翻訳家ジュリエット・カーペンターさん(右)と朗読家の青谷優子さん
今年2018年は『人間失格』や『斜陽』などで知られる作家・太宰治の没後70年に当たります。この記事では、日本文学研究者で、阿部公房や司馬遼太郎作品の翻訳でも知られるジュリエット・カーペンターさんと、無類の読書好きである英語朗読家・青谷優子さんが太宰の魅力について語った対談をご紹介します。
ジュリエット・W・カーペンター
高校から日本語学習を始め、1973年にミシガン大学修士課程を修了後、エドワード・サイデンステッカーに師事。1986年より同志社女子大学教員。1980年、阿部公房『密会』の英訳で日米友好基金文学翻訳賞受賞。司馬遼太郎、俵万智、渡辺淳一、三浦しをんなど、多くの作家の小説の英訳を手掛けている。
『人間失格』の衝撃シーン
太宰の代表作の1つ『人間失格』は、彼が自死する直前の1948年5月に書き上げられた小説です。大庭葉蔵という男の3つの手記を、後年、その手記を手に入れた別の人物による「はしがき」と「あとがき」が挟むという構成になっています。
この小説は現在、インターネット上の電子図書館「青空文庫」でも公開されており、全文を読むことができます。
太宰治 人間失格 (青空文庫)
もう一度読み返したくなる「結末」
カーペンターさんは、この小説のどの部分に衝撃を受けたのでしょうか。
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Aotani We both have one thing in common ? not one thing, but several things in common ? but especially about Dazai is that we were both shocked when we first read Ningen Shikkaku, No Longer Human. Tell me about your Ningen Shikkaku experience .
Carpenter That was the first book that I had ever read in Japanese that I hadn’t been assigned to read. So , it was a, it’s a memorable one. I read it, well , I read it for pleasure, and I, I just, I wanted to be able to say I had read a book in Japanese. It was a very interesting experience . And I don’t know why you were shocked. Uh, I was shocked by the ending.
Aotani Ooooh!
Carpenter Because, uh, in the ending, he’s described as an angel ? the main character ? and all the way through ... Well , that very title says “ no longer human.” We don’t think he’s no longer human because he’s become an angel. He seems a, you know, very troubled youth, and it makes you go back and, and reassess the whole novel , that you have to look at this character, then , through other eyes.
カーペンター:『人間失格』は、私が課題以外で初めて読んだ日本語の本でした。ですから思い出深い一冊ですね。「日本語で本を読んだのよ」と人に言ってみたくて、娯楽として読んだのです。あなたがなぜ衝撃を受けたのかは分からないけれど、私は結末に衝撃を受けました。
青谷:ああ。
カーペンター:というのも、最後の部分で、彼は――主人公は、天使にたとえられています。全編を通じて……まあ、タイトルがまさに「もはや人間ではない」ですけれど、私たちは、彼が天使になったからもはや人間ではなくなった、とは思いませんよね。彼は非常に問題の多い若者のように思えます。ですから、その描写によって、もう一度小説全体を読み返したくなるんです。この人物を他の人の目を通して見てみなくてはいけないと思うのです。
「私たちの知っている葉ちゃんは、とても素直で、よく気がきいて、あれでお酒さえ飲まなければ、いいえ、飲んでも、……神様みたいないい子でした」
(『人間失格』あとがきより)
「ワザ、ワザ」は私への言葉
青谷さんが『人間失格』に出合ったのは15歳、家族で赴任していたロンドンから帰国したころでした。なんと、歯医者の待合室で読んだのだそう。心に残ったのは……
Aotani For me, I, I first read it when I was like 15 or something, when I first came back to Japan. It was very shocking , because he depicts, in a very causal way, all the things that, as a teenager would want to hide, like being a clown in the classroom, you know, trying to hide your fear by smiling and being funny.
There is a section in the book, that the actual , one of the friends, his classmates, finds out that he’s hiding, and he says, “You’re doing it on purpose .” In Japanese, it’s “wazawaza,” and that was like, “I found you. I got you. I know you.” And that was really shocking , because when I came back to Japan, I spoke English quite well , but I didn’t want to be picked on .
So , I was, like, hiding a lot of things, and it was, like, Dazai had found me! Like, oh, it’s like “wazawaza” was like saying to me.
Carpenter Did that then change you?
Aotani Um, didn’t change me, but I realized that there are people who will find out , no matter what, how much you hide. And that was my first encounter , and I realized finding a literature , writing about very pessimistic things, quite depressing people, was, in a way, soothing. It helped me to realize that there were people like that, like yourself, in the book.
小説の中に、こういうくだりがあります。クラスメートの一人が、彼が隠していることに気付き「わざとやっているね」と言うのです。日本語では「ワザ、ワザ」となっています。それは、「お前を見つけたぞ、つかまえたぞ、知っているぞ」という感じ。とてもショックでした。というのも、帰国したとき、私は英語をとてもうまく話せたのですが、それをからかわれるのが嫌だったんです。
それで、私もたくさんのことを隠していました。ですから、「太宰に見つかった。あの『ワザ、ワザ』は私のことだ」と思ったんです。
カーペンター:それで、あなたは変わったの?
青谷:変わりませんでした。でも、どれだけうまく隠しても、分かる人には絶対に分かってしまうということを知りました。それが初めての出会いでした。非常に厭世的な、気がめいるような人間を描いた文学が、ある意味で癒やしになることを知ったんです。本の中にそういう人間、自分自身のような人間がいるということは救いになりました。
自分は、わざと出来るだけ厳粛な顔をして、鉄棒めがけて、えいっと叫んで飛び、そのまま幅飛びのように前方へ飛んでしまって、砂地にドスンと尻餅をつきました。すべて、計画的な失敗でした。果して皆の大笑いになり、自分も苦笑しながら起き上ってズボンの砂を払っていると、いつそこへ来ていたのか、竹一が自分の背中をつつき、低い声でこう囁きました。
「ワザ。ワザ」
自分は震撼しました。ワザと失敗したという事を、人もあろうに、竹一に見破られるとは全く思いも掛けない事でした。自分は、世界が一瞬にして地獄の業火に包まれて燃え上るのを眼前に見るような心地がして、わあっ! と叫んで発狂しそうな気配を必死の力で抑えました。
(『人間失格』第二の手記より)
朗報!
『ENGLISH JOURNAL』8月号の特別企画「英語で日本文学」では、カーペンターさんと青谷さんによる、太宰治の名作『走れメロス』冒頭の翻訳・朗読をお楽しみいただけます。あの「メロスは激怒した」はどう訳され、読まれるのか?
- 出版社: アルク
- 発売日: 2018/07/06
- メディア: 雑誌
さらに朗報!
今秋発売予定の青谷さんの自主制作朗読ブックレット(CD付き)、Tales from Japan Vol. 4に、カーペンターさん翻訳の太宰治の短編『葉桜と魔笛』『猿ヶ島』を収録します。稀代のストーリーテラー太宰の隠れた名作を味わうことができます。発売記念イベントも予定しているので、青谷さんのウェブサイトをチェックしてください。
朗読家 青谷優子 オフィシャルサイト | Yuko Aotani Official Website
青谷優子さんの既刊本
カーペンターさんの翻訳による、角田光代さんの短編『かぼちゃのなかの金色の時間』も収録。
構成・文:アルク 出版編集部
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