井上陽水さんといえば、ひと昔(?)前なら平成元年からテレビで放送された自動車(日産セフィーロ)のCMでの「お元気ですか?」の人。時代をさらにさかのぼれば、日本フォーク界の第一線で活躍、日本初のミリオンセラーアルバムを出したシンガーソングライター。そんな陽水さんの名曲の数々が英訳され、英訳詞集として発売されました。
- 作者: ロバートキャンベル
- 出版社: 講談社
- 発売日: 2019/05/16
- メディア: 単行本
日本語話者にも分かりづらい歌詞を、どう英訳する?
井上陽水さんといえば、かぐや姫、グレープ、松山千春さんなどとともに、1970年代後半の日本のフォーク界を牽引した方。3枚目のオリジナルアルバム『氷の世界』が、日本史上初めてLPレコード100万枚突破という記録の打ち立てた方でもあります。当時を生きてきた人であれば、知らない人はいないミュージシャンと言っても過言ではありません。
そんな大御所の歌詞の英訳詞集が出版されました。翻訳したのはアメリカ出身の日本文学者ロバート キャンベルさんです。
キャンベルさんは2011年、「感染症内膜炎」という病を患い、ひと月半の入院生活を余儀なくされ、入院中に井上陽水氏の歌詞を一日1曲、英訳することに 取り組み 始めます。
「生と死、虚実と被膜のあいだ、陽水さんはそういう場所が好きらしい。大勢で踊らせない、心で鳴る音楽ですから場所も時も選びません。 そもそも 踊れる状態ではないし、揺れることすらままならない。ならば、彼の歌詞を訳してみよう」
陽水さんが書く歌詞は、日本語を母語とする人が読んでも意味が曖昧に思える部分が多く、ふわふわとメロディーの上を漂う印象があります。それを英語にしようとしたとき、キャンベルさんは根本的な問題に突き当たりました。
「日本語で生活している日本語話者にとっても分かりづらい歌詞世界が、英語というフィルターを通すことで現出する瞬間、私はそれを英訳しながら何度も味わうことになりました」
「陽水さんの歌詞で『主体』はどこにあるのか?『私』とは誰なのか? そもそも 『私』がここにいなければならないのか?」
昭和、平成の名曲を英語のフィルターを通して味わう
キャンベルさんは本書の前半で、陽水さんの歌詞の特徴ともいえる、「曖昧な隙間」を埋める苦労を、前述のように語ります。一つ、そしてまた一つと、その解を見出し、ときに陽水氏本人に意見を請い、完成した50編の英詩は、陽水さんの楽曲に親しんできた人であれば、これまでの解釈とは違う新しい視点がきっと得られるはずです。
本書の構成は3部構成。訳詞に向かうまでのキャンベルさんの心情、実際の訳詞の苦労と陽水さん本人との意見交換の様子(ラジオ番組の対談が基になっています)、そして、本書のメインともいえる、50編の詩を日本語と英語の見開きで紹介する章です。
訳詞されているのは、陽水さんのデビューアルバム『断絶』(1972年)に収録されている『傘がない』『人生が二度あれば』から、オリジナルでは直近の『魔力』(2010年)に収録される『覚めない夢』まで。昭和から平成を生きた人であれば、一度は耳にしたことのある曲が一つは含まれているはずです。
余談ですが筆者が子どもだったころ、母が大の陽水ファンで、どこに行くにも車中では彼の歌が流れていました。そのため、1970年代の彼の楽曲のほとんどを歌うことができます。
どの曲も個人的な記憶とつながっていて懐かしさいっぱいですが、1曲だけ挙げるとすれば『人生が二度あれば』でしょうか。親戚のおばあさんを車で送迎しなければならなくなり、そのおばあさんを車に乗せる直前に、母が「聞かせてはまずい」と慌ててオーディオの再生を停止したのを鮮明に覚えています。
If We Could Live Life Again(人生が二度あれば)In February my dad turns sixty-five.His face gets wrinkled more with time.Hounded by work ,these days at last he has some time for himself(1972年)歌には「父」に続いて「母」も出てきました。陽水さんが描く短い人生の悲しさは、子どもの私にも目に浮かぶほどでした。
そんな昔のことなんて知らないよ!という方でも、安全地帯に提供した『ワインレッドの心』、報道番組『筑紫哲也 News 23』のエンディングテーマとなった『最後のニュース』、陽水さん最大のヒット曲『少年時代』や、女性デュオPUFFY(パフィー)に提供した『アジアの純真』など、知っている時代の曲があるのでは?(カラオケで歌った!という人もいるかもしれませんね)
お気に入りのヒット曲が英語でどのように表現されているのか、皆さんも確かめて味わってみてはいかがでしょう。
- 作者: ロバートキャンベル
- 出版社: 講談社
- 発売日: 2019/05/16
- メディア: 単行本
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- メディア: 単行本
ロバート キャンベルさんの書籍関連講演
ロバート キャンベルさんが、7月18(木)、日本大学文理学部本館で、公開講演「母語話者を 前提 としない翻訳――『井上陽水英訳詞集』の執筆で気づいたこと――」を行うそうです。サイン会もあるとのこと。
▼ロバート キャンベルさんの講演会の詳細はこちら!
www.chs.nihon-u.ac.jp文:山本高裕(GOTCHA! 編集部)
高校の英語教師を経て、今は編集者として、ときに写真家として活動中。陽水さんの名曲『氷の世界』はよくカラオケで歌った。
SERIES連載
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