためだけに働くのではなく、生活に潤いや意義を求めるようになっていることからして、文化もしくはアート自体が衰退することはないでしょう。
さらに言えば、単に書画の制作や鑑賞だけでなく、 産業デザインと結びついたアートの興隆 を見ると、「アートと産業」という新たな分野が開けてくるでしょう。
また、誰もがインターネットで作品を発表できるようになり、公募展やギャラリーによる発掘といった 従来のルート以外のところから新しいアーティストが台頭するようになっている という動きもあります。
人間が生きていくために必要なアイテムとしてアートが認識されつつある今、(不確定要素はコロナ以外にも数限りなくあるとしても)アート自体は発展していくのではないでしょうか。
そのため、コロナが収束すると同時に、世界のアート市場は再び活況を呈し、美術館、博物館も再び入場者数が伸びる――という予測が成り立ちます。
実際、すでに1年以上続くパンデミックの間も、 弊社にご依頼いただいているアート翻訳は一定の需要を維持しました 。
これは、一時落ち込みの激しかった製造業分野よりも底堅かったとさえ言える健闘でした。
以上のような情勢を考えると、弊社としては、一時的にコロナ禍の影響は受けても、アート翻訳は一定の成長を堅実に遂げていくと考えています。
AI翻訳によって翻訳者という職業はなくなるか?
翻訳者を目指す読者の皆さんが気になっているかもしれない、機械翻訳(Machine Translation)についても触れておきましょう。
「AIがさらに発達すれば、人間の翻訳者などいらなくなる」という乱暴な予測もあります。
たしかに、機械翻訳の進歩は目覚ましいものがあり、翻訳業界でも、多くの翻訳会社が機械翻訳を取り入れています。しかし、機械翻訳で仕上がってくる訳案をそのまま使用するのはまだまだ難しいのが現状です。機械翻訳を使って下訳をつくり、それを翻訳者が手直しする必要があります。
さらにアート翻訳に関して、機械翻訳では(特に日英翻訳では)まだこの下訳でさえ満足には作れない状況です。機械翻訳では、この連載でも再三述べてきた専門用語の扱いが手に負えないようです。
少なくとも現状を見る限りでは、下訳作成の一部を機械にさせ、資格あるアート翻訳者がきちんとした英文に仕上げるというところまでが、やっとではないかと思われます。キュレーターや専門家の書いた芸術論文や作家・作品解説には、専門性や抽象度が高いものが多いので、それらの理解・翻訳はどうしても人の手に依らざるを得ないでしょう。
歴史、文化の一部を担う「アート翻訳者」
短い連載ではありましたが、アート翻訳の世界、特にその現場をお目にかけることができればと思い、お伝えしてまいりました。
ご存じの通り、翻訳者という仕事は、大成するのに長年の修練を必要とする職種です。その中でもアート翻訳は、独特のスキルや知識の集積が必要で、そのためには日々の地道な学習の積み重ねが必要です。
決して簡単な道ではありませんが、美術館や博物館に展示されている作品解説や図録をなど、世界中の方の目に触れる文章を手掛けることができるというのは、その努力に値するものではないかと思うのです。
翻訳した文章が後世に残っていく。歴史や文化の一部を担うことができる。アート翻訳者という職業は、大変意義のある仕事です。
この連載を通して、少しでもアート翻訳の分野に興味を持ってくださり、この分野に挑戦してみようとお感じになっていただけたとしたら、大変うれしく思います。
すでに勉強を始めている皆さんやアート翻訳者として働いている皆さんにおかれましては、ますますのご健闘、ご活躍をお祈りいたします。
どうもありがとうございました。
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