渡米して20年以上がたち、現在はオレゴン州ポートランドで暮らす大石洋子さん。家族や身の回りで起こった出来事や季節のイベント、日米文化の違いなどにまつわるお話を現地からお届けします。
1993年に私がアメリカに住み始めた頃には、スシは今よりも認知度が低く、特別な食べ物というイメージであった。ニューヨークのような大きな街を除くと、本格的な店はあまりなく、郊外に日本人あるいは日系のシェフが開いた小さな店が幾つかある程度だった。そんな店でも、メニューにはスシだけでなく、天ぷらやトンカツも書かれていた。レジのところにはなぜか必ず招き猫やダルマが置かれ、日本の土産物屋にあるようなこまごまとした置き物も並べられ、ほこりをかぶったりしていたものだ。あの店のスシは、日本人が握っているし悪くはないんだけど、どうも店内の雰囲気がねえ・・・と二の足を踏むこともしばしばであった。
韓国系オーナーが経営するスシレストランもあった。スシと共にメニューに焼肉があったりもした。素手でご飯を握るのは衛生的でない、と言われたことがあったせいか、電動のご飯握り機で握られた俵型のシャリの上にネタをペラッと載せただけの「載せズシ」が供されることもあった。
このようなことを思うと、定着ぶりは隔世の感がある。
スーパーのデリコーナーには、パック入りのスシが当たり前の顔をして並んでいる。「握り」はない かもしれない が、「ロール」と呼ばれる巻きズシは必ずと言っていいほどある。それも、グルメなスーパーだけでなく、Safeway(セイフウェイ)などのごく一般的なスーパーでも普通に売られるようになった。
しかし、それがおいしい かどうか は、また別の話である。生魚が入っていないようなカリフォルニアロールでも冷蔵コーナーでキンキンに冷やされているものだから、シャリが固くておいしくない。そうとわかっていても、しょうゆっぽいものが食べたいときにはつい買ってしまい、食べてはマズくて二度と買うまいと心に誓い・・・を繰り返す。
スシのレストランにも、バラエティーが出てきた。アジアにルーツを持たないアメリカ人が経営する、スタイリッシュなスシ屋が登場し始めたのだ。ポートランドにできたBamboo Sushi というカジュアルなスシ屋はあっという間に人気が出て、2号店、3号店を相次いで出した。店の装飾はスッキリとオシャレ。「一番」と書かれたいかにも日本という感じのTシャツや招き猫などとは無縁の世界である。カリフォルニアロールなどのアメリカンなスシもあるが、スタッフに日本人がいるらしく味はちゃんとしているし、枝豆を一升マスに入れて出したりというような、心憎い演出もある。
イラスト:尾崎仁美
ロールは、アメリカのスシを語る上で欠かせない。アボカドをトロに見立てて編み出されたカリフォルニアロール(カニ缶またはカニカマも入っている)は、アメリカンなスシの傑作である。そこからロールは進化した。ソフトシェルクラブ(脱皮したばかりの柔らかいカニ)を揚げたものが巻かれたスパイダーロールや、マグロ赤身、サーモン、ハマチ、アボカドを外側にキレイに並べたレインボーロール、細かく切ったマグロを唐辛子の辛いソースであえて巻いたスパイシーツナロールなどなど。握りを頼むよりも安いしおいしいので、私は結構好きだ。
そんな流れの中、原点回帰を謳う(うたう)スシレストランも登場。アメリカナイズされたロールものを一切排除し、握りと手巻きだけを供するという店である。
ポートランドにも、アメリカ人スシシェフ2人が開いたNimblefish という店ができた。高級店でござい、という顔はしておらず、肩の凝らない店構えだが、わざわざ日本から魚を空輸してきたりして本格的だ。シェフの1人と話す機会があったので聞いてみたところ、日本に行って本場のスシを食べたことはないという。それなのに原点回帰を謳うというのも不思議な気はするが、あるいはだからこそ、ホンモノへのこだわりや憧れがあるの かもしれない 。アメリカナイズド・スシからの揺り戻しと言ってもよかろう。
スシとは少し離れるが、最近のもう一つのトレンドは、ポケである。ポケとはハワイの料理で、大きめのさいの目に切った生魚にネギやタマネギ、海藻などを加え、ゴマ油やしょうゆなどで味付けしたもの。温かいご飯に載せて食べる。8年ほど前にハワイに行ったときに、初めて食べて気に入った。魚屋だけでなく、セイフウェイのデリコーナーでも当たり前のように何種類ものポケが売られていて、感激したものだ。
そのポケが、最近、ポートランドにもやってきた。気軽なカフェ形式の店がぽつぽつと出始めただけでなく、グルメ系のスーパーのデリにもお目見えして、量り売りで買えるのだ。1ポンド(450g)が3人前で、15 ~ 16ドルほど。
これまで、夕飯の支度の手抜きをしたいときには、サンドイッチかピザぐらいしかオプションがなかった。が、ポケの登場で、ご飯を炊くだけでおいしい手抜きができるようになり、とても重宝している。
生の魚がこんなにアメリカに浸透する日が来ようとは、想像もしていなかった。普通のスーパーの魚コーナーに刺身が並ぶ日も、そう遠くない かもしれない 。
アメリカのオレゴン州ってどんなところ?
アメリカ北西部に位置する、全米屈指の美しい景観を誇るオレゴン州。IT、バイオテクノロジー、環境関連産業の成長目覚ましく、ナイキなどのスポーツ・アウトドア企業も多い。州都はセイラム、最大の都市は人口約60万のポートランド。