最近、「教養」が見直されてきています。実用とは無関係と見なされることもありますが、世界のビジネスパーソンや政治家なども、文学、哲学、歴史といった教養を重んじます。古典を知らずして新しいアイデアは湧いてこないことをよく知っているからです。また、幅広い教養や物事の見方を身に付けられる美術史も重要とされています。「英語でアート」を学べるスクールを主宰する宮本由紀さんに、美術とビジネスの深い関係をひもといてもらいましょう。
「リベラルアーツ力」「グローバル教養力」とは
前回の記事 では、これからの時代を生き抜くためのヒントは「アート」にあると書きました。広く言うと「リベラルアーツ *1 」、ピンポイントだと「西洋美術史」です。
リベラルアーツや西洋美術史を通して身に付けるべき力は、次の3つです。
(1) 人間力
(2) オンリーワンになれる知識やノウハウ
(3) 英語コミュニケーション力
これらを総合したものが「リベラルアーツ力」または「グローバル教養力」です。
今回は、この (1) と (2) について、どのような力や知識なのか、どうやって身に付けるかなどを詳しく見ていきましょう。
「人間力」が必要な理由
真のグローバルパーソンになるには、英語以前に「人間力=人間的な魅力」がなければなりません。これは、多様性を受け入れる寛容さを持ち、相手の価値観を理解し、また、自分の考えも伝えることができ、対等にコミュニケーションが図れることを指します。
人間力がある人は、必ずと言っていいほどリベラルアーツに長けています。人間的な幅があるので、人種や国籍、文化が違う相手の信頼を得ることができるのです。
自分の考えを 主張する には、まず相手を理解しなければなりません。そのためには、歴史、文化、習慣、宗教観、政治・経済など、相手の背景に関する広い知識が必要です。海外では特に、お互いにコミュニケーションが取れるかの 判断 は、「価値 基準 を自分が信頼できるレベルで共有できるか」に重きが置かれています。自分と同等の教養レベルがない、同じ視点から話ができない、と 判断 された時点で信頼を失うケースもあります。
リベラルアーツが人間を豊かにする
そこで、出発点として私は、「西洋美術史」を軸とした「リベラルアーツ」を学ぶことを提唱しています。歴史、宗教、哲学、文学、音楽など、別々に勉強するのもいいですが、もし少しでもアートに興味があるのであれば、その「好き」を通した方が内容が断然、面白く感じられます。全てを網羅する西洋美術史は絶好の切り口です。
西洋美術史を通して世界を知ることで、自分自身が豊かになり、偏見をなくし、あらゆる視点から物事を見る習慣が付き、本物を見極める力が備わり、寛容力が付き、最終的には自分の人間力が高まります。さまざまな考えや価値観に触れ、広い心で受け入れる。ボーダーレスに生きていくには、まずは寛容になることが大事だと思うのです。
「自分軸」がないと意見が言えない
もう一つは、人間力にも関わることですが、海外の方と対等にコミュニケーションを取るには、「自分軸」となる価値観が必要です。
リベラルアーツを学ぶ、 すなわち 、専門以外のさまざまな分野を横断的に広く、ある程度深く、掘り下げて考えていくことは、自分の知識や思考を広げ、多面的に物事を捉えられる基盤を自分の中に作ることにつながります。この基盤は例えば、自分の宗教観、仕事や生き方に対する哲学、善悪や美や愛に関する 基準 などです。この基盤さえしっかりしていれば、世間に振り回されることなく、物事を 判断 できる揺るぎない自分が確立されるでしょう。
例を1つ挙げますね。
私が主催する美術史や美術鑑賞の対話型の講座では、絵画を生徒さんに見せ、「どう思うのか」を質問します。最初は、質問が抽象的で単純であればあるほど、答えに困る方が多いです。絵を見て、何がこの作品の特徴なのか、例えば色や構図などの要素なのかを即座に答えたり、または自分にとって何が一番心に響くのか 例えばドラマ性などの内容に面白さがあるのか、あるいは全体の雰囲気なのかを すぐに 捉えて簡潔にまとめて話したりするのは、そう簡単ではありません。自分に自信がないとなかなか堂々と発言できないのです。その自信につながる「軸」をアートで養おうと私は提唱しています。
個人の体験だけでは「オンリーワン」になれない
自分軸を持って「オンリーワン」を目指すなら、広範な知識を得て、その広い知識の海からオリジナルなアイデアを生み出す力を付ける必要があります。実社会は学校とは違い、誰かが「正解」を教えてくれるわけではありません。自ら正解のない問いに答えなければならないのです。
どうすれば自分だけの答えを見つけることができるのでしょうか?
実は、オリジナルなアイデアを生み出す力は、個人の体験をベースにするには限界があります。必要なのは基礎学問の知識であり、時代を超えて受け継がれてきた普遍的な事象や言葉を学び、考えることなのです。
キーワードは「古典」です。100年、1000年、何千年と残っている言葉には、それ相応の理由があります。聖書や古代ギリシャ哲学、ギリシャ神話に書かれていることは、現代人にもとても参考になります。また、100年前の言葉であっても、その言葉が現在まで伝わっているということは、それだけ人に 影響 を与え続けてきた証拠ですから、価値があります。
「学びは人生そのもの」
私が大学時代にアートを勉強していたときに出会った言葉「Education is not a preparation for life; education is life itself.(学びは人生の準備のためではなく、学びは人生そのものなのです)」は、20世紀前半に活躍した哲学者で教育思想家のジョン・デューイ氏のもので、今もなお、私を支え続けている大切なフレーズです。私の活動の根幹にはこの思いがあり、主宰するスクールの理念にもなっています。
この言葉に巡り合ったのは、いったん社会人になった後、アメリカの大学に美術史専攻で入り直したころでした。日本に住む友人に「仕事に直結しない学位を取っても無意味。授業料がもったいない」と言われ、違和感を抱いていた私に、デューイ氏の言葉は勇気と自信を与えてくれたのです。自分は誤った選択をしたわけではないと確信でき、ますます学びに意欲的になれました。
教養を深めると、それだけ人生が豊かになり、回り回って仕事にも役立つ日が必ず来ます。スティーブ・ジョブズ氏もスピーチで話していましたよね、「無駄な学びなど一切ない」と。教養、学びこそが、ますます複雑化する社会にいる私たちを基本に立ち戻らせてくれて、そこから新たなものを創造する力や問題を解決する力を私たちに与えてくれます。
新しい発想をするために必要なこと
現在の日本企業が製品やサービスの新規開発などで欧米企業に遅れをとっているのは、大学と企業が即戦力となる実学に力を入れてリベラルアーツを軽視し、皆の視野が狭くなったからではないでしょうか。
アートを軸にして学ぶ古典なんて「何の役にも立たない」と思われるかもしれません。しかし、欧米に行くと事情は違ってきます。 そもそも 斬新なハリウッド映画でさえ古典的思想がベースになっている場合が多々ありますし、古典的な哲学書を参考にされているビジネスパーソンも結構います。教養的な知識から、ビジネスに幅広い新しい発想を取り入れているのです。
社交もビジネスの一部
また、国内でも同じですが、海外の人と仕事をする上では特に、実務だけでなく「社交」もとても大切です。海外での社交の場に対応できるようになるためにも、リベラルアーツや幅広い教養を身に付けておく必要があります。
私が以前住んでいたアメリカは「パーティー大国」です。アートの世界でもそれ以外のビジネスの世界でも、また、公的なものでも私的なものでも、レセプションやパーティーやディナーが頻繁にありました。このような機会が多いため、「社交」を避けて通ることはできません。
このような社交の場で、あなたは現地の方々と何を話し、何を質問するでしょうか。多人種、多国籍、多宗教、多文化な場において、どう振る舞えばいいのでしょうか。その場にいる唯一の日本人だからと、周りの人が日本に興味を持った振りをしたり、日本食や日本の歴史についての質問をしたりするとは思えません。
このようなときのためにも、共通の話題となり得るリベラルアーツを学び、さらには、共通の話題がない状況でも対応できるくらいに自分の幅を広げておくことが必須になってくるのです。
グローバルにボーダーレスに活躍するためにリベラルアーツを学ぶことは、遠回りに見えて、実は一番最短な方法なのかもしれませんね。
次回は、「英語」にフォーカスし、「英語でアート」のさまざまな効用をお伝えする予定です。
リベラルアーツを学べる本と講座
リベラルアーツを学んでグローバル教養力を身に付けるための、宮本由紀さんの本(共著)と講座を紹介します。
海外のビジネスエリートとアートを語れるようになる本
アーティストたちのたくましい生き方を知って元気になれる本
「自分軸」を身に付けるための講座を開催
Art Alliance (アート・アライアンス)では、英語とリベラルアーツを両方学べる多様な講座が開催されています。
文:宮本由紀
Art Alliance 代表。「英語でアート」(西洋美術史、美術英語)講師。国内外で展覧会を企画。 ヒューストン大学美術史学科卒(学士号)、セント・トーマス大学大学院リベラル・アーツ(美術史)科卒(修士号)、ヒューストン美術館ヨーロッパ美術部門インターンシップを経て、同美術館リサーチライブラリー勤務。日米アーティストのエージェントも務める。共著に『英語でアート!』(マール社)。
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