ビッグチャンス到来!あの大物映画監督を担当した通訳秘話

2020.10.29アイキャッチ

映画俳優や監督などの通訳をする「芸能通訳者」の今井美穂子さん。この連載では、今井さんが通訳学習者の基礎訓練を活用した英語のトレーニング法を、完全オリジナルの英語エッセイ(日本語訳・英語音声付き)とともにお届けします。第2回のテーマは「ビッグチャンス到来!」。今井さんが大物監督の通訳を務めたときのお話です。

芸能通訳者のトレーニングを大公開!

EJOの読者の皆さま、こんにちは。芸能通訳者の今井美穂子です。この連載では、私がTwitterで提唱している、英語の多面的なトレーニング方法をご紹介します。トレーニングの素材は、毎回私がオリジナルで制作、ご提供します。

毎回の構成は以下のようになります。

  • オリジナル英語エッセイのテキスト:今回のトピックは「ビッグチャンス到来!」。大まかな日本語訳を付けました(逐語訳ではありません)。英語だけで内容が理解できる方は、日本語の部分はさっと読み飛ばしてもOKです。

  • 英語エッセイを読み上げた音声:私が読み上げています。

  • 今回の注目フレーズ!:英語エッセイの中から、なじみのない表現や、覚えておくと役に立つ表現をピックアップしました。

  • 英語のトレーニング法:エッセイと音声を使用した英語訓練法をいくつかご提案します。ご自分に必要なトレーニングを選んでみてください。

では、さっそく始めましょう!

私が、あの大物監督の通訳を!?

幸運の女神には前髪しかない

In all of the 12 years that I have been working as an interpreter, the most daunting job I had was interpreting for the legendary filmmaker Mr. Martin Scorsese. He was to come to Japan to do press for his then latest film, “Silence.” Filmmakers of his stature usually call for veteran interpreters, so when my client came to me with the proposal, I was stunned and immediately thought, “Well, the more seasoned interpreters must have been unavailable.” But by then, I knew from experience that when an opportunity presents itself, it is always better to seize it. Leonardo DaVinci couldn’t have said it better – “When fortune comes, seize her firmly by the forelock, for I tell you, she is bald at the back.” And so with trepidation, I said yes. And then I dived into my research.

通訳稼業を12年間営んできた中でいちばんプレッシャーを感じた仕事は巨匠マーティン・スコセッシの通訳でした。新作『沈黙 -サイレンス-』(2016、原題:Silence)*1のプロモーションで来日をされた際のことです。スコセッシ氏ほどの監督ですとベテラン通訳を手配することが常ですので、依頼の連絡が来たときはまったくの驚きで、「ほかの先輩通訳の予定が立たなかったのだろう。」と思ったほどでした。とはいえ、それまでの経験から、チャンスが転がってきたときはつかんだ方がいいとわかっていました。「運命の女神には前髪しかない」とはレオナルド・ダビンチが残した言葉とされていますが、言い得て妙です。頂いた依頼をおっかなびっくり引き受け、そこから予習に没頭しました。

通訳は事前準備が8割

People marvel at how expensive interpreters are, but the truth is, we are also being paid for the preparation that we do. In interpreting, there is what I like to call the 80-20 principle. As a rule of thumb, for any task you are called upon to do, 80 percent will go into research and preparation. So much of your performance hinges on extralinguistic knowledge, meaning general knowledge, background knowledge, and situational knowledge. Sometimes the preparation takes only a day; sometimes it takes weeks or even months.

通訳者の料金を聞くと「高い!」と皆口々に驚きの声を上げますが、これには事前準備に対する料金も含まれるのです。私はよくこれを「8:2の法則」と言うのですが、だいたいの目安として仕事の8割はリサーチと準備に費やされるというものです。通訳パフォーマンスの大部分は言語外の知識にかかっています。つまり、一般的な知識、背景知識、状況に対する知識です。準備が1日で終わることもあれば、数週間、数カ月かかることもあります。

Now, In this particular case, I knew I would have to go the extra mile to be able to maintain my composure in the company of a giant such as Mr. Scorsese. Never mind the fact that he has more than 40 films to his filmography. More nerve-inducing was the fact that Mr. Scorsese is a walking encyclopedia. He knows anything and everything there is to know about cinema and cinema history. The conversations could go anywhere. I also knew that the journalists, scholars, and film specialists slotted for the interviews and coming to the press conference would be hanging on Mr. Scorsese’s every word when he spoke of the film. “Silence” was a long-anticipated project that took the director approximately three decades to put together.

さて、スコセッシ監督ほどの巨匠を通訳するわけですから、冷静を保つためには全力投球しなければならないとわかっていました。ただでさえ40本以上という夥(おびただ)しい数の作品を撮ってきた監督です。それ以上に通訳として怖さを感じたのは、スコセッシ氏が誰よりも映画を知り尽くしている生き字引であるという点でした。会話がどこに飛ぶかわかりません。また、取材や記者会見にいらっしゃる記者の方々が彼の話に一心に耳を傾けることになるだろうと容易に想像できました。なにせ『沈黙 -サイレンス-』は監督がおよそ30年をかけて温めてきた待望の作品だったのです。

In preparation, I revisited his films and read voraciously – the screenplay, the original novel by Shusaku Endo and its English translation, “Scorsese on Scorsese,” a book that documents the maestro reflecting on his entire career. I looked into the Italian neorealist films, which heavily influenced his work, and the works of the Japanese legends he admires.

どのような準備をしたかというと、監督の過去作品を再見し、『沈黙-サイレンス-』の脚本、遠藤周作による原作、その英訳版、スコセッシ氏が自らのキャリアを振り返る『スコセッシ オン スコセッシ』(Farrar Straus & Giroux)*2など、さまざまな書籍や資料を読み込みました。それ以外にも同氏が影響を受けたというイタリアのネオリアリズモ映画*3、日本の代表的な映画監督の作品をおさらいするなどもしました。

命綱の単語リスト!なのに・・・

I managed to keep relatively calm and composed throughout, but one incident threw me off balance. It happened a few minutes before the press conference. It is a common practice among interpreters to draft a vocabulary list – a list of words and phrases that may come up in conversation that we can reference on-site. Not that we always have the time to sneak a peek at our vocabulary lists, which is why we memorize them beforehand, but they also serve as reassurance. It just feels safer to have them at hand, like Dumbo’s magic feather. In my case, I also draft a cast and crew list – who played which part, who was the screenplay writer, DP, editor, composer, executive producer, and so forth.

通訳中は終始冷静を保つことができたように思いますが、一つだけ想定外の展開がありました。記者会見登壇数分前のちょっとしたハプニングです。通訳者は通常、単語リストを作成し、現場で手元に置いておくものです。単語リストとは、議題に登場すると想定される単語や表現とその対訳をリストアップしたものです。いちいち見る暇がないことが多いので、一通り暗記して現場に臨むわけですが、手元に置いておくだけでも安心材料になるものです。ダンボの「魔法の羽」といったところでしょうか。私の場合はこれに加え、キャスト、脚本家、撮影監督、編集者、作曲家、製作総指揮など、重要人物を一覧にした表を作ることにしています。

I had done the same for this press conference, and while we were waiting just outside the entrance Mr. Scorsese was trying to remember the name of a cast member who played a role in the film – not surprising, given the fact that tens and hundreds of people were cast for the film. I glanced at the list glued to my steno pad and reminded him promptly, at which moment his assistant said of the list, “Can Marty have that?” “God, no, I need this!” I thought. But you never say no to Mr. Scorsese. So I immediately ripped the sheet from my pad and handed it to him. And then the MC called us onto the stage. Smile pasted onto my face, I followed the maestro onto the stage with feigned calmness, all the while panicking inside. “My list! I don’t have my list!”

今回の会見でも同じように「スタッフ&キャスト」リストを作り、それをメモ取り用のノートに貼り付けていたのですが、会見会場入り口付近で監督と一緒に登壇の呼び込みを待っていたところ、監督が「〇〇役のキャストの名前はなんだっけね?」とボソボソつぶやきながら思い出そうとしていました。何十人何百人というキャストが出演しているのですから無理もない話です。私は手元のキャストリストをさっと確認し、その人物の名前を伝えたところ、そばについているアシスタントが“Can Marty have that?”と言うのです!「いやいや、これは命綱・・・」と思いながらも、巨匠を前に「ノー」は許されないだろう。ビリっと破り取って速やかに差し出し、そのまま引きつった笑顔で冷静を装いながら、監督の後に続き、ステージへ向かいました。「単語リストを、命綱を、奪われた!」。内心パニックだったのを覚えています。

I think I managed, though, and I attribute this to the long preparation process I put myself through. Now, was I spotless throughout? Truth be told, I look back on the three days, and some moments come to mind that make me cringe. I presume this goes for most interpreters, as we tend to be very self-critical. Moments of embarrassment and regret can have quite a long half-life. They can suddenly bubble up unannounced to haunt you years after the fact. As for how to deal with such self-criticism? Well, that is another long topic, so perhaps I shall delve into it in my next column.

まあ、しかし、なんとかなりました。それは長時間かけての予習を経たからだと思うのですが、では、あの3日間の間、寸分の狂いもなく訳せたかどうかというと、今振り返っても身がすくむような瞬間がしばしばよみがえってきます。通訳者はそもそも自己批判が激しいので、ほかの通訳者も同じ経験をされているのではないかと想像します。「恥ずかしい!」や「ああやっちゃった!」という念は半減期がなかなかに長いもので、何年もたってから突然よみがえるものです。これとどう付き合うべきか?それはまた長い話なので、次回のコラムで掘り下げてみたいと思います。

今回の注目フレーズ!

  • daunting [人を]ひるませる
  • seasoned [人が]熟練の
  • couldn’t have said it better まさにそのとおり、言い得て妙
  • forelock [額にかかる]前髪
  • trepidation[起こるかもしれないことに関する]恐怖(感)、不安(感)
  • marvel at ~ ~に驚嘆する
  • rule of thumb だいたいの目安、経験則
  • hinge on ~ 〜にかかっている
  • extralinguistic knowledge 言語外の知識
  • go the extra mile 全力を尽くす、いっそうの努力をする
  • maintain one’s composure 冷静さを保つ
  • walking encyclopedia 生き字引
  • slot 時間枠に組み入れる
  • hang on someone’s every word 人の言うことに一心に耳を傾ける
  • screenplay [映画などの]脚本
  • maestro [芸術の]巨匠
  • neo-realist film ネオレアリズモ映画
  • throughout 終始
  • common practice よく行われていること
  • on-site 現場で
  • DP/DOP/director of photography 撮影監督
  • steno pad/stenography pad 速記用のノート ※通訳者はメモ取りに速記用のノートを使うことがあるが、速記でメモ取りをするわけではない。
  • feigned 見せ掛けの
  • spotless 非の打ちどころのない
  • cringe [恐怖などで]身がすくむ
  • half-life 半減期
  • unannounced 予告なしに
  • delve into ~ ~[問題・資料・情報など]を掘り下げて考える(研究する)

英語のトレーニング法

上記のエッセイと音声を使用した英語訓練法をご提案します。ご自分にとっての英語学習上の課題に応じて、必要なトレーニングを選んでみてください。

ディクテーション

難易度:★

対象:リスニングが苦手と感じる英語学習者。

手順:1センテンス単位で音声を止め、テキストを見ずに書き取りをします。一通り書き終えたら、原文のテキストと照らし合わせ、間違えたところや抜けたところを精査します。

効果:音声をひとつのまとまった構造として認識する訓練になります。前置詞、冠詞、時制、動詞の活用、可算・不可算名詞等、後述する「リプロダクション」や「シャドーイング」では見落としかねない細かい文法を意識できるようになり、文法力、ひいてはリスニング力、スピーキング力のアップにつながります。

リプロダクション

難易度:★★

対象:リスニングはある程度できるが、正確に話すのが難しいと感じる英語学習者。

手順:1〜3センテンス単位で音声を止め、テキストを見ずにリピートします。慣れないうちは1センテンス単位実施し、一言一句正確に再現します。慣れてきたら2、3センテンスと分量を増やしてもよいでしょう。文法に自信のある学習者の方は、多少表現を変えても、内容を正確に再現できていれば構いません。文型認識、意味理解が重要です。

効果:文の形や理解した内容を瞬時に口で再構築することで、正確なスピーキング力が身に付きます。

シャドーイング

難易度:★★★

対象:リスニング力、スピーキング力、語彙力全般の底上げを図り、英語発話のリズム、発音、スピードを改善したい英語学習者。聞きながら話すので、負荷の大きい訓練法です。ある程度基礎力を付けてから取り組むことをお勧めします。

手順:音声にかぶせるようにして、ほぼ同時にまねをします。慣れないうちはテキストを見ながらでもいいでしょう。話者の声の高低やリエゾン、リズムを意識しながら、はっきりと声を出してシャドーイングしましょう。ヘッドフォン着用を推奨します。時間に余裕があればご自身のシャドーイングを収録し、書き起こし、原文テキストと照らし合わせると、語彙や文法上のウィークポイントをあぶり出すことができます。

効果:大量にまねることで、リスニング力、スピーキング力、語彙力アップにつながり、自然な発話が身に付きます。

パラフレージング

難易度:★★★★

対象:表現の幅を広げ、文章構築力を身に付けたい英語学習者。相当な文法力と語彙力が要される訓練法で、上級者にお勧めです。

手順:言い換えの練習。1〜3センテンス単位で音声を止め、原文と違う表現や文型を用いて内容を再現します。

【例】

元の文:I presume this goes for most interpreters, as we tend to be very self-critical.

パラフレーズした文:My hunch is that this applies to many interpreters, as we are prone to be very hard on ourselves.

効果:表現の幅が広がることで、言葉の詰まりや言いよどみが減っていきます。言いたいことをずばり伝えられるようになります。パラフレージングの訓練は、日々多くの英語表現に触れ、インプットを十分に蓄積することが前提となります。

まとめ

最後までお読みいただきありがとうございました。第2回の「芸能通訳の現場から!」、いかがでしたでしょうか?今回は現場のちょっとしたハプニング、事前準備の重要性について書かせていただきました。次回以降も仕事や学習を通じて得られた気付きなどについて執筆する予定です。それでは次回をお楽しみに!

*1:2016年に公開されたマーティン・スコセッシ監督によるアメリカ合衆国の映画。遠藤周作の小説『沈黙』を原作としている。

*2:1987年にイギリスで行なわれたスコセッシの連続講演をもとに、さまざまなインタビューを加えて編集した、マーティン・スコセッシという映画監督の長い道程の回顧。

*3:第2次大戦後のイタリア映画における現実描写法と、その作品群に対する呼称。現実社会を客観的態度でドキュメンタリー風に描く。

今井美穂子

今井 美穂子(いまい みほこ)日英通訳者。映画配給に10年間携わった後、2009年に通訳者デビュー。現在はエンターテイメント業界を中心に活動する傍ら、通訳者養成学校で後進の指導に当たっている。 芸能通訳者としては、来日イベントや国際映画祭での記者会見、舞台あいさつ、レッドカーペット、取材での通訳を10年以上にわたり担当。 過去に通訳した著名人には(以下敬称略)マーティン・スコセッシ、クリストファー・ノーラン、キアヌ・リーブス、岩井俊二、塚本晋也、黒沢清、仲代達矢、渡辺謙がいる。
Twitterアカウント:https://twitter.com/mihoko_imai