お茶の水女子大学が2020年度からトランスジェンダーの学生を受け入れると発表したり、ロバート・キャンベルさんが同性愛者であることを公表したり、スカーレット・ヨハンソン(ジョハンソン)さんが批判を受けて映画『Rub Tug(原題)』のトランスジェンダー男性の役を降板したり、ドイツで「第三の性」としての登録が認められたりするなど、国内外でLGBT(※1)やSOGI(※2)に関するニュースを見聞きすることがますます多くなっています。その中で、世界では、「男女」の区分にとらわれない新しい英語表現が広まっています。タレントで文筆家の牧村朝子さんに教えていただきましょう。
※1 LGBT:Lesbian(レズビアン)、Gay(ゲイ)、Bisexual(バイセクシュアル)、Transgender(トランスジェンダー)。セクシュアル・マイノリティーを指す言葉の一つだが、実際はもっと多様な在り方がある。
※2 SOGI:Sexual Orientation](https://eow.alc.co.jp/search?q=orientation) and Gender Identity (性の指向と性のアイデンティティー)。セクシュアル・マイノリティーだけでなくすべての人にそれぞれ異なる性の在り方があるという考え方を表す。
目次
男女二元論は絶対なのか?
「人間は、男か女の二種類だ。HeかSheかに分けられる」
この考え方を、男女二元論(gender binary)と言います。
ですが人間は、2種類どころか千差万別。
「Sheで呼んだら、Heだと訂正された」
「マツコ・デラックスさんを英語で説明するときは、She?それともHe?」
英語を学び、使う上で、こんなふうに頭を抱えることもあるのではないでしょうか。
そこで今回は、「男か女か」の2色より、もっとカラフルにあなたの英語表現を彩る表現をお伝えします!(マツコさんがSheなのかHeなのかは、記事の最後で!)
HeでもSheでもない、単数形のthey
HeかSheかでは表現しきれない人の生き方を、どう英語で言えばいいか?ひとつの解決策として、単数形のthey(singular they)という文法が広まりつつあります。
これは、性別を限定しない代名詞。日本語の「その人は」に近い感覚で使えます。
They are proud of themself.
その人は自分を誇りに思っている。
※まれにThey isと表記する場合も。
Their preferred pronouns are “they/them/theirs.”
その人が自分を指す代名詞は「they/them/theirs」だ。
単数のtheyを使う場合の文法はこちらです。
- 動詞の活用は三人称単数(He/She)と同じ。
- ただし、be動詞は複数形の形(are/were)になることが多い。
- 本人を指す再帰代名詞は、themselvesではなく、単数のthemselfになる。
こうした用法は、少なくとも19世紀から議論されている、歴史あるもの。
「Oxford や 「Merriam Webster」」といった有名辞書の公式サイトや、出版業界人向け文法・表記マニュアルである「The Chicago Manual of Style(CMOS)」、報道記者向け文法・表記マニュアルである「AP Stylebook」にも収録されています。
男女二元論にとらわれないnonbinaryな英単語
Masculine | Feminine | Nonbinary |
---|---|---|
father | moter | parent |
son | daughter | child |
brother | sister | sibling |
niece | nephew | nibling |
uncle | aunt | pibling (parent’s sibling) / auncle* |
boyfriend | girlfriend | steady |
husband | wife | partner |
いかがでしょうか。特に*印の「nibling/pibling/auncle」については、聞いたことがないという方が大半だと思います。まだ生まれたばかりの、辞書にはまず載っていない単語です。
このような「辞書にはないのだけれども使われている」という単語は、他にもたくさんあります。もっと調べたい場合は、「nonbinary vocabulary」で検索してみたり、nonbinaryな英語話者に聞いてみたりするといいでしょう。
続いては、nonbinaryな敬称についてご紹介しましょう。
Mr.やMs.などのbinaryな英語の敬称と、nonbinaryな敬称
表記 | 読み方 | 対象 |
---|---|---|
Mr./Mr | ミスター | 男性 |
Ms./Ms | ミズ | 女性 |
Miss | ミス | 未婚女性 ※特に相手が望まない限り、使わない方が無難です(女性だけを結婚経験で区別するような表現であるため) |
Mrs./Mrs | ミセス | 既婚女性(相手と離婚・死別した人も含めて) ※同じく、相手が望まない限りは使わない方が無難です。 |
Dr./Dr | ドクター | 医師はじめ、博士号保持者 |
Prof. | プロフェッサー | 大学教授 |
Mx./Mx | ムクス、ミクス、エム・エクス | 自分が男であるとも女であるとも言い切りたくない人男女の区別にとらわれない考え方をする人 |
敬称Mx.は、2015年にOxford English Dictionaryに収録されたことで有名になりました。この敬称を芸名に入れて活動する、Mx. Justin Vivian Bondというシンガーソングライターもいます。
余談ですが、性の多様性だけではなく、文化的多様性を考えて敬称を付けることも増えてきています。日本語と英語を両方話す人同士でも、「-san」「-sama」などを使うことはありますよね。2017年のBBC報道によれば、国際的金融グループのHSBCは、Mr./Mrs./ Ms./Mx.に加え、例えば次のような敬称を顧客が選択できるように準備したということです。
- M.(フランス語の敬称、Monsieurの略)
- Ser.(ラテンアメリカ系の敬称)
また、「社会的性別も文化的背景も私の一部にすぎない。私は私だ」という考え方から、次のような敬称も生まれてきています。
- Ind.(Individualの略)
- Pr.(Personの略)
nonbinaryな代名詞や敬称、実際はどう使われている?
さて、ここまでで、次のような英語表現を見てきました。
- 単数のthey(singular they)
- 関係性を表す語彙(parent/childなど)
- 敬称(Mx./Pr.など)
最後に、こうした表現が実際にどのように使われているか、具体例を踏まえ、注意点をまとめていきます。
代名詞を表明するバッジ
カラフルな丸いものに、「they」「he」「she」と書かれています。いったい、何だと思いますか?これは、pronoun badge(代名詞バッジ)と言われるもの。それぞれ自分に一番しっくりくるバッジを身に付け、「私を指す代名詞はこれです」と表明するのです。この他、「Ask me(聞いてみて)」「Please use my name(名前で呼んで)」などといったバッジもあります。2016年には、アメリカのカンザス大学で配布されました。
また2018年には、イギリスのブライトン&ホーヴ市役所で配布されました。
メール署名でも代名詞を表明
では、バッジを見ることができない、インターネット上ではどうでしょうか。最近では、メールの署名に「PP:」「Pronouns:」「PGP(preferred gender pronounの略):」などと書き、自分の代名詞を表明する習慣も生まれてきています(下の画像は実例を基にした架空のものです)。
Facebookでも選択肢が多様に
Facebookでは、「設定(Settings)>連絡先と基本データ(Contacts and basic info)>性別(Gender)」欄から、自分の思う自分の性別を自由記入できるほか、代名詞も選択できます(2018年7月現在)。
日本語でも選択可能ですが、うーん、まだ、英語を直訳しただけっていう感じ。
2014年には「英語版Facebookの性別欄が58種類に!」というニュースがあちこちで流れましたが、2018年7月現在は完全に自由記入できるようになっています。複数書くこともできますし、公開範囲も選べます。
でもなぜか、恋愛対象は、男性/女性からしか選べません。
「両方選ぶ」、もしくは「どちらも選ばない」ことなら可能なようです。
性別にまつわる英語表現の注意点
最後に、性別にまつわる英語表現を実際に使っていくときの注意点を大きく3つにまとめます。読んで、「自分だったらどの代名詞かな?」ということ、また冒頭の「マツコ・デラックスさんを英語で説明するときはどうする?」ということを考えてみてください。
以下の注意点は、私からあなたに「これらが正しい」と押し付けることはしませんが、「お互い愛想笑いしなくていい関係を作りやすい」対話方法であることは確かです。
(1)「どうせこうだろう」と決めつけず、本人の意思を尊重する
人を見た目で判断しない、というのは、性別に限った話ではありませんが……。誰かと知り合ったときは、できれば自分の意思を表示し、本人の意思を確認し、尊重しましょう。
My preferred pronouns are she/her/hers. What are yours ?
(2)カテゴリー全部に適用しないで、個人個人を分けて向き合う
One size doesn’t fit all.という英語の慣用表現がありますね。「あるサイズの服がみんなに合うわけじゃない」、要するに、「あの人がそうだからといってこの人もそうとは限らない」ってことです。
例えば、「ゲイバーに遊びに行ったら、Heで呼んでほしいという女装の人に出会った。ゲイバーのお客さんはみんなそうでしょ?」なんて、思わないこと。
どんな場合も(1)に戻り、「私はこうです。あなたはいかが?」という向き合い方をしましょう。
(3)「男・女・LGBT、じゃない」ということを知る
- 「男はHe」
- 「女はShe」
- 「LGBTは単数のThey」
こんなふうに考えている人が、英語ネイティヴでも、いたりします。間違いです。
- 「自分は女性で、LGBTのB、バイセクシュアルだ。Sheで呼んでほしい」
- 「自分は男性だし、LGBTではない。けれど、人間を男か女かで分けない考え方をしている。Theyで呼んでほしい」
- 「自分は男性でも女性でもない。自分をLGBTだとも思わない。けれど、周りの人にHeと呼ばれて生きてきたことは自分の一部だ。Heで呼んでほしい」
こんなふうに、いろんな人がいます。
- 本人の自認する性別(Gender identity)
- 本人が自分をLGBTだと思うかどうか(Self-identified as LGBT or not)
- 本人の使う代名詞がHeかSheかTheyか何なのか(Preferred pronouns)
これらはそれぞれ、別のことです。
よって、マツコ・デラックスさんがHeかSheかTheyか何なのかは、「本人に聞きましょう」ということになりますね。直接聞けない場合、代名詞を使わず名前で書くか、本人の著書などを確認することになります。
自分の母語ではなかなか考えないことを、考えるきっかけに出会える。これもまた、外国語学習の醍醐味です。あなたなら、どのバッジを付けるでしょうか?