ノートテイキング について【通訳の現場から】

イラスト:Alessandro Bioletti

プロ通訳者の関根マイクさんが現場で出くわした、さまざまな「事件」を基に、通訳という仕事や通訳者の頭の中について語ります。もちろん、英語学習に役立つ通訳の技もご紹介。通訳ブースの中のあれやらこれやら、てんやわんや、ここまで言っちゃいます!

逐次通訳では、通訳者は話者が話し終えた後で訳し始めるので、記憶の補助としてメモを取ることが一般的です(ノートテイキングと呼ばれるのですが、長いのでここでは「メモ取り」とします)。一方、同時通訳はほぼリアルタイムで訳していくのでノートが必要になることはあまりありません。メモ取りは逐次通訳をする上でとても便利なスキルなのですが、色々と誤解が多いというのが私の印象です。

まず通訳メモは発言のすべてを書き残すわけではありません。むしろ重要なキーワードや数字、そして個々の意味的要素(通訳業界では「チャンク」と呼ばれることもある)がどうつながるのかを矢印や段落、記号等を活用して論理的に表現します。イメージ的には、メモには役者の名前や役割を書き、演出の部分、つまり複数の役者が舞台上でどう動くかはメモではなく頭の中で記憶しているような感じです。

当然、慣れ親しんでいる分野であればメモは効率的になり、背景知識がある分、メモの総量も少なくなります。逆にあまり慣れていない分野だと、情報の価値をうまく評価できないので、すべてが重要に思えて、メモをできるだけ多く取ろうとした結果、話の流れがよくわからなくなりがちです。そして話の流れ以前に、いざ訳そうとしてメモを読み返したとき、自分が書いた文字が読めない、または読めるけど文脈にどうフィットしているのかわからないというのも新人通訳者あるあるです。

仕事が終わった後、クライアントに「後で議事録を作成するときの参考に使いたいので、通訳メモを頂けませんか?」とお願いされるときがあるのですが、上記のような理由からお断りすることもあります。断言できますが、議事録作成の役には立ちません(笑)。それに文字どおり本人しか読めない殴り書きであるケースがほとんどです。絵心がない人が自分の絵を他人に見られたくないように、「汚い」メモを他人に見られるのはちょっと……と戸惑う通訳者が多いのは不思議ではありません。

メモはどちらの言語で取るべき?

欧米の通訳理論などが日本語に翻訳されて伝わるようになったのはつい最近の話です。日本では長年、民間の通訳学校が試行錯誤しながら教育・育成を行ってきたわけなのですが、今でもまだ講師の実力や個性、教授法に依存する部分が大きいです。メモ取り に関して も体系的に教えている教育機関は(私が知る限り)まだ存在しません。なければ独学でなんとかするしかなく、実際多くの通訳者はそうしてきました。私もゼロから独学で自分なりのスタイルを築き上げた1 人です。

例えばメモを取る言語も業界標準が定まっていません。日本語から英語への通訳であれば日本語が起点言語、英語が目標言語になるのですが、通訳者のなかには起点言語派と目標言語派がいて、それとは別に起点・目標を完全無視して言語で統一したメモを取る私のような通訳者もいます(私のメモは100%英語)。私の場合は通訳者としてキャリアをスタートしたとき、
①日本語でメモを取る方法を紹介している書籍がほぼ無かった
②通訳研究が進んでいる欧米では英語でのメモ取りを 具体的に 紹介している書籍があった
③そして私自身、基礎教育は英語で受けたので、英語で文字を書く方が然で速かった

という理由があります。でもどのスタイルを採用するかは本当に人それぞれです。欧州のベテラン通訳者、ロデリック・ジョーンズのように、どちらの言語でメモを取るべきかを議論すること自体が不毛

the important thing is that the question as to which language to note in is really pretty irrelevant”
だとバッサリ斬りつけてくる人も。どうせメモの大半は記号だし、メモには文法的な正確性は求められていないのだから(つまり断片的な情報しか書かないから)、起点言語か目標言語かとか、どちらの言語で取るべきとか、そのような議論にはまったく意味がないと 主張 しています。

これには一理あって、例えば『通訳の技術』(研究社)でも小松達也が書いていますが、通訳者のメモはとにかく記号に溢れています。いくつか例を挙げましょう。

and
×not / bad
increase / improve
decrease / worsen
bcbecause
equal / relationship
ジュネーブ大学ETI のエリック・ロンジェ教授はかつて、2000 におよぶ記号を開発し、業界での普及に 取り組み ましたが、さすがにこれは多過ぎて無理があったようです。小松は10 ~ 15 程度を推奨していますが、私は日常的に30 ~ 40 ほど使用しています。もちろん個人差がありますし、慣れない分野であれば記号の数は減ります(読み返したときに記号を読み間違えたくないので)。

メモにこだわり過ぎないこと

通訳を学び始めた人にありがちなのが、「メモ取りがなかなかうまくならない、メモさえあればうまく訳せるのに」と誤解することです。一生懸命にメモを取る→けれどなぜか拙い訳になる→訳がダメなのは情報を落としているから→メモ取りスキルが足りない、という論理なのでしょう。私はたまに民間の通訳学校で教えることがあるのですが、このような 主張 をする方には「ではもう一度原文を聞かせるから、メモをまったく取らずに、記憶だけを頼りに起点言語で再現して」と 指示 します。

つまり話者の言語が日本語であれば、生徒は原文を聞いた後に同じ日本語で再現します。これをすると面白いことに、例外なくすべての生徒が話をしっかり記憶できているのです。この結果に彼ら自身も驚くことが多いのですが(笑)、要は「メモは取れないから集中して聞くしかない!」と腹をくくって集中力を高めた結果、意識的に聞く力と理解する力をフル活用しているのです。

初学者は書かない(メモを取らない)方が通訳技術の向上につながる、と私は思います。私だけではなく、現場経験が豊富な通訳者であれば、下手な小細工をするくらいなら話をしっかり聞く力を鍛えろと言うでしょう。通訳者が業務上実践するリスニングはアクティブ・リスニング( active listening、積極的傾聴)と呼ばれ、要は話者の発する言葉だけではなく、その言葉の中にある事実や感情を総合的につかもうとする形態のリスニングです。アクティブ・リスニングはただでさえ精神的・肉体的消耗が激しいのに、通訳者はこれに加えて正確な訳も出さなければならない、そして同時の場合はほぼリアルタイムでこれを行います。どうりで疲労が激しいわけですね!

 

関根マイクさんの本 

同時通訳者のここだけの話
文:関根マイク( せきねまいく)

フリーランス会議通訳者・翻訳者。関根アンドアソシエーツ代表。カナダの大学在学中から翻訳・通訳を始め、帰国後はフリーランス一本で今に至る。政府間交渉からアンチエイジングまで幅広くカバー。著書に『同時通訳者のここだけの話』『通訳というおしごと』(アルク)。ブログ「翻訳と通訳のあいだ」( https://blogger.mikesekine.com/

※本記事は『ENGLISH JOURNAL』2019年1月号に掲載された記事を再編集したもので す。

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