山が燃える夏【オレゴン12カ月】

オレゴン12カ月

渡米して20年以上がたち、現在はオレゴン州ポートランドで暮らす大石洋子さん。家族や身の回りで起こった出来事や季節のイベント、日米文化の違いなどにまつわるお話を現地からお届けします。

ポートランドの夏は美しく、そして過ごしやすい。秋から春にかけての連日の雨のおかげで、木々の葉が青々としている。夏の間はほとんど雨が降らずに湿度も低いから、気温が38度を超えるような日でも木陰に入るとスッと汗が引くし、日が暮れるとすとんと気温が下がって涼しくなる。

人々は、屋外で夏を楽しむ。レストランの中庭や通りにしつらえたテーブルで食事をしたり、自宅の庭でバーベキューをしたり。屋外のコンサートも毎日のようにどこかで開催されている。キャンプも人気だ。

そんな心地よいポートランドの夏が、変わりつつある。

原因は、山火事。

数年前から、夏になると「何かが燃える匂いがする」という日がちらほらあった。暖炉でまきを燃やすような、香ばしい匂いである。嫌な匂いではないからさして気に留めていなかったが、2、3年前からは、匂いに加えて、明らかに空気が白っぽく煙る日が出てきた。山火事のせいである。遠くカリフォルニアの山火事の煙が、風向きの加減でポートランドの空気を煙らせることもある。車で1時間ほどのコロンビア川峡谷で山火事が起こると、街中に停めている車にうっすらと灰が積もったりもする。

オレゴンの山火事は、数自体は減少しているが、燃えた山林の面積は年々大きくなっているそうだ。2017年には、オレゴン州で起きた山火事は1069件に上り、45万エーカー(約1800平方キロメートル)が燃えた。

原因は、8割近くが人為的で、残りは雷などの自然によるものだ。「山火事のバカげた原因」という新聞記事を読んでいたら、「消防士である彼の気を引こうとして木に火を付けた」などという八百屋お七みたいなケースもあって、あきれた。

オレゴン12カ月

イラスト:尾崎仁美

去年の9月、ポートランド周辺では山火事の話題でもちきりになった。コロンビア川峡谷のマルトノマ滝の辺り(イーグルクリーク)が激しく燃えたのだ。そこは大小幾つもの滝があったり、ゆったりと流れるコロンビア川を見下ろす切り立った崖があったりと、とにかく景観の美しいエリアである。ポートランドに住む人なら一度は行ったことがあるだろうし、他州や外国から友達が遊びに来たら、真っ先に連れて行く場所である。私もその少し前に家族とハイキングに行き、マルトノマ滝を裏側から見たところだった。この地域に住む誰もが親しみを感じ、誇らしく思っていた地域だったので、「あの美しい山林が燃えたなんて!?」とがくぜんとした。

「イーグルクリークの山火事」と呼ばれるようになったその火事がポートランダーたちの心をひときわ痛めたのは、高校生の火遊びが原因だったからである。その高校生の一団は、乾燥していて山火事が発生しやすい状況の中、爆竹を谷に落としてはクスクス笑いながらスマホで動画を撮っていたそうだ。

火はあっという間に広がり、手が付けられないことになった。ハイカーが140人ほど山から下りられなくなり、山で一晩明かした。高校生たちは、逮捕された。

付近の高速道路は危険だからと通行止めになり、ポートランドの街には灰が降った。必死の消火活動にもかかわらず、乾いた森の中を火は広がっていくばかりだと連日報道され、犯人の身元は、未成年だからではなく、怒った人々が危害を加えないとも限らないからという理由で伏せられた。9月2日に始まったこの火事は、48000エーカー(約194平方キロメートル)を焼いた後、11月30日、つまり3カ月近くたって、ようやく鎮火した。被害総額は、3600万ドル(約40億円)に上ったという。山火事被害が増えているのは、温暖化の影響でもある。夏の気温は上昇傾向で、季節も長くなっている。カラカラに乾燥している森林に何かの拍子で火が付くと、あっという間に手が付けられなくなり、広範囲を燃やす。

ポートランドの街周辺に住む私たちにとって、山火事は時折煙たいぐらいで直接影響はない・・・と思いきや、実は深刻な問題だ。

お年寄りや呼吸器系の弱い人、特に喘息(ぜんそく)を患う人にとっては、山火事の現場から飛んでくる細かい灰は、命を脅かしかねないという。ウチの娘も軽い喘息持ちで、ちょっと香ばしいような匂いが漂う日に具合を聞いてみると、いつもより胸が詰まる感じがする、と答えることがあるから心配だ。

また、呼吸器に問題のない人も、夏の間に灰を吸うと免疫力が低下する恐れがある、という報道もある。長期にわたって灰を吸い続けると人体にどんな影響があるか、まだはっきりとわかっていないのだそうだ。

「山火事シーズンが始まる前に、空気清浄機を買うことをお勧めします」と、専門家がラジオで言っていた。暑くなったら扇風機を出してくる、というのと同じように、夏になったら空気清浄機を出す、というのをこれからは習慣にした方がいい、と。

そしてもちろん、山火事を起こさないことが肝心だ。去年のイーグルクリークの山火事は本当に腹立たしく悔しかったが、あの恐ろしい炎の画像が、人々の山火事に対する意識を高めることに役立ったと思いたい。

アメリカのオレゴン州ってどんなところ?

アメリカ北西部に位置する、全米屈指の美しい景観を誇るオレゴン州。IT、バイオテクノロジー、環境関連産業の成長目覚ましく、ナイキなどのスポーツ・アウトドア企業も多い。州都はセイラム、最大の都市は人口約60万のポートランド。

文:大石洋子
エッセイスト。1993年、夫の海外赴任でアメリカ・ニュージャージー州へ。2003年には異動のためオレゴン州に転居。現在は、日に日に生意気になる16歳の娘に手を焼く傍ら、月に2回、Boiled Eggs Onlineにオレゴンでの生活をつづっている。

本記事は『ENGLISH JOURNAL』2018年8月号に掲載された記事を再編集したものです。