言語学者アン・クレシーニさんの連載「今よみがえる 死語の世界」第6回。今回は、飲み会の場などで使われた「(お先に)ドロンします」について考えます。英語で言うとしたらどんな表現があるでしょうか。また、若者言葉ならどうなるでしょうか。アンちゃんと一緒に考えてみましょう。
目次
飲み会でよく聞いた昭和の言葉
私が25年前に初来日したときに、驚いたものが山ほどありました。和式トイレ、温泉、家の寒さ、話すお風呂・・・。そして、飲み会です。アメリカでも、仕事が終わった後に同僚と飲みに行くことはもちろんありますが、大勢で定期的に、数時間食べたり飲んだりするというのは聞いたことがありません。
当時、お酒を全く飲まない私は、飲み会に大いに困っていました。お酒を飲まないから、みんなと同じ5000円を払いたくない気持ちが強かったですし、同僚たちのことは好きでしたが、家でのんびりと映画を見ることの方がずっと楽しく思えました。でも、飲み会にはなるべく参加した方がいいと、何となくは理解していたので、忘年会や歓送迎会などの大きなものには参加していました。
日本に長く滞在するうちに、飲み会にはいわゆる「ノミュニケーション」の役割があることを知りました。つまり飲み会は、普段は本音で話さない同僚と本音で話すチャンスだと分かったのです。
ちなみに、今は飲み会が大好きです!お酒も同僚と本音で話すことも、とても好きになりました。でも、当時の私は早く家に帰って、旦那とテレビを見たいなあと思っていました。もし、もっといろいろな日本語を知っていたら、格好良く忍者ポーズを決めて、「お先にドロンします!」と言っていたかもしれません。
「お先にドロン?懐かしいな!」と思った人はいると思います。今回は、この昭和の定番セリフを解説していきます。
今日もアンちゃんと一緒に死語の世界を楽しみましょう!
「ドロンします」の語源は?
この表現が最もよく使われていたのは1980年代だそうです。意味は「帰る」「帰宅する」「出る」などです。初めてこの表現を聞いたとき、カタカナ言葉が大好きな私は、「『ドロン』ってどういう意味?空を飛ぶ『ドローン』じゃないよね?」と思いました。でも、「ドローン」は母音が長いですし、80年代に「ドローン」は一般的ではありませんでした。
実はこの「ドロン」は、元々は歌舞伎用語なんだそうです。歌舞伎などで、幽霊が姿を消すときの効果音で、それが「姿が消える」という意味で一般的に使われるようになりました。
他の死語と違って、平成以降に生まれた人でも、この単語の意味を知っている人は多いかもしれません。自分で使うことはないかもしれませんが、多くの人は少なくとも「(テレビなどで)聞いたことがある」と答えると思います。ただ、飲み会で忍者のポーズを取って「お先にドロンします!」と言うと、周りの若者がドン引きする可能性はかなり高いでしょう。
ところで、今、とてもはやっている「み」ファミリーをご存じですか。「つらみ」「ヤバみ」「おもしろみ」など。元々、単語を名詞にする役割があった若者言葉ですが、今やどんな言葉にもくっつくそうです。
ついていけなみ
くたくたみ
強いらしみ
ママみ
思ったみ
「マジで?聞いたことがない!」と言いたい人が多いのでは?はい、私も知りませんでした。そして「今から帰るみ」も使う人がいるそうです!
この「み」は、何かを軽く言いたいときに使うそうです。若い人は人を傷つけたり、人に傷つけられたりという摩擦を避ける傾向があるため、この「み」を使うことで、自分の気持ちを軽く相手に伝えたいときに使うと考えられています。
忍者のポーズで「お先にドロンします!」と言うのと、「今から帰るみ」と言うのとでは、ひょっとしたら使い方が似ているのでは?と思いました。
今度、大学を出るときに「今から帰るみ」と言ってみましょうか・・・。
「ドロンする」って英語でなんて言う?
では、「今から帰る」や「お先にドロンします」は英語でなんて言えばいいでしょうか。「今から帰る」をそのまま訳したI am going to go home.は、とても奇麗な英語ですが、正直、あまり聞いたことがありません。
よく耳にするのは次の3つです。かっこの中は英語の直訳です。
I am heading home.(今から家に向かう)
I am taking off.(今から出掛ける)
I am going to get going.(今から出発する)
これらをさらにカジュアルにすると、次のような表現になります。
I’m gonna head home.
I’m gonna take off.
I’m gonna get going.
I’m gonna go home.
皆さんもご存じだと思いますが、gonnaはgoing toの口語です。日常会話ではよく聞きます。
I’m gonna go.(行く)
I’m gonna study.(勉強する)
I’m gonna get 990 on TOEIC.(TOEICで990点を取る)
ちなみに「~しなければならない」は、口語で次のように言うことがあります。
I gotta head home.(家に向かわなきゃ)
I gotta take off.(出掛けなきゃ)
I gotta get going.(出発しなきゃ)
I gotta go home.(帰らなきゃ)
どれも「帰らなきゃ」という意味になります。
「帰る」の英語、若者言葉編
この原稿を書いている途中、アメリカに留学している高校生の娘に、アメリカの若者言葉について尋ねました。
「ドロンします」「帰るね」と言いたいとき、次のような表現を使うことがあるそうです。
I’m headed back to my crib.(今から家に帰る)
cribという単語にはさまざまな意味があります。アメリカ英語でcribは「ベビーベッド」という意味です。
また、アメリカでは動詞として「~を盗む、~をカンニングする」という意味もあります。英語で説明するとto steal or cheatです。これは一般的な使い方ではなくスラングです。
かなり前から使われているのは、「家」や「住まい」を表すcribです。
Y’all should come over to my crib.
うちにきてよ!
Let’s have a party at my crib.
うちでパーティーしよう。
2000年からアメリカで放送されている『MTV Cribs』というテレビ番組のおかげで、この単語は普及しました。有名人が自分の豪邸を紹介するというリアリティーショーです。
もう一つの若者表現は、I gotta dip.です。
It’s getting late, so I gotta dip.
遅くなったから、帰るね。
Sorry, I gotta dip.
ごめん。帰らなくちゃ。
これは、「帰らなくちゃ!」という意味です。このdipは元々「下がる」とか「漬かる」という意味ですが、アメリカのスラングで「出て行く」という意味で使われます。
「ケツカッチン」なので「ドロン」します、は英語で?
「ケツカッチン」は「ドロンします」と同じくらい、一般にはなじみがない言葉かもしれませんが、「ドロンします」と同じように、漫画や漫才のおかげで聞いたことのある人はいるかもしれません。
「ケツカッチン」は、元々映画用語で、ある場面の撮影後に小道具のカチンコを鳴らすことを指していました。それが、「次の予定がある」という意味で使われるようになったそうです。
なので、「ケツカッチンなので、お先にドロンします!」は、「用事があるので、お先に失礼します!」という意味です。
では、英語では、この「ケツカッチン」はなんと言えばいいでしょうか。「用事がある」を表す英語はいろいろあります。
I’ve got something to do(やることがある)
I’ve got plans(予定がある)
I’ve got something after this(このあとにすることがある)
I’ve got something to take care of(このあとに片付けることがある)
I’ve got an appointment(約束がある)
「ケツカッチンなので、お先にドロンしますね!」と言いたい場合は、次のように表現できます。
I’ve got something I have to take care of, so I’m taking off.
I’ve got something after this, so I am gonna get going.
I gotta take care of something, so I’m gonna go.
I have something after this, so I’m gonna head home.
I’ve got an appointment after this, so I’m gonna take off.
I have something to do, so I am gonna head home.
Yo, I got plans, so I’m gonna dip.
まとめ
日本語を勉強し始めたとき、「帰る」はgo homeだと覚えました。でも、日本に長く住めば住むほど、そして、長く英語を教えれば教えるほど、「帰る」と「go home」だけではなくて、日本語にも英語にもたくさん豊かな表現があることに気付きました。
言葉は生き物なので、次々と新しい表現が生まれ、一方で古いものは消えていきます。そのおかげで、英語にも日本語にも数えきれないくらい面白い表現があります。私たちの語学の勉強にはきっと終わりがありませんね!
さて、次の飲み会では「ケツカッチンなので、お先にドロンします!」と言ってみましょうか。同僚はみんな語学の先生ですから、若い先生でも分かると思います。言ったらどうなったか、機会があれば報告しますね!
本文写真:metamorworks/Adobe Stock, Alexa, OsloMetX from Pixabay
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