retrodictionって何?「極めて高度な英語力」の獲得には「外向型」より「内向型」が有利な理由

自律的学習者への変身術

学習法や教材を工夫するのも大切ですが、確立されたメソッドや良質の教材だけでは、高いレベルでの外国語習得は難しいでしょう。しかし、「自律的学習者」になれば、おのずと英語力は上がっていきます。語学やそれ以外の学びにも一生役立つヒントを、第二言語習得の専門家、新多 了さんが紹介します。第6回(最終回)は、「過去志向のモチベーション」です。

過去から生まれる学習へのモチベーション

3カ月にわたって続けてきた連載も今回が最終回です。

前々回前回は、未来、そして現在への思いからやって来るモチベーションについて紹介しました。

今回は締めくくりとして、「過去」から生まれるモチベーションについて考えたいと思います。

21世紀社会で求められる力

まず、英語学習のモチベーションとは別の話題から始めます。

小学校の英語必修化や大学入試の大幅な変更など、さまざまな教育改革が進行中です。

その背景にあるのは、20世紀の終わりごろから世界規模で見られる「新しい教育の“かたち”」の模索です。代表的なものに、ACT21sという国際機関が提唱する「21世紀型スキル」(21st Century Skills)や、OECD(経済協力開発機構)の「キー・コンピテンシー」(Key Competencies)などがあります。

それぞれスタンスや力点に多少の違いがありますが、根本的な主張は共通しています。それは、これまでの知識詰め込み型の教育から、どのような社会変化にも適応できる「考える力」を育てる教育への転換です。

現在、小学生である子どもたちの多くが、大学を卒業するころには今は存在していない仕事に就くとも言われています。社会は猛烈なスピードで変化し、学校で学ぶ知識も日々アップデートされます。もちろん、これから社会がどのような方向に進んでいくのか、正確に予測することは困難です。

このような不確実性の高い時代において、どんな社会にも適応できる力、さらに言えば、社会をより良い“かたち”へと自ら変革できる力を育てることを、「新しい教育」は目指しています。

「キー・コンピテンシー」の「相互作用的に道具を用いる力」

「新しい教育の“かたち”」の代表的なモデルの一つとして、「キー・コンピテンシー」(Key Competencies)があります。これは、子どもたちが身に付ける力、3つの能力(コンピテンシー)を指し、その中心には「内省力」が据えられています。

キー・コンピテンシー

“The Definition and Selection of Key Competencies: Executive Summary”に基づく

1つ目の能力は「相互作用的に道具を用いる力」(Use tools interactively)です。

ここで言う「道具」の代表格は、言語とテクノロジーです。まずは自分の母語(例えば日本語)をしっかりと身に付け、できれば外国語(例えば英語)の力も身に付けることが求められます。「道具」ですので、文法や単語の知識として覚えているだけでは不十分で、使いこなして初めて意味を持ちます。

また、さまざまな課題解決のために、コンピューターなどのテクノロジーも活用します。テクノロジーは、うまく利用すれば私たちの可能性を大きく広げてくれます。(ただし、道具に「使われない」ように注意が必要です。詳しくは第2回で紹介した「テックフリースクール」をご覧ください)

「自律性」×「社会性」で成果が上がる

他の2つ、「自律的に活動する力」(Act autonomously)は個人の力「多様な人たちから成る集団で交流する力」(Interact in heterogeneous groups)は他者と助け合って活動する社会性です。

まずは、自分で自分の学びに主体的に関わりながら、個人の力を常に高める努力が不可欠。前々回前回で紹介した未来と現在のモチベーションは、この個人の力と深く関わります。

でも、複雑化した21世紀社会の中で、自分一人だけでできることには限界があります。

そこで、求められるのは他者と協力して活動する力です。それも、自分とは異なる個性・能力・バックグラウンドを持った人と協働すれば、互いの足りない部分を補って、チームとして大きな成果を上げることができます

「内省力」=「過去を振り返る力」が能力の中心

ここで注目したいのは、この3つのコンピテンシーの中心に「内省力」(reflectiveness)が置かれていることです。

内省力とは、深く自分自身を省みる能力。そのときの土台になるのは、自分のこれまでの経験をしっかりと振り返ることです。

この「過去を振り返る力」について、SLA(第二言語習得)の視点から考えてみましょう。

英語学習では、むしろ「未来を予測する」ことに注目が集まりがちです。例えば、「どんな教材・方法を使えば英語ができるようになるのか?」という問いは、未来予測です。誰も無駄な努力はしたくありませんから、当然と言えば当然です。

しかし、未来を正確に予測しようとしても、現実はあまりに複雑でなかなかうまくいきません。例えば、Aさんにとって役に立った教材が、自分にとっても有効とは限りませんよね。なぜなら、Aさんと自分には、これまでの経験、さまざまな能力、やる気、置かれた環境など、無数の違いがあるからです。

「リトロディクション」とは?

未来予測は「プレディクション」(prediction)ですが、過去を振り返ることを「リトロディクション」(retrodiction)と言います。

リトロディクションは、ただ過去を思い出すだけではありません。過去に何がどんな条件で起こったのか、時間経過とともにどのように変化したのかなど、過去に起こったことをさまざまな視点から検討することで、一定のパターンを見つけ出そうとすることです。

もちろん、過去に起こったことが、全く同じ姿で再現されることはありません。でも、似た現象はしばしば起こります。だから、「パターン」を探し出すことで、どんな状況にも適応できる準備をするのです。

SLAでも、「どんな方法で学習すれば英語を身に付けられるのか?」といった「プレディクション型」の研究が主流です。しかし、英語学習者の経験や能力は一人一人違い、置かれた環境も多様であることを考慮すると、正確な未来予測そもそも不可能。

そこで最近は、学習者のこれまでの学習歴を振り返り、何がうまくいった要因か(あるいはうまくいかなかった要因か)を探る「リトロディクション型」の研究にも注目が集まり始めています。

「内向型」が英語学習には有利?!

リトロディクションは研究手法の一つですが、これは「内省的な人」が日頃、実践していることでもあります。

「内省力」は英語学習にプラスの影響を与えます。

例えば、高い外国語能力を身に付けている人たちのパーソナリティーについて調査した研究では、極めて高度な外国語能力を身に付けた人たちの共通点として、内向的傾向が顕著に見られました*1

臆せず他者に話し掛けられる「外向型」の方が、高いコミュニケーション能力を習得できそうです。確かに、ある程度のレベルまではそうなのですが、「極めて高度な」外国語能力に到達するには、内向型、つまり深く考える力が不可欠なのです。

自分の英語学習歴を振り返ってみよう

内省力の点では「内向型」が有利ですが、「外向型」の人であっても、「振り返る力」は少し意識することで鍛えることができます。

その一つの方法として、自分の英語学習歴の振り返りをおすすめします。

私は担当している大学院の授業で、「自分の経験を振り返り、英語を継続して学習してきた理由を説明してください」という課題をいつも出すのですが、これは読んでいて本当に面白いです。

提出されたレポートに書かれた出来事は、例えば「中学校の最初の英語の授業は楽しみだった」とか、「受験勉強のために一生懸命たくさん英単語を暗記した」とか、「留学してアメリカ人と交流し、英語がコミュニケーション・ツールであることを実感した」など、必ずしも珍しいものではありません。

でも、そうした個々の出来事がなぜ起こったのか、そのとき、どのように感じたのか、またそれぞれの出来事がどのようにつながり、現在に至るのかは、一人一人異なっていてユニーク(唯一無二)です。

まさに、学習者のアイデンティティーは、リスト化された「事実」ではなく、「ストーリー」の中にあることを実感します。英語学習をテーマに数十年の人生について語られる言葉(ナラティブ)には、それぞれの人が持っている個性があふれています。

「長期的に考える」ことのメリット

英語学習に限らず、「長期的に考える」ことは、より良く生きるために有効です。試験に失敗した、失恋した、などなど、残念な結果に見舞われたときには、「この出来事は長期的に良い方向に向かうターニングポイントでは?」と考えてみます

私自身を振り返ってみても、その時点では大きな失敗に思えたことが、長期的には良い結果につながった経験がたくさんあります。

例えば、私は大学卒業後、就職した会社の仕事が嫌で半年で辞めてしまいました。当時は、これから自分はどうなってしまうのかと絶望的な気持ちになることもありましたが、そのどん底のときにSLAという分野に出合い、イギリスの大学院へ進学する道を見つけました。

そもそも、順調に働き続けていれば決して開けてこなかった道です。その道を選んだからこそ出会えた人たちがたくさんいますし、選んでいなければアルクの記事を書くような機会も決して巡ってこなかったはずです。

振り返ってみると、そんなことの連続です。英語学習も同じではないかと思います。なかなか上達しないと思い悩むことも、試験に失敗することも、上達への重要なステップ。そう考えると、へこんでも次へ向かうモチベーションが湧いてきます。

つらいときは、長期的な視点(例えば、10年後の自分から見て今の経験はどんな意味があるのか、など)で、自分の人生のストーリーを考えてみる。私が何度も過去を振り返る経験を通じて学んだ、大事な教訓の一つです。

最後に

6回にわたって、SLAの視点から、英語学習(そして、もう少し大きなことにも)に役立ちそうな考えをいろいろと紹介してきました。この連載では、『「英語の学び方」入門』(研究社)の内容をベースに、本を書き終えた後に考えたことを自由に書かせてもらいました。

読んでいただいた方の日々の英語学習にヒントになることがあれば、また、英語学習への意欲が湧いて「自律的学習者」に近づくことに少しでも役立っていればうれしいです。

またぜひどこかでお会いしましょう!

学習で最も大切なことが分かる本『「英語の学び方」入門』

新多 了さんの著書『「英語の学び方」入門』は、英語の「学び方」を知る教科書です。一日で読めて一生役に立つ、英語学習の必須知識が身に付きます。

「英語の学び方」入門

「英語の学び方」入門

  • 作者:新多 了
  • 出版社/メーカー: 研究社
  • 発売日: 2019/08/22
  • メディア: 単行本
 

新多了

文:新多 了(にった りょう)

立教大学外国語教育研究センター教授。著書に『はじめての第二言語習得論講義――英語学習への複眼的アプローチ』(共著、大修館書店)、『「英語の学び方」入門』(研究社)など。現在は、立教大学の新しい英語教育プログラムの開発と運営に取り組んでいる。

編集:ENGLISH JOURNAL ONLINE編集部

*1:Ehman, M. (2008). Personality and good language learners. In Griffiths (Ed.), Lessons from good language learners (pp. 61-72). Cambridge: Cambridge University Press.