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同時通訳に向いているのは女性? 男性?【通訳の現場から】

通訳の現場から Vol. 37

イラスト:Alessandro Bioletti

プロ通訳者の関根マイクさんが現場で出くわした、さまざまな「事件」を基に、通訳という仕事や通訳者の頭の中について語ります。もちろん、英語学習に役立つ通訳の技もご紹介。通訳ブースの中のあれやらこれやら、てんやわんや、ここまで言っちゃいます!

※本記事は『ENGLISH JOURNAL』2020年8月号に掲載した記事を再編集したものです。

女性が多い同時通訳の世界

数年前、新宿の飲食店で女性の日英通訳者2 人と食事をしました。ふとしたことから業界の男性通訳者の話になり、私がネタで「まあ、僕は業界で抱かれたい男36番目だからねえ」と言ったら、2人は笑いもせずにお互いが知っている男性通訳者を数え出しました。どちらも20年以上のベテランですので現場に出ている通訳者はだいたい知っていますし、記憶力も抜群ですからポンポンと名前が出てくるのですが、それでも34人目あたりで口がピタリと止まってしまいました。そして数秒の間をおいて、「まあ、36人目はいい線いってるかもね」と言われました。とても複雑な気持ちです。

関係者にとっては当たり前の知識ですが、通訳業界は女性が大多数を占める世界です。国際会議通訳者協会(AIIC)のデータでは通訳者のおよそ75%が女性。私が所属する日
本会議通訳者協会では正確なデータを取っていませんが、70%は確実に超えていると思います。私はこの仕事を始めてから25年以上たちますが、3人体制の同時通訳で3人とも男性だったという案件を思い出せません。過去にあったかもしれないけれど、少なくとも私が記憶する限りではないと思います。2人体制でもそう多くはありません。

AIICは2016年に300人弱の男性通訳者にアンケート調査を実施して、彼らが通訳者になった理由について聞いたのですが、回答者の多くが①高い報酬、②スケジュールの柔軟性、③仕事から得られる満足度を挙げました。でもこれ自体は女性にも通じる理由なので、このデータからなぜ男性通訳者が少ないのかはわかりません。というか、きちんとした研究がされていないので、今でもよくわかっていないのです。

同時通訳に向いているのは女性? 男性?

ネットでは「女性の方がコミュニケーション能力に長けている」「マルチタスクがうまい」「相手を理解する能力に秀でている」「サービス業に向いている」(!)などと、科学的根拠がない主張が飛び交っていますが、私はクライアントに配慮ができて通訳がうまい人が最強、性別は特に関係ないと考えているので、ここではなぜ男性が少ないのかは議論しません。代わりに、通訳業界における男女の差についてこれまでの通訳研究で少しずつわかってきたことを、私個人が知る現場のリアルも参考にしながら紹介します。

まず、クライアントの意向で必ず男性が指名される案件があります。中東の要人のように、絶対的に男性を好むクライアントはいますし、一部のプロスポーツチームの通訳者は、裸の男たちが歩き回るロッカールームで特別な配慮をしなくてもよいため、男性を好んで雇う傾向があります。

そのほかにも、これは日本より欧米の企業でありがちですが、男性CEOの通訳者は同じく男性で、太くて低い声が求められることがあります。これだけ読むと、なんて差別的なんだと思うかもしれませんが、最近の研究では、例えば講演者が男性で通訳者が女性の場合、聞き手は常に耳から入ってくる女性の声を目で見えている男性のイメージ、つまり「その男性らしい声」に脳内変換しようとしているらしいことが明らかになっています。当然、聞き手には余分な負荷がかかりますので、果たしてこれでよいのか、という問題になります。

さらに欧州の女性通訳者を研究した結果、女性は男性と比べてヘッジ(hedge)、つまり保険的な言葉を選択する傾向が高いことがわかっています。具体的にはmaybeやperhaps、you know、I think、I believe、sort of などが挙げられ、これらは100%の断定を避けることで訳の影響を抑えるために使われることが主です。ヘッジの多用は訳出時間が余分にかかりますし、通訳行為自体も難しくなり、さらには訳の意味をがらりと変えてしまう危険性もあります。ではなぜヘッジを多用するのか?この研究ではそこまで明らかになっていませんが、一部の専門家は女性の方が「わからないこと」を受け入れやすく、それが訳にそのまま反映されているのではないかと仮説を立てています。

私たちが住むこの世界は少しずつ男女平等に向かって進み続けているものの、男性が権力を持つ時代が何千年と続いてきたため、多くの男性は「わからないことを認める=相手に自分の弱みを見せる」と本能的に感じ、結果として完全に理解していない内容もズバッと断定して訳出してしまう傾向があるのかもしれません(←と言いながら私もヘッジしてます)。私も男性通訳者として耳が痛い!

別の研究では、女性通訳者は男性と比べて、クライアントやその場にいる他者のメンツを保つように動いたり訳したりする傾向があるという結果が出ています。私は一応、男性通訳者なので、別に意図的にクライアントのメンツをつぶすようなことはしないとここではっきりさせておきますが(笑)、確かに現場で一緒になる通訳者を見ると、女性の方がクライアント関係者の懐にすっと入っていく能力があるというか、早い段階で相手とラポール(相互信頼)を築こうとする女性が多い気がします。男性はどちらかというと、小話などせずに粛々と仕事をして、終わったらすぐに帰る人が多い気がします。

記憶力に男女間の差はある?

女性通訳者の方が記憶力がよいという一部研究もありますが、これを受けて最近、欧州の通訳者を対象に、記憶力に関する調査が実施されました。もし女性の方が記憶力に長けているのであれば、同時通訳において話者の発言を訳し始めるまでのタイムラグが男性より長くなるはずなので、これを計測してみようという研究です。

同時通訳では、焦って訳し始めずに、待てば待つほど情報が入ってきます。情報が多ければ内容の理解も深まるので、より正確で美しい文章構成で訳出できます。けれど、話者は通訳者を待ってはくれないので、通訳者が調子に乗って待ち過ぎると、その一つの部分だけはうまく訳せるかもしれませんが、次の部分を誤訳したり、最悪の場合はすっぽり丸ごと訳抜けしたりするリスクがあります。ですから同時通訳者は常に「早過ぎず、遅過ぎず」の絶妙なタイミングを狙っているのです。

この研究の結果ですが、全体としては男女間に統計的優位な差はありませんでした。ただ、一部の言語方向、例えばフランス語から英語、そしてオランダ語から英語については、男性の方が記憶力が高いといった興味深い結果も出ているようです。

通訳研究は学問としてはまだ歴史が浅いのですが、今後のさらなる研究で、男性通訳者が得意な領域、女性通訳者が得意な領域が明らかになってきたら面白いですね。私のようなあまのじゃくはそれを受けて、女性通訳者が得意な領域に攻め込んでいくかもしれません!

関根マイクさんの本
同時通訳者のここだけの話

同時通訳者のここだけの話

  • 作者:関根 マイク
  • 出版社/メーカー: アルク
  • 発売日: 2019/02/18
  • メディア: 単行本
 
通訳というおしごと

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