加瀬亮さんインタビュー~多言語のセリフを学びながら演じる

言葉の壁や国境を越えて活躍する日本人を紹介する、ENGLISH JOURNALの不定期連載「あっぱれ!ジャパニーズ」。今回は、『ベル・カント とらわれのアリア』で7つの言語を操る通訳者を演じる、加瀬 亮さんが登場。撮影時のエピソードや幼少時代の英語との関わりなど、広くおうかがいしました。

国内外の名映画監督に愛される、実力派俳優

俳優の加瀬 亮さんは、高い演技力と英語力を武器に、日本だけでなく海外でも活躍している。11月15日に公開されるアメリカ映画『ベル・カント とらわれのアリア』では、渡辺 謙、ジュリアン・ムーア、セバスチャン・コッホら、国際色豊かな俳優と共演。複数の言語に堪能な通訳を演じた。

多言語のセリフ、学びながら演じる

『ベル・カント』は、1996 年にペルーで起きた日本大使公邸占拠事件からヒントを得て書かれた小説を映画化した作品だ。南米某国の副大統領邸で開かれた、世界的オペラ歌手、ロクサーヌ・コス(ジュリアン・ムーア)のサロンコンサートに招かれた日本の実業家ホソカワ(渡辺 謙)と通訳のゲン(加瀬 亮)。ここに突然テロリストたちがなだれこんで建物を占拠し、出席者は人質にされてしまう。占拠が長期化する中、ロクサーヌの歌をきっかけに、テロリストたちと人質の間に、不思議な交流が生まれていく。

通訳のゲンは、人質となった各国のVIP や、南米の貧困層出身のテロリストらのコミュニケーションを繋ぐ重要な役割を担う。加瀬さんは出演が決まると、スペイン語、ドイツ語、フランス語、ロシア語が話せる人を探し、単語の意味や発音を教えてもらいながらセリフを頭に叩き込んだという。「セリフを吹き込んでもらって何度も聞いて覚え、正しく発音できているか確認してもらって準備しました」

ところが、いざ撮影が始まると台本は変更され、共演者はどんどんアドリブを入れるので、加瀬さんのセリフもどんどん変わってしまったという。「『せっかく覚えたセリフは何だったんだ!』という感じで……とにかく大変でした」と話す。

日本語であれば、共演者のアドリブにもすぐに対応できるかもしれないが、外国語だとそうはいかない。「共演者の皆さんには『僕は英語以外の言葉はできないので、セリフを変える場合は事前に言ってください』と言ってあったのですが……結局みんな、直前や本番で変えてくるんですよ」と苦笑いする。

撮影期間は加瀬さんにとって、語学の集中合宿のようでもあった。テロリスト役の俳優とホテルが同じだったので、「毎日、朝食のときに誰かをつかまえて、『スペイン語のセリフを言うから、間違っていたら直してくれ』と頼んで特訓してもらっていました」

映画で加瀬さんがフランス語、ドイツ語、ロシア語を話す場面はわずかだが、「通訳するシーンは、映っている分の3倍以上撮影した」という。フランス語は、フランス大使役のクリストファー・ランバートに、ドイツ語は、赤十字の交渉役を演じたドイツ人のセバスチャン・コッホや、ドイツ語が話せるジュリアン・ムーアにと、共演者に教わりながらセリフの練習をした。「今までは、英語の芝居もキツいと思っていましたが、(この作品に出演したことで)ほかの言語に比べれば英語の芝居は楽だと思うようになりました」と笑う。

海外では、監督や共演者とのディスカッションに苦労

海外と日本では、撮影現場の雰囲気が大きく違うと話す。「日本では、台本や演じ方について監督と話し合うことはあまりありませんが、海外ではまったく逆。何も意見を言わないと『やる気がないのか?』と思われてしまう。監督や出演者とは、よくディスカッションします」

英語に堪能な加瀬さんだが、監督や出演者とのディスカッションは、簡単なことではないと語る。「芝居に関する話は感覚的な内容も多いので、日本語であっても伝えるのは難しい。英語だとなおさらです。どんな風に表現すれば伝わるのか、辞書で調べて準備をしたりしています」という。「特にアメリカの人は、一見フランクに見えるけれど実際は全然そうではない。プライドが高いので、どうしたらプライドを傷つけずに伝えられるか、表現には気を遣います」と話す。

「アメリカに戻りたかった」子ども時代

加瀬さんは、いわゆる帰国子女だ。父の仕事の関係で、生まれてすぐにアメリカにわたり、7 歳までを過ごした。「帰国したときは、日本語があまりできませんでした。小学校6年生くらいまでは、日本語に不自由していた気がします」と話す。

しても、なかなか日本の生活にはなじめなかった。「小学校では、みんなと同じことをしなくてはならないのがイヤでした。日本がイヤで仕方がなく、いつも『アメリカに戻りたい』と言っていました」

見かねた両親が、加瀬さんが中学生のときの夏休み、以前住んでいたアメリカ、ワシントン州に一人旅をさせてくれた。しかし「昔の友人の家に泊めてもらったんですが、全然英語がしゃべれなかったんです」。帰国後、日本語を身に付ける中で、英語を忘れてしまっていたのだ。また、中学生にもなると、アメリカを離れた7歳のときよりも、表現したい内容は複雑になる。相手が言うことは聞き取れても、自分が言いたいことを表現するための語彙は足りない。「せっかく懐かしい友達に会ったのに、思うように話せずとてもショックだった。そこから英語を勉強し始めました」

かつてまったく英語ができない状態で渡米した両親が使い込んだ、赤線がたくさん引かれた参考書を本棚から引っ張り出して取り組んだ。また、語彙を増やそうと、単語帳を作って覚えたりもしたという。「電子メールがない時代だったので、アメリカの友達に手紙を書いて『文通』もしていました」と振り返る。

世界中の映画に出たい

小さいころから、商社マンの父が世界中を飛び回る姿を見ていた加瀬さんには、自分も将来は海外に羽ばたきたいという思いがあった。「父の仕事の関係で、家にはよく、外国の人が来ていました。そこでさまざまな文化に触れる楽しさを知りました」という。

「俳優になったばかりのころは、『まずは日本で俳優として認めてもらわないと』と思っていた」というが、今では多くの海外作品に出演するようになった。映画の世界で海外に羽ばたき、さまざまな文化に触れ、夢をかなえつつある。「日本でいい映画を作って、世界の映画祭に持っていくことも好き。世界中の映画に出たい」と話している。

加瀬 亮(かせ りょう)

1974年11月9日、神奈川県生まれ。生後まもなく渡米し7歳までアメリカ合衆国のワシントン州で過ごす。2000年にスクリーンデビュー。2004年公開の『アンテナ』(熊切和嘉監督)で映画初主演を果たして以降、周防正行監督『それでもボクはやってない』、クリント・イーストウッド監督『硫黄島からの手紙』、北野 武監督『アウトレイジ』、アッバス・キアロスタミ監督『ライク・サムワン・イン・ラブ』、ホン・サンス監督『自由が丘で』、森崎東監督『ペコロスの母に会いに行く』、山田太一脚本『ありふれた奇跡』、堤幸彦監督『SPEC』シリーズなど映画を中心にテレビドラマ、CM、舞台等、メジャー、インディペンデントを問わず、国内外の作品に出演。主な受賞に第31回日本アカデミー賞優秀主演男優賞、第50回ブルーリボン賞、第32回報知映画賞がある。

『ベル・カント とらわれのアリア』本日公開!

Amazon ベスト・ブック・オブ・ザ・イヤーに輝くベストセラー小説を、ジュリアン・ムーア×渡辺 謙×加瀬 亮といった日米豪華キャストで待望の映画化。テロリストと人質――なぜ、正反対の立場の彼らが心を通わせたのか?危機的状況で生まれた絆の行方を描く感動ドラマ。

11月15日(金)TOHOシネマズ 日比谷ほか全国ロードショー。

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取材・文・構成:大井明子(ライター)/江頭茉里(ENGLISH JOURNAL編集部)
写真:c 2017 BC Pictures LLC All rights reserved.

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