通訳者は通訳対象者のどこに立つべきか【通訳の現場から】

通訳の現場から

イラスト:Alessandro Bioletti

プロ通訳者の関根マイクさんが現場で出くわした、さまざまな「事件」を基に、通訳という仕事や通訳者の頭の中について語ります。もちろん、英語学習に役立つ通訳の技もご紹介。通訳ブースの中のあれやらこれやら、てんやわんや、ここまで言っちゃいます!

クライアントとの距離

先日、通訳として某国の知事に付いて1週間の日程をこなしました。政治家との会食や表敬訪問、経済界リーダーとの会談や施設見学など、とても密度が高いスケジュールで、本件を私に依頼した会社が都内にホテルを予約してくれたほどです。通勤に使う往復1時間以上の時間を休養に充ててください、という配慮なのでしょう。おかげさまで体力的に余裕をもって仕事をすることができました。

政治家は喋るのが仕事と言っても過言ではありません。きちんとアポをとって会議室で行われる正式な会談は当然として、ちょっとした隙間時間や会食、時には移動時間も使って歩きながら情報・意見交換をします。通訳者の私もボーっとしている時間はなく、基本的には知事のすぐ近くに立って待機し、必要に応じて介入します。距離的に少し離れることがあっても、常にSPのように知事を視界に入れて行動しています。

「SPのようになんて、大げさな」と思う読者もいるかもしれませんが、少し目を離した隙に知事が日本人に話し掛けるのはよくあることです(その逆も)。知事が話し掛けるくらいですからかなり社会的地位が高い方ばかりなのですが、必ずしも英語が得意なわけではないので、あいさつの時点で通訳者の私が隣にいないと相手方に恥をかかせてしまうことになります。

あいさつにおける知事の第一声は通常、英語が苦手な人でもわかるような“Hello, it’s so nice to see you.”あたりなのですが、これをあえてきちんと訳すことで相手側に「通訳者がいますよ」と伝えられます。その後、通訳者を使うのか、使わないのかは当事者の判断です。

通訳者の立ち位置

立ち話をするときは、通訳者は通常、通訳対象者の斜め後方に立ちます。通訳対象者が首を少し横にずらせば気配がわかる程度の角度で、距離にして1メートル弱でしょうか。特に誰から学んだわけではないのですが、経験則としてこの程度の角度と距離が最適だと感じています。真横にいると目立ち過ぎですし、1メートル以上離れると通訳者と通訳対象者の間を割って移動する人が出てくるので、それは避けたい。

かといって距離を50センチ程度にまで詰めてしまうと、通訳が必要ない場合はただのでしゃばりなおっさん化してしまうので、そこまで前に出たくはありません(読者の皆さんも、どこかのパーティーで、全然話さないのに要人のすぐ横にずっと立っている不気味な人に思い当たりがあるはずです)。

それに、立ち話をしていたと思ったらいきなりツーショットで写真を撮り始めることもあるので、構図の邪魔にならないようにさっとカメラの視野から外れる配慮も必要です。

このあたりの繊細な距離感を見極めて自分の立ち位置を決めているのですが、それを理解していない知事スタッフからは「もっと食い気味にグイグイ前に出て」と言われることも。通訳をしたことがない方ばかりなので仕方がないのですが、通訳者は主役ではないので、あまりガツガツせず、普段はあまり存在感を感じないけれど、必要なときにスッと入ってくるのが理想的なのです。それに人間はパーソナル・スペースを大事にする生き物なので、信頼関係が構築できていない他人にあまり近づかれると不快に感じます。

本件は初日から分刻みのスケジュールでドタバタしていて、私は知事に自己紹介すらできていなかったので、少し遠めの距離から入りました。ただ1週間を通しての信頼の積み上げと共に、物理的距離も近くなっていきます。

そもそも最近の経済人の多くは、あいさつや軽い時事情勢ぐらいであれば、十分な英語を話せます。もちろんネイティブレベルではないですし、通訳者が入ればより深みのある会話ができるかもしれませんが、逐次通訳ですと単純に2倍の時間がかかるのでリズムある対話ができません。

また、「私は英語ができる」という確固たる自信を持つ方を相手にすると、通訳者が介入することで気分を害してしまう可能性もあります。「なんだこの生意気な通訳が。私の英語が伝わらない(または、私は英語が聞き取れない)とでも言いたいのか」と解釈されてしまうことも。

その場で明らかな苛立ちを見せる方もいるので、通訳者はこのあたりの空気を敏感に察して、「ちょっとたどたどしい英語だけど、とりあえず一歩引いて様子を見ようか」という判断も時には必要です。

心理的な距離

通訳対象者との心理的距離もとても重要です。心理的距離が近いと訳が信頼されやすく、訳の効果も大きくなるので、通訳者はこの距離を縮めるためにいろいろと工夫します。

例えば本件の場合は、まず仕事が始まる前に動画で知事のインタビューや議会での発言を徹底的に調べ、夫人との出会いや禁煙エピソードから、重要視する政策や教育改革に対する強い思い入れなどに関して理解を深めました。その後、知事と軽く打ち合わせする時間がとれたとき、それらについて調べたと明かした上で、一歩進んだ質問をします。

知事は教育改革を柱に据えて当選したのですが、今回の訪日では某県の教育長と会談する予定があったので、その県の教育的取り組み事前に調べ、知事に「確かに〇×は応用できそうですね。しかし、もう似たような取り組みは△州にもあると理解していますが、なぜそちらは参考にしないのですか?」などと聞くのです。

自分がどれだけ準備に時間と手間をかけたかなど、普段は恥ずかしいのであまり言いませんが、対象者と信頼関係を築くためにはとても効果的です。このアプローチをとることで、対象者とその関心事について事前にしっかりと調べて準備をしたと示すことができます。

さらに一歩踏み込んだ質問をして、「あなたが興味を持つトピックですが、実は私も興味があります」とも伝えることができるのです。自分のことや、自分が関心を持つトピックについて強い興味を示す他者を嫌いになる人はあまりいません。むしろ「あ、この人は仕事熱心な人だな。ちゃんと予習をしてきたようだし、好奇心も旺盛だ。これなら大丈夫そうだな」と感じる方が自然です。

ちなみに動画を見ていると、対象者の喋る速度やリズム、好きな言葉、ユーモアの嗜し 好こうなどもわかるので、逐次通訳においてどのタイミングで介入して訳出するか、好きな言葉や定番ジョークをどうさばいたらよいのか、事前にある程度の感覚がつかめます。

ただ、どんなに頑張って準備しても、わからないものはわからない。本件でいえば、ある晩ばん餐さん会の場で知事が突然振り向いて「このsalsifyってなんだい? どんな野菜?」と聞きました。人生の大半を教育者として過ごしてきた知事がわからなければ、私にわかるわけがないのですが、とりあえずスマホで検索して写真を見せ、その場は丸く収まりました・・・

 

関根マイクさんの本

同時通訳者のここだけの話

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  • 作者:関根 マイク
  • 出版社/メーカー: アルク
  • 発売日: 2019/02/18
  • メディア: 単行本
 
通訳というおしごと

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文:関根マイク( せきね・まいく)

フリーランス会議通訳者・翻訳者。関根アンドアソシエーツ代表。カナダの大学在学中から翻訳・通訳を始め、帰国後はフリーランス一本で今に至る。政府間交渉からアンチエイジングまで幅広くカバー。著書に『同時通訳者のここだけの話』『通訳というおしごと』(アルク)。ブログ「翻訳と通訳のあいだ」(http://blogger.mikesekine.com/

※本記事は『ENGLISH JOURNAL』2019年11月号に掲載された記事を再編集したもので す。