リレー通訳【通訳の現場から】

リレー通訳【通訳の現場から】

イラスト:Alessandro Bioletti

プロ通訳者の関根マイクさんが現場で出くわした、さまざまな「事件」を基に、通訳という仕事や通訳者の頭の中について語ります。もちろん、英語学習に役立つ通訳の技もご紹介。通訳ブースの中のあれやらこれやら、てんやわんや、ここまで言っちゃいます!

私が初めてリレー通訳を経験したのは日本からはるか離れたパラグアイで開催された国際会議でした。西語(スペイン語)発表者が話し始めると、西英通訳者が英語に同時通訳し、その英語を受けて私を含む英日通訳チームが日本語に訳します。つまり上流の西語から下流の日本語まで、西語→英語→日本語と流れていくのです。日本語の発表者の場合はこの逆で、日本語→英語→西語となります。陸上選手がバトンを次の走者に渡すように、1 つの言語から次の言語へ移るのがリレー通訳です。会議の公式言語が3 カ国語以上ある場合に採用されることがあります。

潤沢な予算があれば西日通訳者と英日通訳者を別々に手配するのも一つの手なのですが、それだと通訳者の数が2 倍に増えるばかりか、追加ブースのスペースも確保しなければならないため、通常はリレー形式を採用します。リレー通訳はその特殊性ゆえ、下流にいると本当に難しい。まず、上流の誤訳はそのまま誤訳として訳出せざるを得ません。下流にとっての原文は上流の訳なので、上流が発表者の発言を誤訳しても、下流にはそれが誤訳だと知る手段がないのです。同時に、上流が原発言の一部をぼやかしてしまうと、下流は同じように曖昧な表現を選択するしかありません。舞台上の発表者は自信満々に話しているのに、イヤホンから聞こえてくる上流の訳の歯切れが悪いと、下流の私はとても不安に思いながら訳します(笑)。

「リレー」悲喜こもごも

リレー通訳は「多言語伝言ゲーム」的な要素があるので、通訳者は正しく伝えようといつも以上に慎重になります。考えてもみてください。「先週の金曜夜、大親友と渋谷で寿司を食べた」が「金曜に友人と日比谷で夕食を食べた」になり(渋谷を日比谷と勘違いし、寿司の部分が聞き取れなかった)、さらに「金曜に友達何人かと公園でご飯を食べた」になることだって十分にあるのです(「日比谷」を「日比谷公園」と勘違い)。そんなバカな、と思うかもしれませんが、一瞬の判断が訳の構成や質を左右する同時通訳では、これは十分に起こり得ることなのです。

それでも上流が何か喋ってくれればまだいい方で、経験が浅い通訳者を上流に持つと、無言でただ時間が経過するという、同時通訳者にとって史上最恐のホラー映画のような展開もたまにあります。とても息苦しく、数秒が数分のように感じます。下流としては材料がないとそもそも訳せないわけで、上流にはとにかく何か喋ってもらわないと仕事にならないのです。イヤホンを通じて聞こえてくる上流通訳者の荒い息遣いや言葉の震えには、同じ通訳者として「苦しいけど頑張れ!」と応援したくなる一方、「お前が訳さないとオレも訳せないんだよ、しっかりしろやゴラァ!」と苛いら立だ ちを覚えることもあり(笑)、とても複雑です。

さて、リレー通訳で下流が注意しなければならないことはほかにもあります。例えば発表者が使用するスライド。発表者がスライドのある部分を指して「A を見ると、B との違いが明らかですよね」などの発言をしても、下流に伝わる頃にはもう次のスライドに移っていて、下流の訳を聞いている聴衆には何の事だかさっぱりわからないという状況が発生する場合があります。聴衆の反応も言語別で異なるというか遅れるのですが、これが下流にとっては結構なプレッシャーになります。下流としてはただでさえ遅れているので、できるだけ早く追いついて聴衆の反応に時間差がないようにしたい、けれど正確性を大きく犠牲にすることはできません。上流訳で聴衆が「おおー」と驚いているのに、下流訳が味気ない無難な訳だと、下流訳を聞いている人は「この通訳者さん、本当にちゃんと訳しているのかな」と疑問を持ちます。ジョークも、上流訳できちんと笑いが発生しているのに、下流に笑いがないと、通訳者としてはとても肩身が狭い。

リレー通訳をさらにややこしくする要素に、発表者の言葉があります。例えばアメリカ人の発表者が、英語で発表すればいいものを、拙い西語で発表したとしましょう。会議参加者の6 割がスペイン語圏の人、2 割がアメリカ人、2 割が日本人だとしたら、サービス精神旺盛な発表者が「西語で発表した方が喜んでもらえるだろうな」と考えることもあるわけです。発表者本人は自分の西語が結構上手いと勘違いしていることも少なくありません(笑)。この場合、上流の西英チームはまず拙い西語を適切な西語に「解読」し、次に「解釈」して「訳出」するので、工程が増えた分どうしても訳の質が低下します。質が低下した英語訳を下流はさらに和訳するわけですが、ここから質が劇的にアップすることはありません。

いろいろなリレー

稀(まれ)ですが、逐次通訳をリレー通訳形式で行うこともあります。原発言、訳A、訳B と続くので、当然時間が3 倍近くかかるわけですが、短い挨拶などの場合はわざわざブースや機材を準備するよりは逐次の方が生産的なこともあるのです。私がメキシコで経験したある案件では、工場の全作業員が食堂に集められ、日本人社長が挨拶して私がそれを英語に訳し、現地の通訳者が西語に訳しました。聴衆が私の英訳には無反応なのに、なぜか西語訳には毎回くすっと笑っていたことが不思議だったのを覚えています。もしかしてあの西語通訳者さん、毎回頑張って笑いをとりにいっていたのかな?

私自身は経験がないのですが、手話通訳とのリレーもあると聞きます。通訳仲間から聞いた話ですが、ある現場で「エンパワーメント(empowerment)」という単語を和訳で使ったら、手話通訳者がその言葉を知らなかったのか、または手話の構造的に訳しにくかったのかわかりませんが、「え」「ん」「ぱ」「わ」というように一文字ずつ訳出していたそうです。あと、手話は基本的に断定する(言い切る)表現が主体なので、含みを持つ表現が訳しにくいのだとか。難しいものですね。

さて、冒頭のパラグアイでの国際会議に話を戻します。実は私、この会議でとても貴重な体験をしました。ある発表で上流だった私が訳していると、いきなりブースのドアがバーンと開いて、西英通訳者に「あんた何してんの、黙ってないで訳しなさいよ!」と怒鳴られたのです。たまたま機材トラブルが発生して、私の英訳が少し離れた場所にある西英ブースに届いていなかったと後でわかったのですが、後にも先にも鬼のような形相をした同業者に怒鳴りつけられたのはあの日だけです。

関根マイクさんの本

同時通訳者のここだけの話

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  • 作者:関根 マイク
  • 出版社/メーカー: アルク
  • 発売日: 2019/02/18
  • メディア: 単行本
 
通訳というおしごと

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文:関根マイク( せきねまいく)

フリーランス会議通訳者・翻訳者。関根アンドアソシエーツ代表。カナダの大学在学中から翻訳・通訳を始め、帰国後はフリーランス一本で今に至る。政府間交渉からアンチエイジングまで幅広くカバー。著書に『同時通訳者のここだけの話』『通訳というおしごと』(アルク)。ブログ「翻訳と通訳のあいだ」(http://blogger.mikesekine.com/

※本記事は『ENGLISH JOURNAL』2018年5月号に掲載された記事を再編集したもので す。