対訳表示が気になる・・・通訳者の職業病とは?【通訳の現場から】

対訳表示が気になる・・・通訳者の職業病とは?【通訳の現場から】

イラスト:Alessandro Bioletti

プロ通訳者の関根マイクさんが現場で出くわした、さまざまな「事件」を基に、通訳という仕事や通訳者の頭の中について語ります。もちろん、英語学習に役立つ通訳の技もご紹介。通訳ブースの中のあれやらこれやら、てんやわんや、ここまで言っちゃいます!

通訳者の職業病

「通訳者の職業病は何か」と聞かれることがあります。特に目立ったものはないけどなあ……と思っていましたが、風呂に浸かりながらゆっくり考えていると、思い当たることがいくつかありました。中には職業病というより単に日常的に意識していることもありますが、今回はそれを紹介します。

まず、基本的に対訳がすごく気になります。例えば映画を見に行って、役者のセリフに対して字幕が大胆な意訳であった場合(字数制限があるので、どうしても大胆な意訳をせざるを得ないのですが)、ほかにどのような表現があるだろうと気になります。すぐにでもスマホを取り出して辞書アプリやネット検索で調べたいのですが、周りの人の迷惑になるのでさすがにそれはできません。友人でも、ドン引きしてしまいますからね。

ですから私が映画を見に行くのは、だいたいもうブームが去って、入れ替え直前の最後の週であることが多いです。劇場内には観客は10人程度しかいないのですが、私は最後列に座って、周りに人がいない状態を作ります。そして、どうしても表現が気になったときは、厚手の上着を頭からかぶってスマホの光が絶対に漏れないようにしてささっと調べます。

そこまでするか、と思うかもしれませんが、どうしても気になってそわそわしてしまうのですよ。だから職業病というのでしょうね。ただし、劇場的には禁止行為です。ですから、本当にどうしてもの場合のみ、そしてほかのお客さんには絶対に迷惑をかけないように細心の注意を払っていることは添えておきたいと思います。

とにかく気になる対訳表示

本もなかなか進みません。英語学習者には「知らない単語はすっ飛ばして、とにかく圧倒的な量を読むことで英語力の土台を構築するべきだ」と私は教えているのですが、言葉を仕事にする立場になると、どうしても細かい部分にこだわってしまいます。

例えば話者は「気乗りしない」という状態をunwillingreluctantとも言えたのに、なぜニュアンス的に強めのloathを使ったのか。何か含みを持たせたかったのか、それとも私が見落としている前後のつながりがあるのか、と気になります。

そもそも通訳者は現場でフリーズ、つまり言葉が詰まって出てこなくなる状態をいちばん嫌うので、一つの単語や表現についてたくさんの選択肢を持ちたいと考えています。映画を見ても、本を読んでも、常に「ほかにどう言えるだろう」と考えてしまいがちです。

たまに外国人客が多い比較的高級なレストランへ行くと、メニューの日本語が、ため息が出てしまうくらい美しい英語で訳されていて、「これを家のどこかに飾っておきたいなあ」と思うこともあります。

料理の説明を訳すのはとても難しいので、毎日目にするところに置いて、自然に見る時間を増やしたいという安易な考えです。似たような話では、たまに寿司屋で見掛ける、寿司ネタ(魚)の名前が日英併記されている湯飲みが欲しい、というのもあります。

いろいろなバージョンがあって、中には素人が作ったような低品質な訳の場合もあるのですが、一度どこかの地方都市でとても質が高いものを見掛けたことがあります。仕事中だったので買えなかったのが残念でしたが・・・。

まあ要は、通訳者は対訳表示に敏感です。美しい対訳には素直に感動しますし、私のように骨董品よろしく身近に置いておきたい人もいるでしょう。

喉の健康管理

健康管理で特に注意していることもあります。人によってアプローチが異なるかもしれませんが、私の場合は夏場にクーラーをつけません。暑くて寝苦しい夜でも扇風機2 台で乗り切ります。

クーラーに長時間あたると喉を痛めてしまいますし、ダルさが残って体にも悪い。水はたっぷり飲みますが、仕事が続く時期はあえて常温に近い水を飲んで余計な刺激を避けます。

喉の潤いといえば、最近は通販で購入できる「のどミスト」が通訳者の間でひそかに話題になっています。ポケットサイズなのでかさばらず、手軽にバッグから取り出してシュッと吹くだけで鼻腔と咽頭を加湿できます。喋れない通訳者に価値はないですし、その意味では喉の状態を良好に保つのはプロの義務。小型加湿器をブース内に持ち込む通訳者もいるくらいです。

お酒が好きな通訳者は多い印象ですが、タバコを吸う通訳者は少ないのではないでしょうか。やはり喉が命ですし、喫煙する通訳者がいたらブース内ではバレバレです。飲食店も自分が選ぶのであれば分煙ではなく完全禁煙の店にするのが基本ですし(そもそも日本の分煙は全然アテにならない)、ニンニク専門店などは問題外です(笑)。

プロによっては、ニラやネギを避ける人もいます。体から臭うのがわかるのだとか。私はニンニクとニラが大好物なので、翌日が休みのときはニンニク丸ごとボイル焼きやニラ玉などを大量に食べています。

あとは、職業病なのか単なる慣れなのかわかりませんが、経験を積むと、大量の資料が届いても、短時間でざっと目を通して重要な点が感覚的にわかるようになってきます。学生的に言えば、「ヤマ勘」が異常に発達します。これはとても役に立つスキルです。前日の夜に100ページを超える資料が届いても、まず物理的に全部を丹念に読む時間はないので、速読のような要領で1ページにつき15~20秒程度のペースでとりあえずすべてに目を通します。

本当に時間がない場合は最後の結論の部分から読むことも。一度通して読むと、重要なテーマやメッセージが自然と浮かび上がってくることが多いのですが、そうでなくてもヤマ勘で要点を絞ってイメージトレーニングをします。このプロのヤマ勘が身に付いていないと、繁忙期を無傷で乗り切るのはとても難しいのではないでしょうか。

この仕事をするようになり、以前に増して、いつでもどこでもすぐに眠れるようになりました。とにかく寝ないと体力回復が追い付かないという現実があるのですが、今はもう体が察してくれているのか、スイッチを切りたいときはすぐに眠れます。

年に数回ほど、とても難しい案件の前夜は今でも緊張してなかなか眠れないこともありますが(例えばこの原稿を書く数日前は資料なしで世界経済フォーラム会長の通訳をしたのですが、前夜は寝つきが悪かったです)、私は基本的には時と場所を選ばずにsleep like a babyな感じですね。

見た目は全然かわいくなく、むしろヨダレを垂らしまくりですが!

関根マイクさんの本

同時通訳者のここだけの話

同時通訳者のここだけの話

  • 作者:関根 マイク
  • 出版社/メーカー: アルク
  • 発売日: 2019/02/18
  • メディア: 単行本
 
通訳というおしごと

通訳というおしごと

 

文:関根マイク( せきね・まいく)

フリーランス会議通訳者・翻訳者。関根アンドアソシエーツ代表。カナダの大学在学中から翻訳・通訳を始め、帰国後はフリーランス一本で今に至る。政府間交渉からアンチエイジングまで幅広くカバー。著書に『同時通訳者のここだけの話』『通訳というおしごと』(アルク)。ブログ「翻訳と通訳のあいだ」(http://blogger.mikesekine.com/

※本記事は『ENGLISH JOURNAL』2019年7月号に掲載された記事を再編集したもので す。