身の危険を感じたとき【通訳の現場から】

身の危険を感じたとき【通訳の現場から】

イラスト:Alessandro Bioletti

プロ通訳者の関根マイクさんが現場で出くわした、さまざまな「事件」を基に、通訳という仕事や通訳者の頭の中について語ります。もちろん、英語学習に役立つ通訳の技もご紹介。通訳ブースの中のあれやらこれやら、てんやわんや、ここまで言っちゃいます!

中国のハワイと呼ばれる海南島で仕事をしたことがあります。最近は欧米の大手IT 企業がアジア地域の代理店をリゾート地に招いて、最新の製品やサービスを披露し、会社の戦略などを説明する会議を開催することが増えています。昼は会議、夜は豪華なディナーパーティーと、盛りだくさんのインセンティブツアーです。通訳者もプライベートでは絶対に泊まれないような高級リゾートホテルに泊まり、おいしい食事を頂きます。

そこで止まるか?

特に問題なく2 日間の業務をこなした私と通訳パートナー(女性)は、帰国日の朝にロビーで待ち合わせ、空港行きのタクシーをつかまえました。荷物をトランクに詰め込み、空港に向けて走り出します。終えたばかりの業務を2 人で振り返りながら、次の業務はシンガポールだ、私は少し休んでマレーシアよ、などと通訳トークをしていると、運転手が片言の英語で突然喋り始めました。

強い訛なまりで、さらに文法がめちゃくちゃなので何度か聞き返す必要がありましたが、どうやら「空港までは行けない」と言っているようでした。ホテルで車に乗り込んだ時点で行き先は空港とわかっているはずなのに、なぜ今になって行けないのか。よく理解できないので理由を聞くと、どうやら以前に車関係の違法行為を犯したので、空港から出入り禁止処分を受けているとのことでした。

「どうやら」というのは、プロの通訳者2 人をもってしても運転手の英語がうまく聞き取れなかったので、たぶんそういうことだろうと解釈したまでです。実際のところは今になってもわかりません(笑)。

理由がなんにせよ、運転手いわく「空港まですぐそこ」の地点でタクシーは止まりました。なんとなく空港ターミナルらしき建物が見えつつも、当時は運転手に「空港が近い、歩け」と言われただけなので、そもそも本当に空港が近くにあるのかもわかりません。しかし運転手はもうこれ以上乗せるつもりはないようなので、パートナーと相談して降車することを決めます。

私はパートナーに、「荷物を盗まれたら困る。私が車内に残るので、先に降りて荷物を出してくれないか」と頼みました。反対でもよいのですが、私が荷物を出している間に女性であるパートナーが連れ去られては厄介です。張り詰めた空気の中、無事に荷物を確保すると、料金を払って私も降車しました。そこから10 分ほど歩くと空港に着いたのでほっと胸をなで下ろしましたが、海外では本当になんでもありだなと再確認しました。

Lost in Rio

ところで、私は仕事の期間中はあまり遠出せず、食事も刺激物を比較的避けるようにしているのですが、ひとたび仕事が終わるとアドベンチャーモードに入ります。明らかに衛生管理が甘そうな屋台で激辛ローカル料理を食べたり、特に計画を立てずに隣町まで散歩したりします。ブラジルのリオデジャネイロに出張したときの話ですが、市内で国際会議を終えた夜、ほかの通訳者仲間が翌朝のフライトが早いからという理由で早々と自室に消えていく中、せっかく南米まで来たのにもったいないと考えた欲張りな私は財布と地図を手にして夜のリオに飛び出しました(なぜか携帯は忘れた)。

現地の街並みや住民の日常的風景を楽しみながら時間を忘れて歩き、道中で見つけた小汚い(=観光客が来なさそうな)飲食店で食欲を満たして、午後11時頃に足が疲れたので帰ることにしました。

ただ、ここからが問題です。私は方向音痴ではないし、地図も普通に読めると思っているのですが、持参した地図のとおりに進んでも一向に見慣れた風景が姿を現しません。むしろ目的地から遠ざかっている感覚すら覚えました。携帯を忘れたのでマップアプリにアクセスできませんし、配車アプリも使えません。周辺の店がどんどん閉店して光が失われていく中、ここにきて初めて不安を感じ始めました。再度地図で場所を確認して、あの道の先にある階段を上ればホテルのある大通りに出るはず─と、確信が持てない自分を奮い立たせます。

後でわかったのですが、リオでは高低差がある複数の道路が網の目状に展開されていて、道路が重なる部分についてはそれがわかりにくい地図もあるとのこと。私はおそらくそれを認識できず、知らずに間違ったルートに入っていたのでしょう。いずれにせよ、辺りはどんどん暗くなっていきます。

ドキュメンタリー番組などでファヴェーラ(ブラジルの貧みをはがされて殺される、と洗脳されている私は、そもそもファヴェーラに入っていないのに周りのすべてが敵に見えてきました。深夜だからなのか、車や人がかなり減り、映画『バットマン』に出てくる裏通りのような雰囲気で、今にも物陰から襲われそうな緊張感が漂います。不思議なもので、人間は明らかに危険な環境に身を置くと、本能が危険信号を発して緊張感が高まるようです。この時も感じましたし、学生時代にサンフランシスコのテンダーロイン地域(麻薬ディーラーや売春婦が多い犯罪多発地域)に迷い込んだときにも確かに感じました。昼間でしたが、雰囲気がガラっと変化し、はっと気付いた瞬間に足がすくんだのを覚えています。すぐにU ターンし、走って逃げました。海外にはこのような危険な場所が結構あるのです。

リオに戻ります。警戒しながら道の先にある階段を上っていくと、途中で階段に座り込んでいる黒人の若い男性がいました。だぶついたT シャツに汚れた長ズボン、靴は履いていません。けれど階段を上ってくる私を鋭いまなざしでにらみ続けます。思い返すと、この男性の脇を通り抜ける瞬間がいちばん怖かったです。人気がなくて薄暗い場所、深夜の時間帯、明らかに場違いで弱そうなアジア人─背中に銃を突きつけられても全然おかしくない状況でした。結局は何も起こらず、階段を上りきったところで運よくタクシーをつかまえてホテルに戻ることができたのですが、今後はもっと注意しなければと思いました(すぐに忘れるのだけれど)。

ちなみに米国出張時には仕事が終わった夜にウーバーで移動して地域のおいしいものを食べに行くことがあるのですが、私が乗る車の運転手はなぜか変わり種が多い印象です。「俺、弟を殺しちまってな。つい2 年前に出所したばかりなんだよ」と告白する人もいましたし、「1 万5000ドル払ってロシアから密入国したんだよ。アメリカンドリームに賭けてるのさ!」と陽気に話す人もいました。類は友を呼ぶというか、常に危険が私を追ってきています!

関根マイクさんの本 

同時通訳者のここだけの話

同時通訳者のここだけの話

  • 作者:関根 マイク
  • 出版社/メーカー: アルク
  • 発売日: 2019/02/18
  • メディア: 単行本
 
通訳というおしごと

通訳というおしごと

 

文:関根マイク( せきねまいく)

フリーランス会議通訳者・翻訳者。関根アンドアソシエーツ代表。カナダの大学在学中から翻訳・通訳を始め、帰国後はフリーランス一本で今に至る。政府間交渉からアンチエイジングまで幅広くカバー。著書に『同時通訳者のここだけの話』『通訳というおしごと』(アルク)。ブログ「翻訳と通訳のあいだ」(http://blogger.mikesekine.com/

※本記事は『ENGLISH JOURNAL』2019年3月号に掲載された記事を再編集したもので す。