「1カ月で合格」「1週間でペラペラ」ちまたにはそんな本があふれていますが、時にはじっくり英語と向き合うのもオツなもの。さらにその方が英語力もアップするのだとか。英語学習者なら注目すべき1冊を紹介します。
東京大学の教授に英文学を学ぶ
本書の著者は、東京大学文学部教授の阿部公彦(あべ まさひこ)さん。もちろん、英語や文学、英語学習についての著書もたくさんある、英語のプロフェッショナルです。そんな阿部先生がすすめる英語の学習法は、英文を「読む」こと。
言葉の勉強をつづけるのに圧倒的に 有効 なのは読むことです。読む力がつけばさまざまな情報にアクセスし、(中略)文理問わないさまざまな領域に足を踏み入れていけるし、趣味や遊びの世界もぐっと広がる。こんなに 可能性 に満ちた豊穣な領域を放っておくのはもったいないと思います。私などは 影響 を受けやすいので、この時点ですでに「そうだ!もったいない!」などと思ってしまいます。
読む素材としては、なんといっても文学作品がおすすめなのだそうです。
読者の興味を引き、楽しませ、かつ説得しようとあの手この手でこちらの「読み心」をくすぐります。近代英語がどのようにその魅力を磨いてきたかが、小説の文章にはよく表れているのです。確かに、昔も今も、小説は「読まなくてはいけないもの」ではありません。仕事で使うわけではないし、教科書に載っているものを除けば勉強とも関係ありません。読む側がいつ「や~めた」と放り出そうと自由なのです。
そうならないために、書き手側はさまざまな工夫を凝らしています。文学作品は、書き手と読み手の真剣勝負ともいえるもの。じっくり取り組めば、楽しいだけでなく英語力アップにも効果がありそうです。
英米文学のブックガイド
本書で取り上げる作品は、全部で7つ。ブックガイドにもなりますし、年代別に並んでいるので、ざっくりとした英米文学史にもなっています。
第1章 ダニエル・デフォー『ロビンソン・クルーソー』(1719)を読む村上春樹は、著者いわく「『広域汎英語文学』の一部をなす日本語圏作家の1人」として取り上げられています。英訳された日本語の小説を読むというのも、なかなか味わい深いもの。特に、ハルキストにはたまりませんね!第2章 ジョナサン・スウィフト『ガリヴァ―旅行記』(1726)を読む
第3章 ジェイン・オースティン『高慢と偏見』(1813)を読む
第4章 エドガー・アラン・ポー「黒猫」(1843)を読む
第5章 F・スコット・フィッツジェラルド「リッチ・ボーイ」(1926)を読む
第6章 アーネスト・ヘミングウェイ『老人と海』(1952)を読む
第7章 村上春樹「シェエラザード」(2014)を読む
さらに、各章の構成もかなり工夫されています(ナンバリングは筆者によるものです)。
①作品の概要とあらすじいきなり原文を読むのではなく、まずは、①と②で作品のあらましを 把握 します。ここは日本語なのでプレッシャーはありません。前もって、その作品が書かれた背景や内容を理解しておけば、③で原文にチャレンジするときもぐっとハードルが下がります。②原文 抜粋 部分の和訳
③原文の 抜粋
④語釈と文法の解説
⑤「より深く読む」
③の「原文の 抜粋 」を読むときには、④の「語釈と文法の解説」が役に立ちます。現代でもよく使われている単語や表現もあれば、ちょっと違う意味で使われているものも。また、一見難解に見えるような文章でも、文法の解説を読めば意外と簡単な場合もあります。ちょっと時間はかかりますが、ここはじっくり 取り組み たいところ。
私の場合は、やはりといいますか、一番古い『ロビンソン・クルーソー』は時間がかかりました。一文一文がとにかく長くて・・・。
ともあれ、なんとか原文を読み終えたあとに、⑤「より深く読む」を読むと、「あれはそういうわけだったのか」と理解が深まります。『ロビンソン・クルーソー』でいえば、一文が長いのにもちゃんと理由があるのです。
また、第2章の『ガリヴァ―旅行記』が出版されたのは、第1章の『ロビンソン・クルーソー』のわずか7年後。ほぼ同年代であり、ともに当時人気があった「旅行記」の枠組みで書かれていますが、『ガリヴァ―旅行記』の方はだいぶ読みやすい気がします。それにもまた、ちゃんと理由があるということが、双方の「より深く読む」を読んでよくわかりました。
ここまでくると、かなりこの本にハマってきた感じですよね。巻末には各章ごとの「文献案内」が載っているので、「この作品についてもっと詳しく知りたい!」と思ったら、さらに関連書籍を読んで理解を深めることもできます。 ちらっと見ただけでも、興味をそそられるタイトルがたくさん。うーん、これは読書欲が増します!
まるで恋愛ドラマみたいな『高慢と偏見』
本書で紹介されている7つの作品はどれも興味深いものばかりですが、私が一番面白かったのは『高慢と偏見』です。
女性作家、ジェイン・オースティンの作品であり、何度も映画化されている本作は、結婚をめぐる一種のドタバタ劇。現代のラブコメディーの原型ともいえそうな作品です。
しかし、もちろん現代とは違う面もあります。それは女性にとっての「結婚」の重みです。
このころのイギリスでは封建制が崩れたことで身分が流動化し、社会全体に「上昇志向」が広まっていました。ただ、中産階級の女性にとってはまだまだ経済的な自立は難しく、結婚に頼らざるを得なかった。だから、「女性がいかに結婚するか」は、当事者だけでなく周囲の家族や友人にとってもおおいなる関心事となっていたのです。本書に掲載されている原文でも、主人公エリザベスと友人のシャーロットが、結婚 に関して 延々と議論を交わしています。
話題は、エリザベスの姉・ジェインと、ビングリーという資産家の青年との結婚について。といっても、ジェインとビングリーが知り合ってから、まだ2週間ほどしかたっていません。
「出会って間もないので、ジェインはまだ自分の気持ちに確信がないのでは」と言うエリザベスに対して、「そんなこと言ってる場合か、もっとどんどん押さなくては」という積極派のシャーロット。言い方が何ですが、お見合いおばさんか遣り手婆みたいです。
In nine cases out of ten, a woman had better show more affection than she feels.つまり、もっと愛情表現を盛っておけと。そうでないと男性の方も一歩踏み出しにくいというのです。十中八九、女性は自分が感じている以上の愛情を示した方がいいのよ。
When she is secure of him, there will be leisure for falling in love as much as she chooses.「目標達成が第一で、質が問われるのはそのあと」ということでしょうかね。この人、スポーツの監督とか経営者をやらせたら強いかもしれません 。無事、彼のことをつかまえてから、恋でも何でも好きなだけすればいいわ。
ちなみに 、be secure of ~で「(人が)~をたしかに手に入れたと思っている」という意味になります。
極めつけがこれです。「明日結婚しようが、12カ月かけてお互いのことをよく知ってから結婚しようが関係ない」と断言するシャーロットの決めゼリフ。
Happiness in marriage is entirely a matter of chance.こういう女友達、現代のドラマにも出てきそうですね。 確かに、長く付き合っていたのに結婚したらすぐ別れてしまうカップルって、結構いるからなあ・・・。結婚して幸せになれる かどうか は、完全に運次第。
それにしても、『高慢と偏見』が出版されたのは1813年のこと。日本で言えば江戸時代で、滝沢馬琴の「南総里見八犬伝」が発表されたころですが、今読んでもまったく古い感じがしません。
英語そのものも、少なくとも 抜粋 された部分を見る限りでは、わかりやすいと感じました。時々、現代とは違う意味で用いられている単語もありますが、そこはしっかり解説してくれるので 心配 ありません。
「200年以上前の小説、それも英語で書かれた作品を読んで、結構楽しめる」というのは、今回の発見でした。難しそうだと尻込みしていてはもったいないですね。
また、英語の小説は読むのに( 抜粋 ですが)日本語の古典は読まないというのも、滝沢馬琴に対して申し訳ない気がしてきました。「南総里見八犬伝」もいつかは・・・、読んでみたいと思います。
読むことで世界が広がる
英語を勉強する目的は人それぞれですが、いずれにしても「自分の世界を広げたいから」という面が大きいのではないでしょうか。そして、英語の小説を読むことは、間違いなく「自分の世界」を際限なく広げてくれます。
無人島や異世界で冒険したり、結婚問題に真剣に悩んだり。黒猫の恐怖を味わったり、巨大な魚と命がけの勝負をしたりもできます。時間も空間も、性別や社会的な階層も超えて、別の世界を旅することができるのですから、こんなに楽しいことはないですね!
また、いつの時代も、人はさまざまなことに悩み、喜びを感じて生きてきたのだと実感できます。何百年も前の外国に暮らしていた人と、確かにつながっているという感覚。これもまた、読書の喜びです。
世界を広げるという喜び。世界とつながるという喜び。これこそ語学を頑張る原動力になるのではないでしょうか。
TOEICのスコアアップや仕事のための勉強にちょっと疲れを感じたときは、この本でじっくり英語を読んでみるといいかもしれません。
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