外国人に日本語で話し掛けられて英語で返事することの何が問題なのか?

舞台芸術翻訳・通訳の世界

フランス語・イタリア語と日本語の翻訳家・通訳者である平野暁人さんの連載「舞台芸術翻訳・通訳の世界」。ご専門の舞台芸術通訳の仕事や趣味とする短歌など、多角的な視点から翻訳・通訳、言葉、社会についての考察をお届けします。第8回は、「言語弱者/強者」。2020年8月の記者会見での茂木外務大臣と英字新聞記者とのやりとりや、平野さん自身の体験についてのお話です。

夏も終わり、そして・・・

EJOをお読みのみなさん、こんにちは。翻訳家で通訳者の平野暁人と申します。

いきなりですが、たいへんです!

長い長い梅雨を耐え抜いてやっと迎えた待望の夏があっという間に終わり、秋が来てしまいました!なんということでしょう・・・せっかく1年でいちばんビールのおいしい季節だったのに!暑くて楽しくて毎日ぐびぐびといつもの2倍呑(の)めたのに!あんまり寂しくて名残惜しいので夏を偲(しの)んでいつもの3倍呑んでいます。ぐびぐびぐび。

まあ季節の移り変わりの如(ごと)き世の理(ことわり)をいつまで儚(はかな)んでいても詮なきことゆえ気を取り直して今日もまた愉快で(ちょっとだけ)ためになる語学エッセイを機嫌よく書こうぞ・・・と思っていたのですが、残念ながら今回はあまり楽しく始められそうにありません。理由は、怒っているからです。

最近、とても怒った話

直接のきっかけは、8月28日に行われた茂木敏充外務大臣の記者会見でのひとコマでした。

英字新聞ジャパンタイムズの記者氏が日本語で行った質問を、茂木大臣が英語で聞き返した場面があったのです。即座に「日本語でいいです。そんなに馬鹿(ばか)にしなくても大丈夫です」と切り返した記者氏の度胸と賢明さに押されたのか、いったんは「馬鹿にしてないです。いや、馬鹿にしてないです。まったく馬鹿にしてないです」と繰り返してから日本語で回答を続けた茂木大臣でしたが、最後には再び「おわかりいただけましたか。日本語、わかっていただけましたか」とわざわざ付け加えてみせました。

実際のやりとりがどんなものだったのか、そしてそこから何を読み取るべきなのかについては望月優大氏の詳細かつ的確な分析(動画&当該部分の書き起こし付き)をご参照いただくとして*1、仮にも外務大臣という要職に在る方のこのような振る舞いに、私はすっかり憤慨してしまいました。

といっても、「記者氏は達者な日本語で理路整然と質問していたのに小馬鹿にするなんてけしからん!」と怒っているのではありません。私個人としては、記者氏の質問は大臣の迂遠(うえん)な回答よりもよほど明瞭で時宜を得ていたと思いますが、しかしそれ以前の問題として、お互いに一定の敬意を示し合うというのは他者と対話するうえで最低限の条件であり、言葉の上手(うま)い下手に関係なく尊重されるべき原則のはずです。たとえ言葉が未熟な人が相手だったとしても、小馬鹿にするような態度をとってよいということにはなりません。

大臣は「馬鹿にしていない」と盛んに繰り返していました。もしかしたら大臣ご自身には、馬鹿にしたつもりは本当になかったのかもしれません。けれど、5億歩譲ってそうだったとしても、表現というものは常に個別の文脈に即して理解されるもの。日本国政府の閣僚が行った公式の記者会見で、日本語を母語としない(と思われる)記者が日本語で発した質問を英語で質(ただ)すようなことをすれば、「あなたの日本語は理解できない」「あなたとの間に日本語を共通言語としたコミュニケーションを成立させることは不可能だ」という侮蔑的な含意を伴って受け取られて然(しか)るべきです。

もしも相手の質問が十分理解できないのであれば、「質問の主旨が不明瞭なので、もう一度お願いします」と日本語で言えばよいだけですし、それでも要領を得ないようなら「後ほどもう一度うかがいますから質問事項を整理し直しておいてください」と提示することだってできます。もちろん会見時間は有限ですからほかの質問者に対応しているうちに時間切れになるかもしれませんが、それはそれで仕方のないことでしょう。

しかし、英語で聞き返したうえに「日本語、わかっていただけましたか」と念を押してみせるのは、母語話者の特権を濫用(らんよう)して相手を一方的に言語弱者の立場へ貶(おとし)め、尊厳を蹂躙(じゅうりん)して質問の正当性をも無効化する行為にほかなりません。人間、時に口が過ぎたり礼を失したりすることは誰しもあると思うので、大臣が今ごろ人知れず猛省してくれているといいな・・・と心から思います。もちろん、きちんと謝れたらもっとかっこいいけどね!

ユピー事件@グルノーブル

そんなこんなでぷんすかしているうちに、いくつか思い出したことがあります。1つ目はフランス南東部の町・グルノーブルに住んでいたころの話です。

住んでいた、といっても大学付属の語学学校に9カ月ほど私費留学していただけなのですが、当初学校が紹介してくれた郊外(というか行政区分上はもはや別の自治体)のレジデンスが絶望的に不便で、19時の終バスを逃したらタクシーで帰るしかないというセレブ仕様の物件だったため(歩くと1時間以上かかった)、限界に達して引越しを決意したのでした。

半年後には帰国予定の学生を歓迎してくれる大家さんがそうそういるわけもなく、しかも入国して3カ月以上過ぎても滞在許可証の申請手続きを怠っていたためほぼ不法滞在という限りなく透明に近くないグレー(※漆黒とも言う)な私でしたが、壮絶にすっとこどっこいな日々*2を経て、なんとか根性(※意外にある)で転居先を見つけ出し成約にこぎ着けることができました。そうして入居してすぐ、留学生活のライフラインともいうべきネット回線の契約をしにFrance Télécom*3の支店へ出かけたのです。

外国で、外国語で、ネット回線の契約。これがそれなりにハードルの高い任務であることはきっと想像に難くないと思います。ましてこちらはいち語学留学生。曲がりなりにもプロとして働くようになった今でもしょっちゅうへどもどしているくらいですから、当時のフランス語力など推して知るべしで、生来の人見知りも手伝い生まれたての小鹿のようにプルプル震えながら整理番号を握りしめてカウンターへ向かうと、そこには運良くとても優しげなマダムが。細かい文字でびっしり記された複雑怪奇なプラン詳細を前にさっそく白目を剥(む)きかける私に彼女が根気よく、簡単な言葉で言い換えながら何度も繰り返し説明してくれたおかげで、最後には無事、細かい部分まできちんと理解することができ、私はうれしくて歓声を上げました。

“Ah, d’accoooord! Ça y est, j’ai compris!”(あ、なるほどー!うん、これでわかりました!)

すると、マダムは喜ぶ私に向かってにこにこしながら優しくこう言ったのです。

“Voilà! Youpiiiii!!”(はい、よくできました~!)

こうして改めて日本語で書くとわかりづらいのですが、ここでマダムが用いた“youpi”とは日本語の「わーい!」や「やったー!」に近い間投詞で、はしゃいだ子どもがぴょんぴょん飛び跳ねながら口にするようなイメージの表現です。大人が他人に対して使えば自(おの)ずと「よかったね~」「よくできましたね~」と子どもをあやすようなニュアンスになる。そういう表現を、マダムは私に向けて発したのです。

マダムのやわらかな笑顔を眺めながら、私は心の奥をひんやりとした滴がひゅっと滑ってゆくのを感じました。そうして自分が子ども扱いされたことをはっきりと感じ取りました。当時の私は23歳。23歳といえばすでに働いている人もたくさんいる年齢であり、もう立派な大人です。アジア人は若く見えるのでフランス人の同年代に比べればずいぶん幼っぽかったかもしれませんが、それでも世帯主として契約に来ている歴(れっき)とした新規顧客なのです。少なくともフランス語を母語とする23歳の顧客に、“Youpiiiii!!”などと声をかけることは普通、憚(はばか)られるでしょう。辛抱強く対応してくれたマダムには今も感謝していますし、彼女には悪意など欠片(かけら)もなかったに違いありませんが、むしろだからこそ、人間は相手が言語弱者であるというだけで無意識に侮るような言動を取りかねないこと、そして侮られた側は(悪意の有無かかわらず)その事実をはっきり感じ取るのだということを肌身に感じた出来事でした。

おはよう事件@パリ

さて、そんな「ユピー事件」から月日は流れて大学院生時代。私はまたも忘れられない経験をすることになります。今度の舞台はパリ。どうでもいいけど「舞台はパリ」って書いたそばからすでにステキ感がすごい。設定だけで勝ってる気がする。こんなにラメのきつい地名も珍しい。ってほんとにどうでもいいな。すみません。

ともあれ、なにかの用事でパリに滞在していた折、サン・ミシェル辺りの映画館で小津安二郎の特集上映が行われているのを知り、小津原理主義者(DVD BOXも持ってるよ!)として勇躍参上したときのことでした。その日かかっていたのは『おはよう』*4で、上映後には映画批評家によるアフタートークがあったのですが、トークが一段落して会場質問に移った際、大好きな小津作品を久しぶりにスクリーンで観た感激に昂(たかぶ)っていた私は、余勢を駆って手を挙げてしまったのです。

いや、そこまではよかった。むしろ勇者だったとすら言える(つまりぜひ褒めてくれたらいいと思う)。悲劇の始まりは、まっすぐ手を挙げた私にすぐ気づいた司会の男性がまっすぐ私を見ながら“Oui, Mademoiselle!”(はい、そこのお嬢さん!)と抜かしたことです。

え、オレ?

オレすか?

マドモワゼル・オレ?

もとい、いつもならこのくらいで怯(ひる)むような私ではありません。実を言うと欧州に行くと女性と間違われることが、それもけっこう最近までよくあり、20代の時分などはカフェで、パン屋さんで、あるいは路上で、8、9割の確率で“Mademoiselle”と声をかけられていました。ですから普段なら慣れっこです。むしろ毎度ありってなもんです(なにが?)。

だがしかしこの日は大きな映画館のトークイベントで、パリという敵地、違った(違わない気もする)外地で、居並ぶフランス人(≒フランス語母語話者)の視線を一身に浴びながらフランス語で映画について述べるという、これはですね、みなさん、まさにですね、え、言語弱者にとってはですね、いわば、前例のない、レベルのですね、負荷がですね、え、まさに、めきめきとですね、音を立てて、のしかかって、くる、という、いわば、え、まさに、そのような、状況で、あった、わけで、あります。

そんな中「マドモワゼル」と指された私がマイクを受け取りマドモワゼル感ゼロの中低音で話し始めると・・・案の定ざわつく会場。

「は?」

「マドモワゼルって言わなかった?」

「どこにマドモワゼルが?」

みんな落ち着いて!そのマドモワゼルはいないマドモワゼルなんだ!いやいるけど本当はいないんだ!あとサンタも本当はいないんだ!(あっ)

このアクシデントに動揺した私は脳がどんどん迷子になり、自分で自分が何を言っているのかわからなくなって黙り込んでしまいました。流れる沈黙増してく注目ライムは皆無展開の限界。ついに耐えきれなくなって「あのう、やっぱりちゃんと話せないのでもういいです・・・」と蚊の鳴くような声でマイクを返そうとすると、司会の男性がとても丁寧な口調で「そんなことおっしゃらずに。実に興味深いお話です。会場のみなさんも続きが聞きたいと思いますよ」。すかさず拍手で応じる会場。えっなんだよおまえらみんないいやつじゃん!(単純)パリジャン*5のくせに!(暴言)

おかげでなんとか気持ちを立て直し、たどたどしいなりに最後まで話し終えて、会場からの健闘を称(たた)える拍手に包まれながらマイクを返したのでした。

その当時の私のフランス語力は、学部生だった「ユピー事件」のころよりはもちろんずっと進歩していた(はずだ!)と思います。けれど、大人になってから学び始めた言語で母語話者群に混じって堂々と映画評を開陳するなんて、まだまだ到底おぼつかなかったレベルです(今でもまあまあおぼつかないという噂[うわさ]があるのは断然ひみつ)。

それでもなんとか最後まで話すことができたのは、ひとえに聞き手の姿勢のおかげ。聞く側が「あなたの話を聞きますよ」「あなたが言おうとしている内容に関心があるのですよ」と伝えてくれたこと、つまり表面的な言語運用の巧拙にとらわれず、話者の人格と思考に敬意を示してくれたからこそ、安心して自分なりに精一杯の表現ができたのです。実りある対話の前提として聞く側の態度がどれほど重要であるかを教えられると同時に、パリにもこの映画館に入りきるくらいにはいいやつがいるんだと知った日でもありました(すかさず恩を仇[あだ]で返すスタイル)。

ブログ事件@日本

最後は、先述の2つとは些(いささ)か角度の異なる事件について。

舞台は日本に移ります。とある町で日仏共同制作の演劇作品を上演したときの話です。

その作品にはフランス人俳優に加えて公募で選ばれた一般参加者が多数参加しており、その中には障碍(しょうがい)や難病と共に生きている人たちも含まれていました。意思の疎通に難がある人から筋肉が思いどおりに動かせない人まで様態もいろいろで、多様過ぎるチームでの作品づくりには正直言って不安もありましたが、蓋(ふた)を開けてみれば稽古から本番まで、プロの俳優と仕事をしていたら絶対に経験しないだろう新鮮な刺激に溢(あふ)れていて、途方もなくうつくしい時間を過ごすことができました。

本番の後にはお別れが待っているのが舞台稼業のつらいところ。一人ひとりとハグを交わしては盛大に別れを満喫しているフランスチームの横で日本人らしくしみじみ、おずおずと別れを惜しんでいると、ある参加者(仮にAさんとしておきます)が挨拶(あいさつ)に来てくれました。Aさんは神経系統の機能に問題を抱えていて言葉を発するのがとても難しい人だったのであまり長い会話はできませんでしたが、「ブログを書いているのでよかったら読んでみて」とのこと。お礼を言って名刺を受け取り、後ろ髪を引かれながら帰京したのでした。

さて、東京へ戻って数日が経(た)ったのち、覚めやらぬ余韻を持て余していた私はさっそくAさんのブログをのぞいてみました。そうして、一読して言葉を失いました。

  • 作品づくりについて思うこと。
  • 参加に際して期待していること。
  • 挑戦してみたいこと。
  • 苦しんでいること。
  • 暮らしを通して考えること。

日々の自分を透徹した視線でみつめる怜悧(れいり)な書き手の姿がくっきりと浮かび上がる、優れた筆致でした。「これを、あのAさんが書いたのか・・・!」私は驚きました。それからすぐ、その驚きの正体を悟って慄然としました。自分がAさんの文章に宿る知性を意外に感じていること、そしてそれがAさんの表面的な様子から受ける印象に起因していたことを、はっきりと自覚したからです。

先述のとおり、Aさんは複数の神経系統に麻痺(まひ)があるため発話をはじめ身体全般の運動が困難であるという「だけ」で、そこには知性の発達を直接阻害する要因はありません*6。ものすごく乱暴な言い方をすると「中身」とは関係のない問題で、それは私自身よくよく承知していたはずなのです。にもかかわらず、「おぇ、ぶおぐ、かいてうんえす」*7というしゃべり方に惑わされて、無意識にAさんの知性を侮り、心のどこかで自分よりも低く見積もっていた。だからこそ、Aさんの知的なテクストがあんなにも意外に感じられたのでしょう。

言葉がままならないばかりに悔しい思いをした経験なら人一倍あるはずの自分が、上辺の印象にとらわれて、一緒に作品までつくった相手を軽んじていたことに気づき、私は心の底からショックを受けました。Aさんに申し訳ないという気持ちと共に、自分の浅薄(せんぱく)さが情けなくて恥ずかしくてたまりませんでした。

言語強者を降りてみる

私に限らず、人間というものは(特に視覚や聴覚をはじめとした諸機能に問題がない人であれば)どうしても表面的な情報にとらわれがちです。しゃべり方や外見、年齢などといった印象に一切引きずられずに他者と接するのは決して容易ではないと思います。

だからこそ昔から「人を見た目で判断するな」と言うわけですが、日本に日本語を母語としない人たちが増えてゆく一方(ウイルス禍で一時的に状況が変わっていますが)の昨今、私たちはこの、小学校で教わるような道徳律を、改めて心に刻むべきなのではないでしょうか。

本稿の冒頭で言及した記者氏のような方に限らず、近年はコンビニ、飲食店、工場、建設や清掃業務などなど社会の基幹を支える現場で、近隣のアジア諸国をはじめとしてさまざまに異なる出自の人々が働いています。その中には極めて高い日本語運用能力を有している人もいれば、統語が破綻している(いわゆる「カタコト」の)人や、統語は正確でも発音に著しい難がある人もいる。それが多少の行き違いを生んだり、時にトラブルに発展したりするケースもあるでしょう。読者のみなさんの中にもそうした場面に、客として、上司として、同僚として(あるいは部下として)、遭遇した経験があるという人がいるかもしれません。

けれど、そういうときに決して忘れてはいけないのは、日本語が上手(うま)かろうと下手だろうと、相手も自分と同じ、対等な1個の人間であるということです。

外国語を学び続けていてつくづく思うのですが、言語などというものは所詮(しょせん)、ひとつの表現手段に過ぎません。人間を人間たらしめ、人生の可能性を広げてくれる素晴らしい道具であるのはもちろんですが、その巧拙を根拠に話者の尊厳が蹂躙されるような事態は間違ってもあってはならないはずです。ペラペラしゃべれるからといって聡明なわけでもなければカタコトだから愚昧なわけでもなく、高度な話者にも未熟な話者にも、賢い人にも賢くない人にも、等しく敬意に浴する権利があります。

こう書くと、「日本で暮らすのに日本語も勉強しないのは怠慢だ」とか「むしろ日本文化を敬う気持ちがないのはその人の方じゃないか」といった批判も受けるかもしれません。確かに、そう言われても仕方のないような人も一部に存在するのは否定できません。とはいえ、やはり何事にも適性というものがあります。言語の獲得に関しても例外ではなく、同じように努力してもすいすい伸びる人もいればなかなか伸びない人もいます。

なにより、人にはそれぞれ個別の事情があることを忘れてはいけないと思います。環境も機会も平等ではありません。日々の過酷な労働で疲弊し日本語の勉強をする余裕がない人もいれば、日本語学校へ通いたくても家族へ仕送りするのが精一杯で授業料まで払えない人、教えてくれるような友人ができずに孤立を深めている人もきっといるはずです。そうした事情をすべて把握し斟酌(しんしゃく)するのは不可能でも、あらゆる話者に対し常に一定の敬意をもって接するよう心がけることならできるはずなのです。

相手がどんなに未熟な話者であっても「です」「ます」を付して話すこと。相手の言わんとすることをくみ取り、わかりやすい表現で補助線を引くよう努めること。ただし決して子ども扱いはしないこと。相手が抱える荷物を半分引き受けるようにして対話を構築すること。母語話者、すなわち言語強者としての特権とは本来、そのようにして行使するべきではないでしょうか。

あなたも今日から、言語強者を降りてみませんか。

なんて、こんなにも長くて変わった連載を辛抱強く読んでくださっている方にはきっといまさら言うまでもありませんでしたね。

こりゃ失敬!

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*1:https://news.yahoo.co.jp/byline/mochizukihiroki/20200901-00196152/

*2:これだけで1本書けるので機会があったらそのうちお話ししますね。

*3:フランスの大手電気通信事業者。現在は社名をOrangeに変更。

*4:1959年公開。監督:小津安二郎/脚本:野田高悟、小津安二郎。ちなみにこのときのトークイベントでいちばん印象に残っているのは、あるマダムの「隣近所の噂(うわさ)話ばっかりして、他人の家の話に首突っ込んで、言っちゃ悪いけどみんな神経症っぽいですね」という暴言。暴言だけど・・・一概に否定できない・・・。

*5:「Paris(パリ)」→「parisien(パリの人)」の意。「パリジェンヌ(parisienne)」は「パリの女性」という意味で、だから「takarasienne(タカラジェンヌ)」は「宝塚の女性」の意。ちょっと待てその「s」はどっから持ってきたんだとか言うのは野暮(やぼ)。と言いつつ一応確認してみたらあれは「Takarazuka→Takarazienne」でした!やっぱ宝塚すごい!徹底してる!!すごく感心して反省して感心しました!!!

*6:決して、知性の発達に難がある人なら軽んじてもいい、という意味ではありません。念のため

*7:論旨に鑑みてたいへん重要な部分なのであえて詳細に再現しています。いかなる侮蔑的な意図もありません。

平野暁人

平野暁人(ひらの あきひと)翻訳家(日仏伊)。戯曲から精神分析、ノンフィクションまで幅広く手掛けるほか、舞台芸術専門の通訳者としても国内外の劇場に拠点を持ち活躍。主な訳書に『隣人ヒトラー』(岩波書店)、『「ひとりではいられない」症候群』(講談社)など。
Twitter:@aki_traducteur