got milk?【オレゴン12カ月】

オレゴン12カ月

渡米して20年以上がたち、現在はオレゴン州ポートランドで暮らす大石洋子さん。家族や身の回りで起こった出来事や季節のイベント、日米文化の違いなどにまつわるお話を現地からお届けします。

わが家の娘は牛乳が好きだ。幼い頃に夕食のときに飲ませていたのが習慣になって、いまだにそのタイミングで飲んでいる。おかずが刺し身でも構わず飲むところが日本人離れしている。そんな娘のために牛乳を買ってきて冷蔵庫に常備しているが、ふと気が付けば、スーパーマーケットのミルク売り場がすごいことになっているのだった。

無調整から脂肪分2%、1%、ローファット(低脂肪)、ノンファット(無脂肪)。これらの選択肢がオーガニックとノンオーガニックそれぞれにあるぐらいならまだかわいらしい。それ以外にも、牛乳を飲むとおなかがゴロゴロする人のためのラクトース(乳糖)フリーや、チョコレートやバニラで味付けされたミルクあり、バターミルクと呼ばれる飲むヨーグルトのようなものあり、ミルクとクリームを半々で混ぜたハーフ&ハーフ(主にコーヒーや紅茶に入れる)あり。これらが、いろいろなサイズの容器に入っている。

動物性の牛乳に加え、最近は、植物性のミルクが増えている。スタンダードな豆乳にはじまり、ナッツからできたミルクもずらりと並ぶ。アーモンドミルク、マカダミアナッツミルク、カシューナッツミルク・・・。さらに、ココナッツミルクや、麦から作られたオートミルク、米が原料のライスミルクなどもある。

ウチは半ガロン(2リットル弱)の紙製カートン入りのオーガニック無調整牛乳を買うのだけれど、売り場にずらーっと並ぶ「ミルク」を前に、途方に暮れたことは一度や二度ではない。それに、間違ってラクトースフリーを買ったり、ノンファットを買ってしまったりしたことも数知れない。パッケージが似ていて紛らわしいのだ。グラスに注いで飲み始めた娘が「この牛乳、腐ってる」と言い出して、いやそんなはずはない、買ってきたばかりだし・・・とパッケージをよく見てみたら、ああ、豆乳を買ってきちゃったんだね、ということもあった。牛乳には牛、豆乳には豆の絵をパッケージに描いてほしい。

牛乳といえば、カルシウムを摂取するために飲むものだと思っていたが、植物性ミルクのパッケージにプロテイン〇g などと大きく書かれているところを見ると、タンパク質がウリのようなのである。食の好みだけでなく、アレルギー、ライフスタイルや信条などによってアメリカ人の食が細分化しているのがこんなところに反映されているのだなと思うが、あくまでも白い液体という形状にこだわるのは、シリアルにかけて食べたいからなのかな、と推察する。

オレゴン12カ月

イラスト:尾崎仁美

アメリカで牛乳といえば、got milk? というキャッチコピーが有名である。これは、カリフォルニアの牛乳協会が1993年から2014年まで20年以上にわたって行ったコマーシャルキャンペーンだ。

最初のうちは、クッキーを食べて口の中がもさもさなのに牛乳がない!というような、「牛乳がないとこんなに困る」という内容の宣伝だったらしいが、いつの頃からか、milk mustache を唇の上に付けた(飲んだばかりの牛乳が口ひげのようになっている)有名人の写真に、got milk? というキャッチコピーというのが定番になった。「ミルク飲んでる?」とか「(お宅の冷蔵庫に)ミルクある?」という意味である。このキャンペーンが大ヒットした。

歌手、俳優、スポーツ選手、映画監督・・・登場した有名人は100人を超えるそうだ。変わり種は、セサミストリートのカーミットというカエルのマペットや、シンプソンズというアニメのキャラクターたち。この宣伝に出るのが有名人としてのちょっとしたステータスになったので、ギャラが2万5000ドル(約275万円)という安さにもかかわらず、誰もがこぞって出たがったらしい。

コメディアンのウーピー・ゴールドバーグもその一人だったが、あいにくと牛乳を飲むとおなかがゴロゴロする人だったため、「牛乳を日常的に飲んでいること」という唯一の出演条件を満たすことができずにガッカリしたそうだ。後に、乳糖不耐症の人に向けたラクトースフリー牛乳のgot milk? 広告が作られることになったときには、最初にウーピーに声が掛かり、めでたく登場することができた。

このシンプルなキャッチコピーは大流行し、got ice? やgot identity? などのパロディーも多数生まれた。T シャツやマグカップなどに名前やロゴをプリントする業者が、パロディー商品をいまだに売っている。

社会現象と言ってもいいくらいにはやった広告キャンペーンだが、牛乳の消費増加にはつながらなかったそうである。70年代初めには1人当たりのミルクの年間消費量が28.6ガロン(約108リットル)だったのに対し、40年後の2010年には20.9ガロン(約79リットル)に落ちた。およそ27%のダウンである。牛乳は、その昔には手軽な栄養源として重宝したのだろうが、40年のうちにさまざまな食品や飲料が出てきて多様化が進み、消費が落ちたのだ。

ちなみに日本の1 人当たりの牛乳消費量はアメリカの半分ほどだが、こちらは増加傾向にあるのだとか。日本に植物性ミルクの波が訪れることはないのだろうか。

アメリカのオレゴン州ってどんなところ?

アメリカ北西部に位置する、全米屈指の美しい景観を誇るオレゴン州。IT、バイオテクノロジー、環境関連産業の成長目覚ましく、ナイキなどのスポーツ・アウトドア企業も多い。州都はセイラム、最大の都市は人口約60万のポートランド。

文:大石洋子
エッセイスト。1993年、夫の海外赴任でアメリカ・ニュージャージー州へ。2003年には異動のためオレゴン州に転居。現在は、日に日に生意気になる16歳の娘に手を焼く傍ら、月に2回、Boiled Eggs Onlineにオレゴンでの生活をつづっている。

本記事は『ENGLISH JOURNAL』2019年4月号に掲載された記事を再編集したものです。