大学は英語専攻でイギリス留学したのに「英語ができない」!自らの悩みから始まった探求の行方は?

EJ新書 『英語学習法に悩むのをやめる本』 の著者、新多 了さんは、第二言語習得の専門家。なぜ英語教育の研究と実践への道を歩んだのか、英語学習において最も大切なことは何か、などについて、インタビューで語っていただきました。今回は前編です。

吹奏楽部で受賞し、ハワイ演奏旅行へ

子ども時代は英語とはまったく無縁の生活でした。生まれ育ったのは京都ですが、当時の京都はローカルな観光都市という感じで、外国人観光客の姿を見ることもあまりなかったですね。

英語に初めて触れたのは中学校の授業です。教科書を読んで、そこに出てくる単語と文法事項を理解して・・・という典型的な文法訳読式の授業でした。英語は数学や国語と同じ受験科目の一つという感じで、特別感は特にありませんでした。

英語との関係が一変したのは高校時代です。

中学・高校では吹奏楽部に入っていたのですが、高2のときに全国大会で金賞を受賞したことが きっかけ で、ハワイへの演奏旅行に招待されました。それが初めての海外体験です。

1週間弱の短い滞在でしたが、初めて経験する異文化にすっかり魅了されました。中でも、ウェルカムパーティーでアメリカ、オーストラリア、シンガポールの高校生たちと同じテーブルで話したことを鮮明に覚えています。

それが人生で最初の英語コミュニケーションの体験です。もちろんカタコトの英語でしたが、単語を並べて、ジェスチャーを交えながら話してみました。自分の思いが伝わる、そして相手が反応してくれることは、なんて楽しいのだろうと思いました。

英語は単なる「教科」ではなく、コミュニケーションの「ツール」であることを、心から実感した瞬間です。

英文学科で演劇を学んだことが今の仕事に生きている

大学ではとにかく英語ができるようになりたいと思っていたので、国際的なイメージの強い上智大学(文学部英文学科)に進学しました。

大学での勉強が始まると、思い描いていた授業とはかなり違っていました。

今考えると当然なのですが、文学部なので文学に関する授業ばかり。特に最初の頃は英詩の解釈の授業が多くて。難しいし、あまり興味も湧いてきませんでした。

大学の授業で何か興味が持てることはないかなと探していたところ、見つけたのがイギリスなどの演劇を取り上げた授業です。

特に、戦後の現代演劇をテーマにしたゼミは面白かったですね。サミュエル・ベケットの『ゴドーを待ちながら』やジョン・オズボーンの『怒りを込めて振り返れ』など。当時の社会背景も併せて考えることで、演劇が社会を映し出す鏡であることがよくわかりました。

毎回1つの作品を取り上げ、担当の学生が発表し、議論を行う。内容は異なりますが、数十年後に自分が大学でゼミを持つようになったときに、このゼミのスタイルをお手本にしました。

当時は、「なんのために文学を勉強するのだろう?」「将来、なんの役に立つのだろう?」と思っていました。でも、今になってみると、いろいろとよい 影響 を与えてくれている気がします。

英語圏の人たちと話すときには文学作品が話題になることもありますし、何より今、論文や本を書くことにもプラスになっています。

大学での専門分野は、将来の職業と直結しなくてもしっかりと取り組んでおくと、後の人生を豊かにしてくれると思います。

人生を見つめ直し、「英語ができない理由」の解明を決意

大学3年の就職活動の時期が近づいてきたときに、自分がやりたい仕事がまったく思い付きませんでした。

また、英語を専攻していながら、英語がほとんど話せないまま卒業してしまうのも恥ずかしいという思いもありました。

そのため、1年休学して、イギリスの大学に留学することにしました。

当時イギリスでは日本の電化製品が圧倒的な存在感を示していました。それで、将来は電機メーカーで働きたいと留学中に思うようになり、大学卒業後は大手電機メーカーに入社、半導体部品の海外営業部に配属されました。

華やかに世界を飛び回る姿を思い描いていましたが、実際には一日中オフィスで電話とメールをやりとりする日々でした。半導体の知識もなく、会社内の人間関係も不十分で、1つの仕事にすごく時間がかかってしまいます。失敗ばかりで、いつも怒られていましたね。

でも、自分はこので頑張るのだと覚悟を持って入社したので、毎朝、自分を奮い立たせて会社に行っていました。

転機は突然やって来ました。

入社して半年がたったときに、祖母が亡くなったのです。

祖母にはもう何年も会っていませんでしたが、子どものときは一緒に住んでいた時期もあり、たくさんの思い出がありました。

祖母の訃報を聞いた瞬間に思ったのは、「いつかは自分も死んでしまうのだ」ということです。このままこの会社で働き続けた場合、死ぬ瞬間に自分の人生を振り返って、満足のいく人生を送ってきたと言えるだろうか?と自分に問い掛けると、答えは迷いなく「 No 」でした。

翌日には、退社することを上司に伝えました。

「では、自分が本当にやりたいことはなんだろうか?」と考えてみたときに、頭に浮かんだのは「なぜ自分はいつまでたっても英語が苦手なのか?」という疑問です。

ずっと英語を勉強してきて、大学で英語を専攻して、イギリスへも留学したけれど、それでも自分は英語ができるという感覚には程遠かった。その謎を解きたいと思いました。

そんなときに見つけたのが、「第二言語習得」という分野です。自分の知りたかったことを知ることができると思って、一気に視界が開けてきました。

イギリスの大学院で多国籍の学生と学び、演劇鑑賞なども満喫

退社した後、第二言語習得を学ぶためにイギリスの大学院に進学しました。

進学 先に 選んだのは、学部のときに1年留学したウォーリック大学。イングランド中部にある美しい大学です。

シェイクスピアが生まれたストラットフォード・アポン・エイボンにも近く、ロンドンにも電車に乗って90分くらいで行けるので、演劇をよく見に行きました。

イギリスは美術館や博物館も(常設展示は)無料のところが多いですし、ヨーロッパの有名なオーケストラのコンサートも5ポンド(当時のレートで1000円程度)で鑑賞できます。

大学院の英語教育に関する修士課程には100人近くの学生がいて、その多くが英語圏以外の国からの留学生でした。多様なバックグラウンドを持った学生の集まりなので、ディスカッションではそれぞれの国の視点から議論になるのも面白かったですね。

人生最大の奇跡が起こり、夢の研究生活へ

会社を辞めてイギリスの大学院に進学したときは、高校の英語の先生になろうと思っていました。でも、修士課程で勉強するうちにもっと研究を続けたくなって、博士課程に進みたいと考えるようになりました。

でも、問題はお金です。

イギリスの大学院にさらに3年も在籍するお金はなかったので、奨学金に応募することにしました。3年間の学費が免除される上に、毎月の生活費も支給される奨学金です。

大学全体でイギリス人も含めて10人程度の枠ですので、かなりの競争率でした。しかし、なんと受給することができたのです。

今振り返ってみると、自分の人生に起こった最大の奇跡の一つですね。

博士課程の3年間は、朝から晩まで関心のある研究のことを考えたり、関連する文献を読んだり。この期間は、自分の人生の中でも特別な、夢のような時間でした。

▼インタビュー後編はこちら↓

ej.alc.co.jp

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新多 了(にった りょう)立教大学外国語教育研究センター教授。著書に 『はじめての第二言語習得論講義――英語学習への複眼的アプローチ』 (共著、大修館書店)、 『「英語の学び方」入門』 (研究社)、 『英語学習法に悩むのをやめる本』 (アルク)など。現在は、立教大学の新しい英語教育プログラムの開発と運営に取り組んでいる。
写真:山本高裕(編集部)/編集:ENGLISH JOURNAL ONLINE編集部

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