通訳・翻訳者で、エディ・レッドメインやエド・シーランなどの通訳や英語インタビューも行う川合亮平さん。この連載「トーキョー通訳日誌」では、川合さんが体験したリアルな通訳現場のお話を通して、通訳者として成長していくための「仕事のやり方」や「英語学習法」などを教えていただきます。第1回のテーマは「本気で通訳者の道を選んだきっかけ」。川合さんが考える「好きを仕事にする」ために大切なこととは?
こんにちは、川合亮平です。
今回、新しい連載のオファーをいただき、「自分が今一番気持ちを込めて書けるテーマは?」と自分自身に問いかけたときに出てきた答えは『通訳』でした。
僕のこれまでの活動をご存じの稀有(けう)な方がいたとして、「川合といえばイギリス」とか、「英語学習法」というキーワードがもしかしたら浮かぶかもしれないのですが、ここ最近僕が個人的に最もフォーカスしているのは、“通訳者としていかに 進化・向上していけるか?”ということなんです。
ですから、この連載シリーズでは、職業としての通訳者として、通訳ということを語るときに僕の語ることをつづっていくことに決めました。
「通訳がテーマ?通訳なんて興味ないや。そのうちAIがもっと発達すればなくなる職業じゃん」とおっしゃる方もいらっしゃるかもしれませんね。
そんな方々にもお楽しみいただけるような連載にすべく、通訳者としてのリアルな活動をつづることを通して、一般的な意味での仕事への取り組み方や、効果を感じる英語学習法、または日々生きていく上での営業術(?)のような実践的ヒントになるような内容も盛り込んでいくつもりです。
もちろん、なんだかんだでイギリスとの付き合いももう15年以上になりますので、事の成り行きとして“イギリス”関連の話題もちらほら登場することになるでしょう(たぶん)。
では、“前置きはこれくらいにして”(←英語での定型表現は、“Without further ado”と言いますよ )、第1回目の本題へ。2年前、僕が通訳に本気で取り組むようになったきっかけを(初めて)書きます。
“「好き」を仕事にすることとは?”
または、
“最初の一歩を踏み出す勇気”
というテーマとしても読んでいただけると思います。
ある有名字幕翻訳者さんからの一言
今から2年前、2018年初夏の話。
大変お世話になっている方が社長を務める会社の新オフィス・オープンのお祝いの会に招かれました。
そこで出会った1人の方。
腰が低く、とても丁寧で感じのいい方だったのですが、実は洋画業界では誰もが知る劇場版字幕の有名翻訳者の方だったのです(仮にQさんとしておきます)。
Qさんがこれまで手がけた作品の名前を聞いていると、洋画歴代人気ベスト10を発表しているのかというくらい、ハリウッド・メガヒット作のオンパレード。
そんなQさんと自己紹介を交わす中、僕の今後の通訳人生の糧となるであろう衝撃のセリフがQさんの口から飛び出したのです。
「あぁ、通訳されてるんですね。僕は通訳はできないんですよ。字幕翻訳ならできるけどね。翻訳は努力でできるんですよ。でも通訳は才能がないとできない。通訳ができるってことは才能があるんですよ」
念のため断っておきますが、これはQさんの個人的な見解です。
それは僕も百も承知です。
百も千も承知なんですが、Qさんのその言葉を聞いた瞬間、目の前が急にパッと明るく開けたような衝撃を得たのです。
Electric Revelation、つまり“電気的啓示”とでも訳しましょうか。
誤解を恐れずに正直に書きますが、そのとき僕は素直に、
「あ、俺には通訳の才能があるんだ。」
と納得したのです。
単純明快なアホ、または勘違いも甚だしい、と思っていただいて全然構わないんですが(それはおそらく正しいと思いますし)、でもしかし、Q さんのその何気ない一言が、僕が本格的に通訳の道に進むことになる明確なきっかけとなったことは動かせない事実です。
英語の勉強を止めたのはなぜ?
僕は30歳でフリーランスになってから10年以上、主に“英語”と“イギリス”をキーワードにさまざまなお仕事をしてきました。
職業を1つに絞らないということは、自分のポリシーである一方で、ジレンマでもあったんです。
10年以上、“絞らない”と、“絞れない”の間を微妙に行ったり来たりしてる感覚がありました。
通訳を含めいろいろやってるけど、なんだかいまひとつ煮えきらない、という。
実は、20年以上前、19歳のときに、 (英語力ゼロから)大阪の自宅で英語独習を開始した当初の目標は「通訳になる」だったんですけどね。
だけど、その後のさまざまな人生のイベントや、キャリア・チャンスの波の中で、初志は貫徹されずじまいのまま40歳を迎えます(ちなみに、初志貫徹しておけばよかったという気持ちは正直ありますが、別の道を選んだからこそ経験できたことも山ほどあるので後悔はしていません)。
初志貫徹できなかったもう1つの大きな理由は、自身の慢心です。
自分の英語力に満足して「勉強しなくなった」ということ。
そして、英語ができるという変なプライドがあるので、下手に通訳の勉強をして“英語ができない自分・通訳者として未熟な自分”と対峙(たいじ)したくない、という心理からも「勉強しなくなった」。
でも、Qさんの一言で、「才能がある分野を突き詰めるのが本筋であろう」という気付きに至ったんです。
『才能』と『努力』の関係性
Qさんの衝撃の一言(そして、それに対する僕の大いなる勘違い)から1年くらいの間に、通訳者としてやっていく覚悟が徐々に明確になっていき、先日作った新しい名刺の肩書きは、生まれて初めて通訳者“だけ”にしました。
2018年晩夏から再開した本格的英語学習も継続中です。
好きを仕事にする、とか、充実した職業人生というのは何となく華々しいイメージがあったのですが、案外そういうものではなく、「人が何と言おうが自分の才能を信じて、プライドを捨て去って、継続的にコツコツ努力する」という、地味で(ある場合には)泥臭い日常の延長線上にあるものなのかな、と最近では感じています。
古今東西のことわざを引き合いに出すとすると、
虎穴に入らずんば虎子を得ず、No Pain, No Gain、または、案ずるより産むがやすし、という感じです。
抽象的な表現になりますが、「自分の興味があり、自信が少しでもある部分に注力することで人生の燃費が上がりやすい」 とも実感しています。
Qさんの一言から現在までの約1年半の間、僕の通訳人生は前進を遂げました。
次回、連載第2回では、その(ちょっと不思議な)軌跡を追いながら、具体的な通訳のお仕事内容もできる限り書きたいと思っています。
どうぞお楽しみに。
あ、そうそう、ちなみにその後、2回目にQさんとお会いする機会があった際、伝えたんですよ、
「Qさんのお陰で、通訳業に目覚めました。本当にどうもありがとうございます」と。
すると、
「え?そんなこと言ったっけ?全然覚えてないんだけど・・・(笑)でも・・・、それはそうだよね。通訳って才能がないとできないよ」。
はい、わかりました 。
才能を少しでも感じるなら、努力の義務がある、ということだと今は考えています。
それに気付かせてくれてQさん、どうもありがとう。
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文:川合亮平(かわい・りょうへい)
通訳者。エディ・レッドメイン、ベネディクト・カンバーバッチ、マーティン・フリーマン、エド・シーランなど、俳優・ミュージシャンの通訳・インタビューを多数手掛ける。関西のテレビ番組で紹介され、累計1万部を突破した『「なんでやねん」を英語で言えますか?』(KADOKAWA)をはじめ、著書・翻訳書・監修書は現在11冊。
イギリス関連の記事:https://www.british-made.jp/author/kawai