約3カ月ぶりに茂木健一郎さんのコラム連載が復活しました!第10回は、切っても切れない、いや、切るべきではない「日本人」と「英語」の関係についてお話しいただきます。
日本人を取り巻く状況は変わりつつある
日本人はなぜ英語が苦手なのか。
少なくとも、実態はともかく、苦手だというイメージ、苦手でも仕方がないという「諦め」があるのか。
言語として英語と日本語が遠いことなど、いろいろな要因があると思うが、もっとも根本的な理由は、気持ちの問題だと思う。
つまり、ほんとうの意味では、英語をやる気になっていない(やる気になってこなかった)のである。
脳の働きから見れば、感情のシステム、ないしは、身体性。
理屈では英語が必要なことはわかっているし、英語をやりたいと「理想論」を唱えもするのだけれども、「身体が動かない」のである。
なぜそうだったかと言えば、これまでの日本では、英語を学ぶことは「オプション」で、より良い生活をするために必須ではなかったということが大きかったと思う。
日本国内のマーケットにそれなりのサイズがあったため、英語は大学入試など、日本国内の「ポジション取り」のため程度にやればよくて、それ以上は本当にやる必要がなかったのだと思う。
むしろ、企業でも、官公庁でも、下手に英語がペラペラで世界情勢に通じている「国際派」よりも、国内で泥臭く仕事をして、人脈を積み上げてきた「国内派」の方が出世する、といった事情があったのだろう。世界の中で普遍的な価値を持つ学問を標榜しているはずの大学でさえ、そうだったかもしれない。
むしろ、日本人の中には、英語が妙にできる人を警戒する、そういった気分さえあった。
日本人は、英語を本気では必要としてこなかった。
これまでは。
経済のグローバル化と、日本経済を取り囲む状況の変化により、日本人が「建前では英語が大切だと言いながら、本音では真剣に取り組もうとしない」という状況が変わりつつあると実感する。
問題は、そのような未来の感情、身体性を先取りできるかどうかだ。
世界における日本の役割が変わってきた
世界の情勢を客観的に見てみよう。
かつて世界第2位の経済大国だった日本は、中国に抜かれ、今後さらにインド、インドネシア、ブラジルなどにも抜かれるだろうと予想されている。
世界でも有数の読書大国であった日本では、出版物も日本国内市場だけを考えていればとりあえず成立していたが、本の売上げの縮小により、そうもいかなくなってきている。漫画のように、最初からグローバルな市場を見込んだ分野の方が、羽振りが良い。
テレビは、長らく国内市場に特化してきたが、だんだん苦しくなってきた。HuluやNetflix、Amazonプライム・ビデオなどの「黒船」が、予算をたっぷりかけたコンテンツを引き下げて攻勢をかけてきている。
日本の大学の国際ランキングの低さがショックを持って報じられたのは少し前。最近では、日本の大学は国内ランキングという「別枠」で評価した方が良いのではないかという、半ばあきらめの、しかし国内市場ではそれなりの意味のある動きも出てきている。そもそも、日本の大学を評価する上で用いられてきた「偏差値」は、その本質において国内基準の(ドメスティックな)数値だった。
企業活動において、生産拠点は中国、台湾、さらには他のアジア諸国へと分散し、ITや人工知能などの分野においても、市場の大きさを背景にした中国の存在感が抜きん出てきた。そんななか、日本経済は世界の経済的結び付きという「マトリックス」の「ハブ」の一つとして位置づけられ、活動していくしかない。
このように、さまざまな分野において、日本の役割は、圧倒的な存在感を持つ経済大国という位置づけから、次第に世界のネットワークの中の一つの結節点へと変化してきている。
だからこそ、建前だけでなく、本音でも、英語をやらないとまずい、という時代になってきているのだ。
英語の必要性について考えてみよう
英語は、世界というネットワークを生きていく上で必須の「潤滑油」である。今や英語を話すのは英語を母語とする者だけではない。世界のさまざまな地域の人たちが、よりよい生活を求めて、必死になって英語を学び、使っている。
日本人だって、もはや悠長に構えている場合ではない。受験英語と実際の英語は違いますなあ、などと評論家を気取っていても仕方がない。
グローバル化の中で、日本人が不安になっているのはわかる。これは自然な感情の反応だ。その不安を乗り越えるためには、英語を、建前ではなく、本音でやるしかない。
英語学習について、日本人の課題は、たった一つ。いかに感情のレベルで本気になるか、自らの身体性と結びついたリアルな努力をするか、それしかないと思う。
この一点だけをクリアすれば、結果はついてくる。自然に読み、聞き、書き、話せるようになる。英語が、よりよい生活へのパスポートだと本気で思ったら、全力でやるようになる。
本稿を読んでくださった方には、ぜひ、英語をどう学ぶかとかそういう技術論ではなく、今の世界の情勢を眺めて、また自分の胸に手を当てて、よくよく、英語の必要性について考えてみてほしいと思う。
その結果、いや、本音では自分には英語は必要ないな、と思ったら、今まで通りの生活をしていて構わない。
もし、今まで英語をやらなくちゃというのは「建前」だったけれども、自分の胸の中で、「建前」のやる気が「本音」の焦燥感に変わる気配を感じたら、その方々は、ようこそ、本気の英語学習ワールドへ。
英語意欲が、「建前」から「本音」へ。
この感情変換にさえ成功すれば、後のことは些事(さじ)に過ぎないのです。
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