1969年に刊行された語学本が、文庫版として復刊されて話題になっています。その名も『20ヵ国語ペラペラ』。50年以上も前の本ですが、言語を学ぶ人にとっては今でも役立つ情報がいっぱいです。
話せる言語は20ヵ国語以上!
ヨーロッパなどに旅行すると、数カ国語をペラペラ話す人に出会うことは珍しくありません。そのたび、「ヨーロッパ言語はどれも似ているからね・・・」などと負け惜しみを言ったりするわけですが、20ヵ国語を話せるとなったら、文句なしにスゴイと思いませんか?
それが、今回紹介する本『20ヵ国語ペラペラ』の著者、種田輝豊(たねだ てるとよ)さんです。種田さんが話せる言語はこれだけあります(表記は本誌に掲載されている通り)。
- 英語
- フランス語
- スウェーデン語
- フィンランド語
- ドイツ語
- ロシア語
- オランダ語
- 中国語〈北京官話〉
- イタリア語
- デンマーク語
- ノルウェー語
- アイスランド語
- ペルシャ語〈イラン語〉
- トルコ語
- スペイン語
- ポルトガル語
- 古典語〈ラテン語、ギリシャ語〉
- チェコ語
- インドネシア語
- ルーマニア語
- 朝鮮語
- アラビア語
あらためて数えてみると、20ヵ国語以上ありますね!どの言語も通訳、翻訳ができるレベルだというから驚きます。種田さんとは、一体どんな人なのでしょう?
著者の種田さんはどんな人?
種田さんは、1938年、広島生まれ。終戦の4ヵ月前に家族で北海道に引っ越し、そこで育ちました。お父さんがドイツ語を学んでいたため、幼いころから外国語に興味を持つ環境ではありましたが、今のように、さまざまな学習法が用意されている時代ではありません。
それでも種田さんは、持ち前の好奇心と粘り強さで、書籍やラジオ講座を活用して、ほぼ独学で英語を身に付けていきます。
高校2年のときには、AFSの交換留学制度に合格。1年間、アメリカで学びながら、フランス語やスウェーデン語など、数カ国語を独学していたといいますから、これも驚きですね。その後、東京外国語大学へ進学してイタリア大使館で働くようになり、イタリア語をマスター。さまざまな大使館の職員と接するうちに、ペルシャ語、トルコ語、オランダ語、朝鮮語、デンマーク語、ノルウェー語なども学ぶように。
やがて、国際会議のサポートや、通訳、翻訳の仕事に就き、一時期は、アルクの月刊誌『ENGLISH JOURNAL』の編集長もしていました(当時は『The English Journal』表記)。
妻子とともに渡米してからも、通訳や翻訳など、語学を生かした仕事に携わり、2017年に他界されました。
こうして眺めてみると、留学経験があり、外国語大学にも進学しているので、言語学習者としては王道というかエリートコースを歩んできたともいえるのですが、種田さんの場合、それらの経歴に大きく左右されたという感じがありません。どこの道場にも、どの流派にも属さず、独力で技を磨き上げていく野武士みたいな印象です。
「教えてもらう」という受け身なところがなく、新しい言語を能動的に勝ち取っていったような感じがするのです。ある言語を習得すると、それを力にして次の言語を習得。そしてまた次の言語を・・・という感じ。それでいて、種田さんの語学習得法は、決して、力まかせや行き当たりばったりではありません。当時は、好奇心や状況の赴くままに、目の前にある言語を吸収していったのかもしれませんが、20以上もの言語を身に付けてきた人ならではの理論ができあがっています。
どの言語にも共通する習得のコツ
種田さんが勧めているのは、まず、1,000〜1,500語のレベルの入門書を手に取ってみること。中学3年までの英語が2,000語程度なので、中学英語と同じレベルの表現が載っているかどうかが目安になりそうです。続いては、基本的な例文を500題ほど丸暗記。種田さんはこれを、自分の経験からいって「最良の方法」としています。
高校時代にAFSの試験を受ける前にも、試験対策として500例文を暗記していて、「それは例外なくわたしの血肉となり、百パーセント役に立った」と種田さん。
この経験から、その後は、どの言語を学ぶときも、入門書を読み込みつつ、最低500例文を暗記したそうです。この500例文は、入門書や文法書に載っているものでもOK。ラジオ講座のテキストなども使えば、簡単に集められますね。また、一気に500例文と考えると大変な感じがしますが、1日10題ずつ覚えれば2ヵ月もかかりません。意外とできる気がしてきませんか?「単語は覚えなくていいの?」とも思いますが、単語だけをバラバラに覚えると、使うときに自分で文に組み立てなければなりません。その点、「章句を暗記していれば、組み立ての苦労なしにそっくりレディ・メードを実用に供することができる」とのこと。500例文を覚えていれば、ほとんどの表現は間に合い、まず困ることはないそうです。
次は、「ひとりごと」です。入門書を読み、500例文を覚えたら、今度はそれを活用する段階。相手なしでも、目にしたものをどんどん英語に置き換え、心のなかでつぶやいてみるのです。本書では、次のように自問自答することを勧めています。
「今日はだいぶ寒くないか?」
―さよう、今日は寒い。
「この匂いはなんだろう?」
―ここはパンをつくっている店だ。
どうしても英語で言えないときや自信がないときは、それをメモしておいて、家に帰ってから調べます。現代なら、スマホでメモしたり、その場ですぐに調べたりもできますね。
以前、紹介した本では、スマホで誰かと会話しているふりをして英語を話し続ける、という方法をあげていました。
本当に効果のある学習法は、50年たっても変わらないのかもしれません。現代ではより実行しやすく、より効果的になっているともいえますね。
「ことばは人間のよろこびだ」
先ほど私は、種田さんのことを野武士のようだと書きましたが、決して型破りなわけではありません。正しく話すことにこだわりがあり、ブロークンな話し方に対しては、とても厳しいのです。
単語は何千何万と知りながら、ブロークンを平気でいうような人は、正しく用いる人から軽蔑されることはいうまでもない。(中略)人間はことばにデリケートなニュアンスをふくませて、はじめて真の意思を通じあうことができるものだからである。わたしはいつもそういう点に、人一倍注意している。
未知の言語に対して、野武士のように果敢に挑みながら、紳士のように礼儀正しい態度を崩さない。種田さんの学習法からは、言語に対する敬愛あるいは畏敬の念のようなものが感じられます。
もしかしたら、種田さんが多言語を習得できたのは、言語に対するこの気持ちが、人一倍強かったからかもしれません。
本書の冒頭には、「ことばは人間のよろこびだ」という一節が載っています。さまざまな言語を習得しながら、種田さんの「よろこび」はどんどん増していったのだろうと思います。
まとめ
本書を読んでいて驚くのは、種田さんの行動力です。ある言語を学びたいとなると、その国の大使館に連絡して、本や資料を送ってもらうこともしばしば。また、外国人が宿泊しているホテルを訪れ、その国の言語を朗読してもらい、テープレコーダーで録音したエピソードなどは度肝を抜かれました。
今はインターネットがあり、かなりマイナーな言語でも、テキストも音声も簡単に入手できます。オンライン英会話などの語学サービスも、ちまたにあふれかえっていますよね。あとはもう、本当に、自分がやるかどうかだけです。どれだけ環境が整ったとしても、言語習得は、自分でやろうと決意して、自分でやるもの。どんな方法を取っても、結局は独学なのかもしれません。そしてその先には、たくさんの「よろこび」が待っているのでしょう。
『20ヵ国語ペラペラ』は、今の時代に生まれたありがたさが分かると同時に、あとは自分次第だと活を入れてくれる本でした。