多忙な社会人にとって、いつもよりは時間がとりやすいのが年末年始かもしれません。英語とじっくり向き合うチャンスです。「もう一歩、踏み込んで英語を使いこなせるようになりたい」。そう感じている中・上級者におすすめしたいのが、『英語のセンスを磨く』。この本から、ワンランク上の英語のセンスが身につく3つの極意を紹介します。
【1】辞書の訳語をそのまま使わず、自ら創造する
わからない単語が出てきたとき、辞書を引くのは当然のことです。中・上級者なら語彙力もあるし、調べ方も心得ているはず。初、中級の英文を相手にするなら、これで困ることはないでしょう。
しかし、上級レベルになると、大きな辞書で調べても適切な訳語が出てこないというケースが起こります。もちろん、その訳語はたくさん掲載されているのですが、コンテクスト(文脈)に当てはめたときにいまいちしっくりこない……と感じた経験は、中・上級者ほどあるのではないでしょうか。この本の著者は、自分で訳語を創造することが必要だと述べています。
そもそも 英和辞典の役目は、単語、熟語の意味合いを伝えることですが、コンテクストは無限にありますので、すべての場合に当てはまる訳語を列挙するのは不可能です。その場合、場合に場にふさわしい訳語、原文の雰囲気にぴったり合う日本語は訳者が辞書を参考にしつつ、自分の 判断 で自分の頭から生み出すものなのです。ただ辞書から情報をもらうだけでなく、辞書に載っている訳語をヒントにして、自分の力で適切な訳語を作ることが重要なのです。たとえば、下の一文を見てみましょう。
本書で紹介しているサマセット・モームの喜劇 The Unattainable の一説です。
Well , ma'am I don't know as he exactly proposed at all . You see , it was like this.小間使いが自分の主人に、自分の身に起こったこと(結婚が決まったこと)を報告しています。
2文目の文頭 you see は、「ほら、ご存じのように」という意味で使われることが一般的。「あなたも知っているでしょう、ほらあれです」というニュアンスです。英語の中・上級者であればもちろん知っているでしょうし、辞書にもそのように掲載されていますね。
ところが、この小間使いは、結婚が決まったいきさつを、今初めて主人に話すのです。主人にとってはこれから初めて聞く話なのに、「ほら、ご存じのように」と訳したのではコンテクストに合いません。
つまり、you see は、実際には「相手が話の内容を知らない場合にも使われることがある」ということ。相手が話の内容を知らなかったり、忘れたりしている場合に、「いいですか、こうなのですよ」と、念を押すために使われる場合が多いのです。これならコンテクストと矛盾しませんね。
著者は、恩師から「you see =なんじ知れ」という命令形だと教わり、この考え方で80%は正解だったそう。そこで、この小間使いの言葉を以下のように訳しています。
そうですねえ、奥さま、あの人がはたして、ちゃんとプロポーズした かどうか 、はっきりしないんでございますよ、はい。 実は 、こんなふうだったんですの。もちろん辞書は英語のお手本ですから、載っている意味を無視することはご法度です。しかし、 「どんな言葉も辞書から多少ずれたかたちで用いられることがほとんどである」 と、著者は述べています。
辞書にある意味を無視するのではなく、それを踏まえた上で、コンテクストによって意味が変化するのだと心得ておく、それが正しい英語のセンスの磨き方です。辞書の言葉をそのまま組み合わせるのではなく、自らコンテクストに合わせて適切な訳語を作り出す。英語の中・上級者であれば、このことを肝に銘じておきましょう。
【2】文法知識は覚えるだけでなく「活用する」
中・上級者であれば、「英文法は一通り理解している」という方も多いことでしょう。本書でも、著者は「文法は高校までに学習するもので充分」と述べています。
しかし、英語を読み解く上では、その文法知識を存分に活用できる かどうか が問題です。本書で例に挙げている、ナイチンゲールの伝記の一節を読んでみましょう。
But one other trial awaited her. The allurements of the world she had brushed aside with disdain and loathing; she had resisted the subtler temptation which , in her weariness, had sometimes come upon her, of devoting her baffled energies to art or literature ...ご覧の通り、過去形と過去 完了 形が使われています。過去形でawaitedと述べられた後に、had brushed、had resistedと過去 完了 が続くため、これらは awaited よりも前に起こった出来事を示していることは分かりますね。しかし、実際に和訳しようとすると、「~だった。~だった。」と、全部単なる過去形になってしまう人も多いのではないでしょうか。著者は、以下のように訳しています。
だがもう1つの試練が彼女を待ち受けていた。 これまで 彼女は、この世のさまざまな誘惑を軽蔑と憎悪をもって退けてきた。また、ときどき疲労した折など、行き場のない精力を絵画や文学に捧げてみたらどうかという、高尚な誘惑にかられることもあったが、これにも抵抗してきたのである。過去形で「待ち受けていた」としたあと、 「これまで」という英語にはない副詞を付け足し、それよりも過去の出来事であることを明確に示しています 。
「過去 完了 形は、過去形より前の出来事を表す」という英文法の知識を活用すれば、原文にはない言葉を補って、適切な日本語に訳すことができます。
中・上級者なら、 文法は覚えるのではなく活用するもの と心得て、トレーニングを積んでいきましょう。
【3】「常識」を柔軟に使い、コンテクストを正しくとらえる
本書では、「文章を正しく読むにはコンテクストを正しくとらえるのが大事」と何度も強調しています。そしてコンテクストを正しくとらえるには、英語圏の歴史や宗教、文化についての知識が必要です。また、いわゆる常識や一般的な教養も、コンテクストをとらえる助けになりますが、 コンテクストよりも常識を優先させると、思わぬ誤解をしかねない ので注意が必要です。文中に出てくる人物が、常識にあてはまらない言動をする場合もあるのです。
本書に掲載されている例を見てみましょう。モスクワでの地下道爆発事件を取り上げた、ロシアの英字新聞の記事です。
前年にも同様の事件があり、モスクワ在住のチェチェン人は、書類の調査や家宅捜索が頻繁に行われるなどの弾圧を受けました。その結果、ある無実のチェチェン人が犯人に仕立て上げられたのです。これを踏まえて、以下の文を読んでみてください。
That crackdown was formally kicked off by Moscow Mayor Yury Luzhkov, who called for reregistration and a crackdown on “guests of the capital” immediately after the apartment house bombings.この文章でポイントとなるのは、kicked off の部分です。これはモスクワ市長のユーリ・ルズコフ氏の行動を表していますが、あなたはどのようにとらえたでしょうか。
市長とは一般的に考えて「市民のために正しい行動を起こす人」ですから、「市長が弾圧を一蹴した」と受け取った人がいるかもしれません。常識的に考えれば、市長が人権弾圧を率先してやるとは考えにくいからです。また、 kick off には「蹴とばして脱ぐ」という意味があるため、「市長が弾圧を一蹴した」と、このように訳す人は少なくないようです。
ところがそのように訳してみると、これに続く「再登録と厳重な取り締まりを布告した」という部分と意味がつながりません。
実は、この市長は全く常識的な人ではなく、率先してチェチェン人を弾圧する立場なのです。きちんとコンテクストをとらえて読んでみると、この kick off はサッカーの「キックオフ」と同じ、「開始する」という意味だと考えたほうが適切だとわかります。著者は次のように訳しています。
こういう 厳しい 取り締まりは、モスクワ市長ユーリ・ルズコフが正式に 始めた ことである。この市長はアパート連続爆破事件の直後にも、市長名で、「首都への客人たち」に対する再登録と厳重取り締まりを布告したのであった。常識は英文を理解する助けにもなりますが、とらわれ過ぎるとこのケースのように、正しく読み取れなくなることがあります。
もちろん常識に基づいて 判断する ことも必要ですが、英文を読むときには、その文章全体のンテクストを最 優先する ことが大切です。これも、中・上級者ならしっかり心に留めておきたいことです。
著者の行方昭夫(なめかた あきお)氏はどんな人?
著者の行方昭夫氏は、東京大学名誉教授、東洋学泉大学教授。イギリス文学の第一人者として、サマセット・モームなど多数の翻訳も手掛けています。本書のような英文読解についての著作も多く、英語・英文学の研究誌『英語青年』では、16年にわたり英文解釈についてのコラムを担当していました。
英語の専門家である行方氏は、英語は「読む」「話す」「書く」「聞く」の4技能をまんべんなく発達させることが重要であると述べています。
この4技能は有機的に結びついているとも考えています。どれか1つだけ身につける、というのは現実的にはあり得ないのです。英語の読解力は、英語を聞き、話す際にも必ず役に立ちます。本書は主に読解力を鍛えることを目的としていますが、読解力を高めて「英語のセンスを磨く」ことは、ほかのスキルの向上にも役立つというわけですね。
まとめ
本書は、ワンランク上の英語を習得したい人向けの1冊。「TOEICテストではそれなりのスコアをとっているけれど何かが足りない」と行き詰まりを感じている人や、「英語を、日本語と同じレベルで理解できるようになりたい」とさらに上を目指している人は、ぜひ読んでおきたい本です。
普段、忙しくてなかなか時間が取れない人でも、年末年始にはじっくり英語を学んだり、ゆっくりと洋書を読んだりする時間も取れるのではないでしょうか。せっかくの良い機会ですから、英語と真摯に向き合ってみてください。
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文:竹野愛理(たけの あいり)
文学と食とイギリスを愛するライター。学習院大学大学院修了。大学院では英文学を専攻し、どっぷりと英語の世界に浸った経験あり。好きな作家はジェイン・オースティンとカズオ・イシグロ。ネイティブのようにすらすら英語の小説を読めるよう、訳せるようになるために日々英語を勉強中!
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