世の中には数え切れないほど英文法の本がありますが、これはかなりの変わり種。あなたの英文法観(というものがあれば)を覆す1冊になるかもしれません。
「実用的」は英語本に対する褒め言葉か?
英語学習本のレビューには、「 すぐに 使える便利なフレーズがいっぱい」「読みやすく、納得して覚えられる」というようなフレーズが、褒め言葉として頻繁に使われます。 GOTCHA! でも大変よく使います。
このデンでいけば、本書はよい英語本とは言えないかもしれません。何しろ例文は全て吸血鬼か怪奇ネタばかり。「 すぐに 使えるフレーズ」とは言い難いものばかりです。
形容詞
The baby vampire is finicky about blood types.吸血鬼の赤ん坊は、血液型にうるさい。
前置詞
The baby vampire hurled his bottle at his nanny and screamed for type O instead .吸血鬼の赤ん坊は哺乳瓶を乳母に向かって投げつけ、代わりにO型の血液をよこせと叫び声をあげた。
再帰代名詞
The vampire bit himself .「すぐ」どころかおそらく一生使わないでしょう。そして、独特の言い回しや世界観は納得できるとは言い難いのですが、 読み続けるうちに「じわじわ来る」 ことは間違いありません。その吸血鬼は、自分自身を噛んだ。
背後からひたひたと歩み寄り、いつの間にかあなたの背中にピタッと貼り付いている……。そう、まるで吸血鬼か悪霊のように。
そして今度は、いくら追い払おうとしても離れてくれなくなります。「飽きることなく一気に読める」というのも英語本のレビューの常套句ですが、「それってこういうことだったんだなあ」と実感できるはず。
この世界観にハマればぐっとくる
例文がこの調子ですから、解説もかなり風変わりで独特のムードがあります。しかし、この雰囲気にいったんハマれば、これまたかなり「じわじわ来る」はず。
例えば「動詞」についてはこうです。
動詞は文の心臓の鼓動(ハートスロップ)である。(中略) 動詞が生きる目的は、主語についての何かを示し、語り、誓い、述べ、ほのめかし、あてこすることである。あてこすっていたのか。動詞、なかなか性格に癖がありそうですね。
少々気の毒な感じがするのは動名詞です。
動名詞は動詞に-ingがついている形であり、気まぐれと動詞たちに翻弄されたあげく、名詞としての予期せぬ生活を送るにいたっている。窓辺でタバコをふかしている年配の女性が浮かびます。「あたし、昔は動詞やってたこともあったんだけどね」という感じでしょうか。
多分、貴族の令嬢に生まれたものの身分が低い男と駆け落ちをし、紆余曲折を経て今は場末の酒場兼宿屋で下働きをしているのです。知りませんけど。
関係代名詞の who と whom の解説はこんな感じです。
who と whom は人だけを指し示す。示される対象は、知性があり生きているだろう。こうなると、自分が who や whom を使ってもらう資格があるのか、怪しくなってきます。生きているのは間違いないけれど知性のほうはちょっと……。
そして、関係代名詞 whom の例文はこちら。
That trilingual solitary to whom you gave the cupcakes needs a pedicure.世捨て人ですが三カ国語を話せるというのですから、この人は知性があります。whom を使うのにふさわしい相手です。ペディキュアが必要な理由は不明ですが。君がカップケーキをあげた三か国語を操る世捨て人は、ペディキュアを必要としている。
英語を「書く」には文法の知識が不可欠
本書の一番の特徴は、翻訳書であること。 ネイティブ・スピーカー向けに英語で書かれた英文法の本を翻訳したもの なのです。
ネイティブ・スピーカーがわざわざ本で英文法を勉強するというのも意外な気がしますが、日本でも時おり『ビジネスマンなら知っておきたい正しい日本語』みたいな本がベストセラーになったりしますね。
英語のネイティブ・スピーカーも、ときには文法の知識をブラッシュアップする必要があるのでしょう。
訳者によれば、特に正しい英文法を「書く」上で英文法は重要なのだそう。
英語を使って仕事をする人々、英語圏で学問を修めようとしている人々は、文法からは逃れられない。(中略)文法的に正しい文章を「書ける」力は、一定水準以上の教育を受け、社会の成員たる教養を持っていることを間接的にではあれ証明してくれるからだ。(中略)文法的に正しい英文が書ける、という力は、英語を母語とするしないに かかわらず 、やるべきことをやってきた人の証なのである。本書はページの端に5センチほどの余白があります。本のサイズがA5判(中学や高校の教科書と同じサイズ)ですから、この余白はかなり広め。
ここは実際に読者が英作文を書いてみるためのスペースなのです。すでに紹介したように例文はかなり風変わりですが、自分なりに書き換えてみるといいかもしれません。
なぜ吸血鬼が登場したのか?
「序文」によれば、本書に登場する吸血鬼は、もともと吸血鬼だったわけではなく、「とてつもなく寛大で、貪欲な知性を持った子ども」だったそう。しかし長い旅を経て、彼は別の存在に変わっていたのです。
彼は夜の眷属(けんぞく)の一人になっており、鋭い牙を持つ大いなる未知の存在から文法を授けられていた。彼は壊れた規則の間を慎重に歩んで、物事を正すために帰ってきた。そう、私たちが書くぐちゃぐちゃの英文を正すために……。
あまりに物覚えが悪いと、私たちも首筋にカプッとやられてしまうかもしれません。しかし、恐るるに足らず。本書ならするすると読み進められるでしょう。
例文にもこうあります。
ぞくぞくするのは快楽。留学する予定がある方、仕事で英語を書く必要がある方、ただのホラー好きという方も、ぜひこの「ぞくぞくする」英文法本を楽しんでみてください。A tingle is a pleasure.
構成・文:浦子
GOTCHA!のエディター兼ライター。My son is a horse thief. (私の息子は馬泥棒なのです)という英文を10回くらい音読していたら息子が怒りだしました。
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