イラスト:Alessandro Bioletti
プロ通訳者の関根マイクさんが現場で出くわした、さまざまな「事件」を基に、通訳という仕事や通訳者の頭の中について語ります。もちろん、英語学習に役立つ通訳の技もご紹介。通訳ブースの中のあれやらこれやら、てんやわんや、ここまで言っちゃいます!
本連載も今回で36 回目。開始当初は人気連載の『オレゴン12 カ月』を追い抜く予定でしたが、3 年たった今も巻頭カラーの打診すらありません。「少年ジャンプ」なら1 年連載すれば表紙を華やかに飾れるのに……。あーあ、読者の皆さんが編集部に「関根を巻頭に持ってこい」って、ハガキと電話攻撃をしないかなー。編集長の自宅に釘バット持って突撃しないかなー。
冗談はさておき、3 月号掲載の本記事、実際は12 月末、クリスマス直前に書いています。この季節に大型の国際会議はないですし、年明けまで通訳の需要も全体的に激減するので、多くの通訳者は12 月の第3週以降は早めに国外脱出したり、忙しいとなかなか手が回らない実績表の 更新 やエージェント(通訳会社)の挨拶回りをしたりします。あるゲーム好きの通訳者は、年明けまでに2017 年のヒット作を全部クリアするのだと言って、12 月14 日あたりから突然音信不通になりました(笑)。餅をノドに詰まらせたら誰が助けてくれるのでしょうか。
「知識の筋トレ」
私の場合、最近のマイブームである銭湯巡りと「積読」の 処理 がメインなのですが、それ以外にも毎年欠かせないタスクがあります。現場がない数週間を 有効 活用するために、何か1 つテーマを決め、そのテーマの「知識的」な基礎体力をつけることです。通訳者はいわゆるOJTというか、業務に先立ち提供された資料を読み込むことでいろいろな知識を得ていきますが、それだけでは包括的・体系的な知識を得ることはできません。なぜなら、通訳者が呼ばれる会議はほとんどの場合、基礎知識をすでに持っている専門家たちの集まりなので、そこで議論される内容も専門分野のさらに専門的な部分、ということが多いのです。このような場合、 事前に 提供される資料から全体像を俯ふ 瞰かんすることは難しいのです。
毎日コツコツ勉強できる人間ならともかく、私は昔から集中的にやらないと効果が出ないタイプなので(単にやる気が出ないとも言う)、冬はとにかく朝から晩まで読書三ざん昧まいです。「基礎知識を得る」ではなく、「『知識的』な基礎体力をつける」と書いたのは、私にとってこのプロセスは筋トレのような、体力勝負の面が強いからです。学生向けの基本書から始まり、中級、上級と本のレベルを上げていく。とにかく物量でゴリゴリ攻めていって情報を詰め込む「知識の筋トレ」です。もっと効率良い勉強法があるのではないかと自分でも思うのですが、個人的にはこの方法でうまくいっていますし、読書は苦になりません。そういえば、「読書は嫌い」と公言していたあの通訳者さん、あまり仕事がなかったようだけどまだ活動しているのかしら……。
本が本を呼ぶ
今冬の私のテーマは「原子力」です。過去数年間、原子力関連の案件を受けてきましたが、定期的ではなかったので、どうしても獲得した知識が定着しませんでした。この秋、まとまった原子力案件を受けた際に、1960 年代以降の原子力業界とその 取り組み を振り返るような会議がぽつぽつあったので、「これはいよいよ本腰を入れて一から勉強しなきゃダメだなあ」と思った次第です。
まず購入したのは『高校生からわかる原子力』(池上 彰著、集英社)。タイトルで決めました。先ほど、まずは「学生向けの基本書から」と書きましたが、これは本当に実践していますし、お薦めです。いきなり専門用語が飛び交う本を買っても、専門用語を理解するためにまた別の本を買うという、終わりが見えない負のスパイラルにハマりがちです。筋トレと同じように、まずは軽めのウェイトから始めて、筋力がついてきたら重めのウェイトにシフトしていく感じですね。あと、私は図解系も最初に買うことが多いです。今回は『図解雑学 知っておきたい原子力発電』(竹田敏一著、ナツメ社)を購入しました。ビジュアルがあると、内容もすとんと入ってきます。
『高校生からわかる原子力』を読み進めていくと、加圧水型(PWR)と沸騰水型(BWR)の2 種類の原子炉についての説明があります。 ちなみに 、福島原発の原子炉は沸騰水型です。さすがにこの2 種類の違いは理解していましたが、両者の 具体的な 強みや弱み、そしてなぜ異なる2 種類の原子炉が日本で導入されたのか、そのあたりの経緯は自分で調べなければなりません。 とりあえず 、池上さんの本でも紹介されていた『新版 原子力の社会史 その日本的 展開 』(吉岡 斉著、朝日新聞出版)を追加購入しました。
要は「本が本を呼ぶ」というプロセスにより、対象テーマについて自分が納得するまで買い続けるので、終わる頃には30 冊近い本が積み上がります。この頃になると、もう対象テーマについて小論文を書ける程度にはなっているでしょうか。背景知識が豊富だと通訳現場でも話の先が読みやすいですし、その結果、心の余裕が生まれるので、限られた時間内で表現も工夫するようになります。オフシーズンに猛特訓した野球選手が、「ボールが止まっているように見える」と言うことがあるようですが、いつか私も話者が超スローモーションで話しているような精神的境地に達してみたいものです。
年明けが不安……
書籍購入に加えて、必要に応じて国立国会図書館から論文や雑誌のコピーを取り寄せたりもします(複写サービス)。とても便利で安価なサービスなのに、なぜかあまり知られていないようです。 ちなみに 読者の中に、大学の先生や著名人にインタビューや講演を依頼する立場の人がいるかもしれませんが、 事前に 論文などを取り寄せて読み込み、その内容に言及しながら依頼すると高確率で快諾されます。当たり前の話ですが、誰でも、自分のことを知ろうと時間をかけて努力をしている人のお願いには NO と言えないものです。
そんなわけで通訳者はそれぞれの冬休みを楽しむわけですが、年明け一発目の現場は、ある意味、一年でいちばん怖い。通訳あるあるです。というのは、人によっては3 週間近く通訳をしていないので現場感覚が鈍っており、取り戻すのに若干 時間がかかる からです。運動しないで思うままに飲み食いしていると体も重い。そして体が重いと思考も鈍くなりがちです。私自身、いくら経験を積んでも一年の最初を飾る現場がいちばん不安です。なので、前日に関連動画を見ながらぶつぶつと念仏を唱えるように自主練習をしています!
関根マイクさんの本
フリーランス会議通訳者・翻訳者。関根アンドアソシエーツ代表。カナダの大学在学中から翻訳・通訳を始め、帰国後はフリーランス一本で今に至る。政府間交渉からアンチエイジングまで幅広くカバー。著書に『同時通訳者のここだけの話』『通訳というおしごと』(アルク)。ブログ「翻訳と通訳のあいだ」( https://blogger.mikesekine.com/ )
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語学一筋55年 アルクのキクタン英会話をベースに開発
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