「アメリカの今」を映すハリウッド映画業界。新型コロナウイルスの流行で、2020年はどのような転機を迎えているのでしょうか? 今後 への 影響 は?ロサンゼルス在住で映画製作に携わる神津トスト明美さんが解説します。
撮影現場に適用されるルールブック
今年初春から猛威を奮い出した新型コロナウイルスは、まるでホラーSF映画のような現実を世界中にもたらし、10カ月以上経過した現在も予断を許さぬ状況が続いている。さまざまな業界が経済的な大打撃を被る中、アメリカではこれまでのハリウッド映画業界の「ノーマル」を根底から覆す変化が起きつつある。
多くの人々の共同 作業 により成り立っている映画業界。新型コロナのパンデミック長期化に伴い、TV・映画の撮影もできない状態が延々と3月から続いており、6月に入ってSAG(全米俳優組合)などの組合側から打開案が 提出 されたものの、平常どおりの撮影状況には程遠い状態が続いていた。
しかし、ついに現地時間9月21日(月)、3カ月半に及ぶ話し合いの結果、大手映画スタジオとSAGを筆頭に映画関係の各組合が歩み寄り、撮影現場における新型コロナ対策をまとめた撮影現場新型コロナ対策協定を発表した。いわばルールブックである。
60ページにも及ぶこの取り決め書は、撮影現場における手洗い義務、フィジカル・ディスタンスやマスク絶対着用などの基礎項目はもちろん、撮影中(準備中も含む)新型コロナにかかった場合の病欠手当を 受け取る 権利、撮影に参加するまでの自己隔離の 手順 、検温・PCR検査の頻度、撮影開始後の入り口出口から、控え所や製作オフィス、撮影現場への移動 手順 、撮影現場での人数制限などが事細かに記述されている。
相次ぐ公開延期と制限付き営業の映画館
動き出す手掛かりをつかみ始めた撮影業界に対し、興行業界の状況はシビアだ。
この記事を書いている最中にも、マーベル映画『ブラック・ウィドウ』の全米公開日を来年5月7日に再延期するとディズニーが発表した。初夏公開の予定がまず11月6日に延期されたのだが、いまだに大都市での映画館オープン状況が芳しくないことから、今回また延期となった。
時を同じくして、『ウエストサイド・ストーリー』の封切り日も延期が発表された。本作はスピルバーグ監督初のミュージカル作品で往年の名作をリメイクしたとあって、当初はアカデミー賞狙いの12月18日公開予定だったが、一気に来年12月10日に持ち越された。
また、2017年度に人気を博したアガサ・クリスティー原作ミステリー『オリエント急行殺人事件』の第2弾に当たる『ナイルに死す』も、10月23日公開を12月18日に延期と発表した。
地方では徐々に映画館がオープンしてきてはいるものの、映画館のほとんどが定員数の半分以下という状況での営業を強いられており、関係者たちの間ではこの先新型コロナが落ち着いても、2020年3月新型コロナ前の「普通」状態には戻らないであろうと言われている。
配信サービスは絶好調
とはいうものの、新型コロナが強いている新しいノーマルに恩恵を受けている映画関係業もある。
それはNetflixやディズニー・プラスなどのストリーミング・サービスだ。友達同士で遊びに行くことすらはばかられる現在の状況下で、いちばん手っ取り早い娯楽といえば、安全な自宅で映画などのコンテンツを見ることだろう。
8月には、ディズニーが実写版『ムーラン』の劇場リリースを中国などの特別地域を除いて基本的にキャンセルして、ディズニー・プラスでのプレミアムPPV(=Pay Per View /ペイパービュー)直行封切りに切り替えると発表。期待作『ムーラン』からの興行収入を期待していた世界中の興行主たちにショックを与えた。
プレミアムPPVというのは、ストリーミング・サービス月額料金(あるいは年間料金)に加え、1回見るごとに視聴料を課金するという制度で、『ムーラン』の場合は1回30ドルの視聴料が課金される。
PPV/VODと劇場公開の関係の変化
プレミアムPPVを一般に知らしめたのはユニバーサル・ピクチャーズだ。4月に全米公開予定だったアニメ作品『Trolls World Tour』を劇場封切りからプレミアムPPV封切りに切り替え、劇場公開をスキップした にもかかわらず 、100万ドルの収入をたたき出して内部関係者をも驚かせた。
ある意味でパートナーとしてビジネスを共にしてきた興行主たちはこれに激怒。特に大手劇場AMCはユニバーサル作品をボイコットするとまで発表した。
だが、スタジオと興行主の関係は切りたくても切れない関係だ。そこで7月末にユニバーサルとAMCは前代未聞の取り決めを行った。これまでスタジオと劇場間の 契約 では、新作映画のPPV/VOD(=Video On Demand =ビデオオンデマンド)公開は、劇場での封切り日から3カ月待たなければいけなかった。しかし今回の取り決めによると、劇場封切り3週間以内にPPV/VOD公開の解禁ができるという。
2社の新 契約 を きっかけ に、ハリウッドの映画界は二度と新型コロナ前の状態には戻れないであろうとうわさされ、劇場興行業界には戦慄(せんりつ)が走っている。
映画業界が迫られている「適応か死か」
消費者たちは新型コロナのせいで家にいることが多くなり暇な時間が増えたことから、映画などを自宅で見る機会が増え、それがコンテンツの需要 拡大 に直結している。
人々がシアターの大画面で見る映画の醍醐味(だいごみ)を完全に捨ててしまうとは思えないものの、新型コロナを転機にして映画の興行業界には大きな試練が待ち受けているのは確かだ。
ビジネスの世界でよく使われる英語に「Adapt or Die」という言い回しがある。直訳すれば、「適応か死か」という意味だ。新型コロナウイルスとの共存が強いられている社会においては、プレミアムPPVのようにその時代の消費者が求めるものを考えて提供していかなければ、ビジネスは生き残れないということだ。
世界中で100年以上続いてきた映画ビジネスにも大転機が訪れ、柔軟性「 flexibility 」と適応力「adaptability」が要求されているのだろう。
『ENGLISH JOURNAL』2020年11月号は、アメリカの「今」に迫る!
スパイク・リー(映画監督)のインタビューや、ネルソン・バビンコイ(作詞家)×Fukase(SEKAI NO OWARI)の対談などもお届けします!
神津トスト明美(Akemi Kozu Tosto) 東京出身。UCLA映画学科専科卒業。LA在住。12歳で映画に魅せられハリウッド映画業界入りを決断。日米欧の映像製作に広く携わり、スピルバーグ、タランティーノなどのハリウッド巨匠の作品製作にも参加。近年では製作・監督を手掛け、ショート作品2本が全米・全欧にてTV放映されている。現在も次回作の準備に多忙の毎日。
ウェブサイト: https://aktpictures.com
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