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最初で最後の恋、残された命を謳歌する少女の青春恋愛映画『ベイビーティース』

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気になる新作映画について登場人物の心理や英米文化事情と共に長谷川町蔵さんが解説します。

今月の1本

『ベイビーティース』(原題:Babyteeth)をご紹介します。

※動画が見られない場合はYouTube のページでご覧ください。

病を抱える16 歳の女子高生ミラ(エリザ・スカンレン)は、ふとしたことから孤独な不良青年モーゼス(トビー・ウォレス)と出会い、恋に落ちる。両親のアナ(エシー・デイヴィス)とヘンリー(ベン・メンデルソーン)は、ミラの初めての恋を心配し猛反対するが、ミラは怖いもの知らずで自分を特別扱いせずに接してくれるモーゼスに引かれていく。恋をして、残された命を謳歌し、刹那的に今を生きるミラは、彼との刺激的でカラフルに色付いた日々を駆け抜けていくが……。

末期がんの少女が落ちる「最初で最後の、危険な恋」

末期がんを患う16歳の女子高校生が、札付きの不良と生涯でただ一度の恋に落ちる。オーストラリア映画『ベイビーティース』は、まるで日本の少女マンガのようなプロットを持った青春恋愛映画である。偶然の出会いもお約束どおりならば、ラストも定石どおり。主人公のミラは「I’m going to enjoy becoming part of a sky like this.(私はこの空の一部になれるのを楽しみにしているんだ)」とすべてを悟ったかのような言葉を発して静かにこの世から旅立っていく。

しかしそんなアウトラインを守りながら、ベタな演出や奇麗に取り繕う描写を本作は否定する。ミラは抗がん剤の副作用で髪が抜け、吐き気を催し、習い事のバイオリンは手付かずになる。恋の相手モーゼスは気がいいやつではあるものの、定職には就いておらずファッションセンスは最悪。髪形は時代遅れのmullet(襟足部分だけを長く伸ばしたスタイル)だ。おまけに重度のドラッグ中毒患者でもある。彼の人生が今後も劇的には好転しないだろうことを、カメラは冷徹に映し出してしまっている。

そんなモーゼスと娘の交際を認めざるを得ないミラの両親も、それぞれ浮気と精神安定剤に逃げることで、もうじき娘を失う恐怖から目を背けようとしている。つまり登場人物全員がドン底状態なのだ。しかし、たとえ現実がそうだとしても恋愛はまぶしく輝くものであり、肉親との絆ほど強いものはない。本作はそう観客に語り掛けてくる。

ミラに扮しているのは、『ストーリー・オブ・マイライフ/わたしの若草物語』(2019)でも若くして病死してしまう三女ベスを演じていたエリザ・スカンレン。すごい美形というわけではないけれど、秘めた意志の強さを感じさせるたたずまいが素晴らしい。1994年版の『若草物語』でやはりベスを演じていたクレア・デインズのような女優になっていくかもしれない

なお原作は舞台劇で、タイトルはミラの口の中にいまだに残る「babyteeth(乳歯)」を指している。

『ベイビーティース』(原題:Babyteeth)

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(C)2019 Whitefalk Films Pty Ltd, Spectrum Films, Create NSW and Screen Australia
Cast & Staff

監督:シャノン・マーフィ/出演:エリザ・スカンレン、トビー・ウォレス、エシー・デイヴィス、ベン・メンデルソーンほか/公開中/配給:クロックワークス、アルバトロス・フィルム

babyteeth.jp

※本記事は『ENGLISH JOURNAL』2021年4月号に掲載した記事を再編集したものです。

長谷川町蔵(はせがわ・まちぞう)ライター&コラムニスト。著書に『あたしたちの未来はきっと』(タバブックス)、『インナー・シティ・ブルース』(スペースシャワーブックス)、『文化系のためのヒップホップ入門3』(アルテスパブリッシング)など。