日本で暮らし、博多弁を操る言語学者のアンちゃんことアン・クレシーニさんが出会った「間違いやすい日本語」をご紹介します。音が似ていたり、発音しづらかったり、私たちが英語を話すときに困った経験を、海外の方は日本語で感じているかもしれません。日本語を見つめ直すことで、英語学習への意外なヒントを発見してください!
彼と「こんにゃく」します?
私が日本にきたばかりの頃、笑えるくらいに日本語を間違えたものでした。ある日などは、友達に「あなたは私にとって、計り知れない価値がある存在!」と言いたかったのに、否定の「ない」をつける位置を間違えて、「あなたは価値がない!」と言ってしまったんです!
これはヤバいやろう?でも、もっとヤバいのもあるんです。
友達に、どうやって自分の旦那さんに出会ったか、なぜ日本に来たか、といった話をしていたときに、私は「彼と こんにゃくしてから 、日本に来た」と言いました。
友達はこれを聞くと、笑い始めました。「あれ?なんで笑っているの?」と最初は意味がわからなかったけれど、友達がその理由を教えてくれました。私は彼と 「婚約」してから日本に来た んですよね。話しているうちに、私も笑ってしまいました。
こんにゃく多くの外国人にとって、実はこの2つの単語は同じように聞こえています。けれど日本人にとっては、全然違う音ですよね。婚約
こういうときに、言葉は面白いと感じます。同じ言葉やフレーズを聞いていても、聞く人の育った環境や話す言語によって、違って聞こえるのですから。
これは、音声学的な見方では当然なことだと考えられています。言語によって、音声の 仕組み は違います。自分の母語の音は赤ちゃんのときから耳にしている音だからわかるけれど、そうでない音は聞き取れないということはよくあると思います。
日本人にとって、この代表例とも言えるのが/l/と/r/の混乱でしょう。もはや、伝説的です。聞き取れないし、正しく発音ができない人はたくさんいます。その結果、I like to eat lice.と言ってしまったことのある日本人も、少なくないはずです。
あなたが好きなのは、お米?それとも・・・?
よく例に出されるので、知っている方も多いかもしれませんが、ここでちょっと英語の/l/と/r/の音に関する復習です。
I like rice.これは、間違えたら、ヤバい。rice(米)とlice(シラミ)はちゃんと発音できるようになっておきましょう。お米が好きです。
I like lice.
シラミが好きです。
ほかにも例を挙げると、私の学生は、どうしても英語の work とwalkの違いが聞き取れないそうです。だから、発音もできないんです。バリゆっくり、一語ずつ発音すれば、なんとなく違いが出せるけれど、そうしないと、
I am on a diet, so I go working in the morning.と言ってしまうんです。確かに、働くことにもダイエット効果はあると思いますが、きっと言いたいのはそういうことではないですよね。ダイエット中だから、毎朝働きに行く。
I am on a diet, so I go walking every morning.アメリカ人でも日本人でも(どこの国の人であっても)、自分の母語ではない言葉を話すとき、こういうミスは必ずしてしまうものです。だからこの連載では、よく「外国人が間違える日本語」について話そうと思っています。ダイエット中だから、毎朝散歩する。
さて、始めよう!
英語ではしりとりができない?
今日、取り上げたい音は2つあります。まず、日本語の「ん」です。この独特な音は英語にはありません。今、「n」が頭に浮かんだ人がいるかもしれません。しかし、 英語の「n」と日本語の「ん」は違う音 です。この「ん」があるからこそ、日本の有名なゲーム、「しりとり」ができるということに気付いていましたか?
日本語の「ん」は独立しているひらがなの字です。話しているときにはそこまで音を強調しないけれど、例えばカラオケで歌っているとき、かなりはっきりと発音されます。
「こーんーなーに、あーなーたがーすーきーだーかーら、けっこーんしーたーい!」のような歌い方をしますよね。
日本語には「ん」で始まる単語がないので、「ん」で単語が終わると、しりとりが続けられません。ところが、英語の場合は単語が「n」で終わっても、普通に続けられるんです。一度、英語で「しりとり」をやってみたことがありますが、いつまでも続いてしまいました。英語の「n」と日本語の「ん」は同じではないので、あまり面白くなかったです。
意味の違いを握る「ん」の音
英語では、nは1つだけで使われても、2つ並んでいても、発音が変わりません。女の子の名前を見てみましょう。
Anabelleこの2つの名前は、 つづりは違いますが、発音は変わりません 。というより、 すべての名前の発音の方法は、その名前を付けた人が決めること です。だから、発音もつづりも、名付けた人によって変わっていきます。名前の見た目だけでは、どう発音するかは結局わからないんです。しかし、日本語では、ひらがなの発音は決まっていますよね。基本的に、どんな地方の人でも「あんな」を見たら同じように発音すると思います。Annabelle
ところで、「あんな」と「あな」はまったく違う発音をしますよね?「あんな」は、女の子の名前です。もしくは、「あんな人」などのように使えば、英語のthatの意味です。一方、「あな」は漢字で「穴」と書き、英語にしたらholeですね。
「あなたの娘、穴ちゃんはバリかわいい!」と間違ってしまうことのないように、外国人は「ん」の聞き取りを頑張らないと!
混乱しやすい言葉のペア
同じような理由で混乱しやすい言葉のペアはいろいろあると思います。
例えば、次のようなものです。
こんな:thisちなみに 今まで、外国人の日本語ミスをいろいろ聞いたことがあるけれど、私のいちばん好きな単語の間違いは、間違いなく、これです。粉(こな):flour
女らしい(おんならしい): feminineバリやばい。例えば、「彼女はとても女らしいね(She is very feminine .)」と言ったなら、それはとてもすてきな褒め言葉のひとつでしょう。ただ、その「ん」をはっきり言わないと、「おならしい」になる。「~しい」は「~しやすい人」という意味だったり、あるいは地方によっては「~しなさい」という意味の命令文になったりします。それを言ってしまったら、どう聞いても褒め言葉じゃないですよね!
小さいけれど大事な「っ」
私が難しいと思うもう一つの日本語の音は、小さい「っ」です。どうしても聞き取れないことがあります。
この 「っ」も英語には存在しない音 です。もし、日本人がゆっくりとその小さい「っ」を言ったら聞き取れると思うけれど、残念ながら、普通の会話のとき、あまりゆっくりは話さないですよね。
「っ」の 有無 で意味が変わる言葉のペアにはいろんな例があります。
チャック: zipper 、 fastener着(ちゃく):arrival
国会(こっかい):parliament後悔(こうかい):regret
作家(さっか):author坂(さか):hill、 incline
出血(しゅっけつ):bleeding終結(しゅうけつ):end
実感(じっかん): realization時間(じかん):time
さっき:just now日本人にとって、この小さい文字がとても大事だということがわかります。正しく発音しないと、言いたいことが通じなくなってしまうことが多そうですね。先(さき):ahead
ちなみに この中で、私がいちばん難しく思ったのは、「さっき」と「先」です。今でも間違えるときがあります。
外国語学習に母語は邪魔?
外国語を勉強しているときに、自分の母語はたまに邪魔になってしまうかもしれません。 言語によっては、文法、語彙、発音がまったく違うことがある からです。自分の母語にはない音を聞き取れるように、そして、発音できるようになるためには、一生懸命頑張らなければならないですね。
そして、 違う言語を話すとき、母語から直訳しようとする 傾向 がある から、それにも気を付けないといけません。直訳の落とし穴についてはまた今度書きたいと思いますが、次回の記事では、外国人を困らせる日本語の発音について続けて書く予定です。面白い発見がいっぱいあるから、お楽しみに!
あ、そっか!これも混乱しますね。 「発見(はっけん)」と「派遣(はけん)」 。やっぱり、日本語は難しい!
TEDxFukuoka~世界観を知ると人は変わる
アンちゃんが2018年に登壇したTEDxFukuoka。「世界観を知ると人は変わる(Understanding Worldview Changes Us)」のトークはすべて日本語で行われましたが、YouTube動画には英語字幕も付きました!アンちゃんが考える「学び」の原点とは?
アンちゃんの本、電子書籍で大好評発売中!
- 作者: アン・クレシーニ
- 出版社: アルク
- 発売日: 2019/10/15
- メディア: Kindle版
- 作者: アン・クレシーニ
- 出版社: アルク
- 発売日: 2019/09/09
- メディア: Kindle版
- 作者: アン・クレシーニ
- 出版社: アルク
- 発売日: 2018/11/15
- メディア: Kindle版
- 作者: アン・クレシーニ
- 出版社: アルク
- 発売日: 2018/04/24
- メディア: Kindle版
文:アン・クレシーニ
アメリカ生まれ。福岡県宗像市に住み、北九州市立大学で和製英語と外来語について研究している。自身で発見した日本の面白いことを、博多弁と英語でつづるブログ「 アンちゃんから見るニッポン 」が人気。 Facebookページ も 更新 中!