「英語のプロ」といえば、やはり同時通訳者!聞いた言葉を即座に訳す姿は、本当にかっこいいですよね。しかしそんな彼らでも、時には「何これ!?」という英語表現に出合うことも。いったいどんな英語表現なのか、その名も『同時通訳者が「訳せなかった」英語フレーズ』という書籍でチェックしてみましょう! visual vampireの答えは本文をご覧ください。
筆者27人!同時通訳者の経験が詰まった本
本書の著者である松下佳世さんは、大学で教鞭を取りつつ、現役の同時通訳者として活動している語学のエキスパート。本書を執筆したのは、松下さんを含め27人もの同時通訳者たちです。
彼らが仕事の現場で実際に出合い、「訳せなかった」単語やフレーズを、 具体的な エピソードとともに(守秘義務に違反しないよう配慮しつつ)紹介しているのがこの本です。
「訳せなかった」といっても、そこは語学のプロ。その場はなんとか乗り切り、休憩時間や帰宅後などに、必死に勉強して知識をアップデートしています。
そんなプロ意識や語学への熱意が伝わってくるのも、本書の魅力です。
「訳せない」にもパターンがある
同時通訳者が「訳せない」という場合には、いくつかパターンがあるようです。
一つは、中学生でも知っているようなごく簡単な単語・表現であるものの、そのまま訳すと文脈に合わないもの。また、英語特有の慣用表現もあります。さらには、発音やつづりが紛らわしいものや同音異義語など。
また、IT系やファッション系など、それぞれの業界で使われる専門用語もあれば、文学やスポーツに由来する言葉もあります。
さらに近年では、インドの「ヒングリッシュ」やシンガポールの「シングリッシュ」など、英語圏以外の人が話す英語を通訳するケースも増えているとか。これもなかなか大変そうですね。
では、3つの具体例を見てみましょう。
同時通訳者が「訳せなかった」表現をチェック!
grandfatheringは「おじいさんする」?
grandfatherといえば、おじいさんのこと。今なら日本の小学生でも知っている単語ですね。ing形も、ごく初歩の文法事項です。しかし、grandfatheringといわれるとなんのことだか今ひとつピンと来ませんね。「今の若いもんは、根性がないから熱中症になるんじゃ!」というような、困ったお年寄りが英語圏にもいるのでしょうか。
実は、 grandfatherは動詞としてもよく使われる そう。環境問題に関する会議などでは温室効果ガスの「実績割当方式」という意味で使われ、金融関連では、新たな規制を導入する際の「経過措置」を意味します。
しかし、ある同時通訳者がこの grandfatherと出くわしたのは、IT関連の講義の場。講師の“if you choose to grandfather your existing data ... ”という言葉を「既存のデータをグランドファザリングする場合には・・・」と訳したところ、受講生から「グランドファザリングって何ですか」と質問が出てしまったのです。
「実質割当方式」でも「経過措置」でもありません。講師に 改めて 聞いてみると、「データのグランドファザリング」とは、「ある条件を新しいデータにのみ適用し、もともとのデータは対象外とすること」でした。
後で調べてみるとこの言葉は、19世紀後半のアメリカで生まれたもの。アメリカでは、南北戦争後に憲法が改正され、人種を問わず投票権が認められるようになりました。
しかし、南部の州では黒人に投票権を与えないようにしようという動きがあり、読み書きの試験に合格し、さらに投票税を払わなければいけないという条件が付けられました。ところがこのとおりにすると、読み書きができない貧困層の白人も投票できなくなってしまいます。そのため、「南北戦争前から投票権があった人たち(おじいさん世代)とその子孫は免除する」ことが州の憲法に追加されたのでした。これが、grandfather clause (祖父条項)なのです。
この章を執筆した同時通訳者は、grandfatherの語源を知ることで、どんな文脈にもふさわしい訳ができるようになったとのこと。
一見簡単に見える表現でも、その裏には思わぬ歴史的ドラマが潜んでいるものですね。そして、気になる単語は語源ごと覚えておくと、英語学習に役立ちそうです。
level with you.のレベルとは?">I will level with you.のレベルとは?
英語の慣用表現が問題になったのは、こんなケースです。
ある同時通訳者が会議に出席したときのこと。交渉は長引き、なかなか進展がない中、相手方の責任者がこう切り出しました。
I will level with you ...とっさに「御社の立場に立って申し上げます」と訳して事なきを得たものの、どうもしっくりきません。その後の会議の流れに問題はなかったのですが、確かにちょっと不思議な表現ですよね。
この同時通訳者が、再びこの表現に出合ったのは、新型コロナウイルスの感染が 拡大 し始めた頃。イギリスのジョンソン首相のスピーチに、この表現が登場したのです。
I must level with you, I must level with the British public, many more families are going to lose loved ones before their time.level with someone は「率直に言う」「正直に話す」 という意味。ウイルスの感染 拡大 によってこれからも死者が増えるというのは、目を背けたくなるような現実です。一国のリーダーがここまで言い切るのには相当な覚悟が必要だったと思いますが、だからこそ、“I must level with you ...”と切り出したのでしょう。英国民の皆さまに率直に申し上げなければなりません。これからさらに多くの皆さんの愛するご家族が寿命をまっとうできずにお亡くなりになるでしょう。
本書でも、相手がこう切り出したら、聞き手にとってあまりよくない内容が続く 可能性 が高いので、ひそかに身構えたほうがいい、と解説しています。ビジネスで英語を使う機会がある方は、覚えておくといいかもしれませんね。
ちなみに このジョンソン首相、オックスフォード大では由緒ある弁論部の部長を務め、ジャーナリストという経歴も持つ人物。「洗練された修辞法や歴史的、文学的な表現も多用するので、通訳者泣かせ」として知られているそうです。
「通訳者泣かせ」の英語はどんなものなのか?興味がある人は、YouTubeなどで彼のスピーチをチェックしてみては?
visual vampireってどんなバンパイア?
続いては、業界用語がわからなかったというケースです。
ある同時通訳者が、家庭用芳香剤のコマーシャル撮影に立ち会ったときのことです。
外資系メーカーの商品だったのか、クライアントは外国人。撮影現場の監督や出演者同士のやりとりを英訳して彼に伝え、彼が英語で 指示 をした場合は、それを日本語訳して現場の人たちに伝えるのが仕事でした。
商品の資料から、コマーシャルの絵コンテまで読み込み、準備は万端。撮影も通訳も順調に進みましたが、クライアントが突然、こんなことを言い出したのです。
We don't need a visual vampire.吸血鬼・・・?同時通訳者が混乱して止まっていると、クライアントはこう付け加えます。
Looks nice from here, but it becomes a visual vampire in the monitor .通訳者が「ここから見ると素敵なのですがモニターで見ると吸血鬼に見えます」と訳すと、現場は大混乱。カメラは人間の目には見えないものを捉えるというし、もしや・・・。
改めて クライアントに尋ねてみると、 visual vampireとは、悪目立ちして主役を食ってしまうもの のことだと言います。
コマーシャルの主役である商品の近くには、爽やかさを演出するために観葉植物が置かれていました。クライアントはこれを「悪目立ちするから取ってほしい」と言っていたのですね。通訳者は慌ててスタッフに訂正したとか。意味がわかれば、なんとも適切で納得のいく表現です。
スマホで写真を撮るときなど、「これはちょっとvisual vampireだな」などとつぶやいてみるとかっこいいかもしれません。
まとめ
本書には、同時通訳者が体験した「訳せなかった」表現が80例も掲載されています。といっても堅苦しさはなく、ユニークなエピソードばかりなので、楽しめること間違いなし。
また、通訳業界の裏側に触れたコラムやマンガ(これを描いたのも同時通訳者!多彩ですね)も載っています。英語学習に役立つおすすめ書籍リストもあり、サービス満点。同時通訳者を目指す人だけでなく、英語学習者ならぜひ読んでおきたい1冊です。
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尾野七青子 都内某所で働く初老のOL兼ライター。