フェンシング道を究める【オレゴン12カ月】

渡米して20年以上がたち、現在はオレゴン州ポートランドで暮らす大石洋子さん。家族や身の回りで起こった出来事や季節のイベント、日米文化の違いなどにまつわるお話を現地からお届けします。

もうすぐ16歳になるわが家の娘がフェンシングをしていることは、このコラムで何度か書いてきた。フルーレ、エペ、サーブルという3つの種目のうち、比較的新しく、最もスピードがあって攻撃的なサーブルをしている。

すばしっこくて負けん気が強いところが向いているようで、娘は全米ランキングの上位に食い込んでいる。昨シーズンは14歳以下枠の最終大会で銅メダルを取り、ランキング7位で終えた。

今シーズン(シーズンなどと言いながら、8月に始まり翌7月に終わる通年のスポーツなのだが)も頑張るぞ、と気合を入れていた折、ライバルたちがこぞってヨーロッパで開催される大会に申し込んでいることが発覚した。毎月開かれる全米大会で顔を合わせては、しのぎを削っているライバルたちである。「ウチもヨーロッパに行かねば!」と慌てた。

息せき切ってコーチに相談に行ったところ、まあまあ落ち着いて、と座らされた。そろそろこんなふうに慌ててやって来る頃だと 予測 していたようである。

まずは、ヨーロッパの大会に参加するにはお金がかかる、と言われた。飛行機とホテルに、大会の参加費用。ユニホームやマスク、剣も国際大会 基準 を満たしたものを用意しなければならず、しかもフェンシングのユニホームときたら、一番外側に着るエレクトリックジャケット(剣が当たると電光掲示板が点灯)の下に、厚手のホワイトジャケット、プラスチックの胸当て、プラストロンという布製胸当てという重装備だ。普段出ている全米大会ではこれらの装備は国際 基準 を満たさなくてよいが、ヨーロッパの大会に行くとなると、すべてを新調することになる。

また、ユニホームといえば、ヨーロッパの大会に出るということはアメリカを代表するということだから、チームUSAのそろいのジャージを買う必要がある。上下で300ドル(約3万3000円)ぐらいだろうか。

「さらに」コーチの話は続く。大会に参加する選手の数によっては、その国から審判を連れて行かなければならず、その旅費は選手持ち(参加選手で頭割り)だし、チームUSA のコーチの旅費も同様。

「ユニホーム類は一度そろえれば毎回かかる費用ではないが、それでも、ヨーロッパ大会に参加するにはだいたい一回につき5000ドル(約55万円)はかかると見ておかなければ」

コーチは重々しく言った。

イラスト:尾崎仁美

ヨーロッパ大会出場の目的は、アメリカ選抜チームに入ることである。そろいのジャージを買えば入れるチームUSAではなく、選抜チーム。ワールドカップなどに出る、ごく限られた選手たちだ。

「選抜チームに入るには、シーズンの間にヨーロッパ大会に3、4回は出て、いい成績を収めなくては」5000ドル? 3・・・。そんなふうにして入った選抜チームの 先に は、アスリートの最高峰ともいえるオリンピックがあるわけだが、ここまで話したコーチは、「結局は、あなた方のゴールがどこにあるのか、ってこと」と言った。

オリンピックに出るためには、選抜チームに入って国際大会でいい成績を収める必要がある。活躍し続けなければならない選手も大変だが、それを支える家計も大変だ。ウチのコーチの教え子にはオリンピックのメダリストがいるが、その親が「オリンピックメダルを獲るのに1/4ミリオン使った」と言ったそうだ。1/4ミリオンとは、25万ドル、つまり2700万円ぐらいか。

結局のところ、選手の力量だけではなく、資金力がモノを言うわけだ。スポンサーが付くようなメジャーなスポーツなら話は別だが、フェンシングのようなマイナーなスポーツでは、その資金力とは、 すなわち 個人の経済力のこと。身もふたもない話である。

「オリンピックを目指すのならもちろんサポートするけれども」とコーチは続けた。

「ゴールはほかにもある。大学のフェンシングチームというゴールが」

アメリカの大学では、スポーツが盛んだ。NCAA(全米大学体育協会)と呼ばれる団体が23 の競技を運営しており、フェンシングもそのうちの一つで、1941年から選手権が開催されている。現在は46の大学が属しており、 Division 1から3までの3つの 区分 のうち、 Division 1と2に属する31の大学がフェンシングに力を入れているのだという。奨学金を出しては強い選手をリクルートし、チームの 強化 を図っているのだ。そんな大学のリストには、名門校も名を連ねる。

どうしても欲しい選手には、大学が飛行機代を払って学校の下見に呼び寄せ、寮に一晩泊めてチームメイトやコーチが下にも置かぬおもてなしをする上、授業料全額免除という破格のオファーをすることもあるらしい。

そんなことをしてるからアメリカの大学は学費が高いんだわ、と合点がいくわけだが、「それを利用する側に回ることだってできる」という、わがクラブのコーチの言葉には説得力があった。

大学に受け入れられるためには、フェンシングだけ強ければいいというわけではなく、まずは学業の面でその学校の水準を満たしていることが大 前提 だそうである。

くしてわが娘は、ヨーロッパではなくNCAA を目指すこととなった。毎日、勉強にフェンシングに大忙しだ。

アメリカのオレゴン州ってどんなところ?

アメリカ北西部に位置する、全米屈指の美しい景観を誇るオレゴン州。IT、バイオテクノロジー、環境関連産業の成長目覚ましく、ナイキなどのスポーツ・アウトドア企業も多い。州都はセイラム、最大の都市は人口約60万のポートランド。

文:大石洋子エッセイスト。1993年、夫の海外赴任でアメリカ・ニュージャージー州へ。2003年には異動のためオレゴン州に転居。現在は、日に日に生意気になる16歳の娘に手を焼く傍ら、月に2回、 Boiled Eggs Online にオレゴンでの生活をつづっている。
本記事は『ENGLISH JOURNAL』2020年2月号に掲載された記事を再編集したものです。

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