密着! 国際会議【通訳の現場から】

イラスト:Alessandro Bioletti

プロ通訳者の関根マイクさんが現場で出くわした、さまざまな「事件」を基に、通訳という仕事や通訳者の頭の中について語ります。もちろん、英語学習に役立つ通訳の技もご紹介。通訳ブースの中のあれやらこれやら、てんやわんや、ここまで言っちゃいます!

フリーランス通訳者の仕事の大半は民間セクターの案件が占めていると言っても過言ではないと思います。政府系の案件は入札にかけられることが多いので、開札まで待つくらいならすでに確定している民間の案件を優先しよう、と考える通訳者は少なくありません。それに政府系の案件は、格が上がるにつれて通訳者の採用 基準 も厳しくなります。一定の実力と実績がなければ そもそも 検討さえしてもらえません。例えば大臣級以上が出席する国際会議を担当する通訳者は「選ばれた」人だと言えるでしょう。

私は沖縄在住時代から政府系案件を多数こなしてきたので、4 年前に東京に移住してからも 引き続き 同種の仕事を任せてもらっています。沖縄にはフリーランスの通訳者が数えるほどしかいなかったため、通訳会社に登録してから すぐに 政府系を含む多種多様な分野で経験を積むことができました。経験が浅かった私を信じて案件を任せてくれた通訳会社には 感謝 しています。また、若手時代から「太平洋・島サミット」(PALM)などの首脳級案件を経験できたのは運がよかったとしか言いようがありません。

このようにそれなりの実績を積み上げて東京に移住したわけですが、現実は甘くありません。 すぐに 政府系案件を任せてもらえるようになったのは事実ですが、エントリーレベルの案件が大半でした。一から下積みのやり直しというわけです。上京してから実感したのですが、日本の通訳業界には「東京至上主義」的な価値観があります。それは、「東京の通訳者は信用できるけれど、地方の通訳者は当たりはずれが大きい」、「地方のトップ通訳者でも東京に出てくれば至って平凡」という考え方です。もちろん極論ですし、例外はあるのですが、このような価値観は実際に存在します。もしかすると、私も「沖縄の通訳者だから、ちょっとしばらくレベル低めの案件で試してみようか」と思われていたのかもしれません。

一定の経験を積み上げ、実力を認められるようになると、事務次官級や大臣級が出席する国際会議が視野に入ってきます。今回は私が秋に担当したシンガポールでの「日ASEAN交通大臣会合」を例に仕事の流れを説明します。

過去5 年分の大臣級会合の実績表を 提出 して採用された後、資料がどっさり届きます。このレベルになると事前資料がとても充実しており、主要トピックに関する参考資料はもちろん、バイ会談(後述します)における発言要旨や応答要領、大臣会合の2 日前に開催される次官級会合の参考資料なども 念のため に用意されます。日本代表(国土交通大臣)の発言部分は英訳も前に準備されるのでとても参考になります。

さて、会合前日にシンガポールに到着すると、シンガポール交通省の若手職員が出迎えてくれました。今回の宿泊先と会場はマリーナベイ・サンズ。屋上に世界最大のプールがあるあのホテルです。シンガポール出張時には何度か宿泊したことがあるのですが、プールを体験できたのは一度、それも営業終了間際の15分程度だけです。併設されているカジノも覗のぞいてみたいなと思いつつ、まだ行けていません。結局は仕事の準備を優先しなければなりませんし、仕事の後は疲れて すぐに 寝る、というのが「通訳あるある」です。

夕方から今回の通訳パートナー、政府担当者と一緒に1 時間ほど打ち合わせ。通訳者の位置、訳語確認、訳出不要の部分、その他の注意事項などを確認・調整します。その後、前夜祭に招かれて食事をし(この会合では各国がカラオケを1 曲披露するという伝統があり、私も日本代表団に交じって歌謡曲を歌いました)、ホテルに戻ってから11 時頃まで資料を再度読み込んで早めに就寝。翌日早朝、本会合の前に設定されたベトナムとの「バイ会談」に備えます。

本会合が全参加国に 影響 を与える 取り組み を話す場である一方、バイ会談は二国間に限る 具体的な トピックを話し合う場です(バイはbilateral の意)。例えば前者はASEAN と日本による防災インフラに関する情報共有プラットフォームの構築などを確認・合意する場である一方、後者は相手国が 今後 実施する 大規模インフラ 整備 事業に日本がどのように貢献できるかなど、 具体的な 内容について話します。バイ会談では通常、発言要旨と応答要領が準備されます。発言要旨は日本が相手国に 主張 ・要請すべき内容であり(「日本企業は貴国の空港建設事業に強い関心をもっているのでぜひ活用を検討していただきたい」など)、応答要領は相手国がこれを聞いたらこう答えるという、いわゆる想定問答集です。通訳者としては、日本がコミットする気がないのにうっかり約束するような訳をしないように注意しなければなりません。ただ、外国語に長けた通訳チェッカー的存在の政府関係者が同席するのが普通なので、大誤訳がそのまま通るということはほぼありません。

世界が動く現場での仕事

いよいよ本会合です。共同議長国である日本の代表者が発言を求められる部分については英語のスクリプトが 事前に 用意されているので 心配 ありませんが、各国の大臣がコメントする部分はほぼアドリブで、国によっては強い訛なまりで聞きづらい人もいます。通訳者は両耳に全神経を集中させつつ、「お願いだから訳しにくいジョークを入れないでくれ、予定にないトピックをぶち上げないでくれ」と半ば祈りながら訳します(笑)。と言っても、大臣会合は個別の 取り組み を検討する場というよりは確認の場なので、このレベルまで上がってきた案件が大臣のひと言でひっくり返って大荒れになる確率はゼロに近いのですが。

本会合の終了後は、共同声明の最終準備のために空き時間が設けられるのが通常です。この時間をどう使うかは完全に自由なのですが、国によってはバイ会談を設定したり、「立話」といって、バイ会談を設定するほどではないけれど、相手国に話しておきたい内容がある場合は会場のどこかで相手国をつかまえて文字どおり立話をしたりします。 ちなみに 日本の場合は立話にもきちんと資料が準備されます。前述した発言要旨や応答要領だけでなく、両国の要人往来情報なども提供されるので、文脈理解的にとても助かります。

民間企業の案件と異なり、政府系の会議は「世界が動いている」感を肌で感じ取ることができます。私のひと言で第三次世界大戦が勃発しないように 今後も 頑張ります!

関根マイクさんの本

同時通訳者のここだけの話
文:関根マイク( せきねまいく)

フリーランス会議通訳者・翻訳者。関根アンドアソシエーツ代表。カナダの大学在学中から翻訳・通訳を始め、帰国後はフリーランス一本で今に至る。政府間交渉からアンチエイジングまで幅広くカバー。著書に『同時通訳者のここだけの話』『通訳というおしごと』(アルク)。ブログ「翻訳と通訳のあいだ」( https://blogger.mikesekine.com/

※本記事は『ENGLISH JOURNAL』2018年2月号に掲載された記事を再編集したもので す。

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